お騒がせしました
「やだって、それはこっちだよ」
「つまんね」
「それじゃあお騒がせしました」
この場から逃げ去りたいマーサは隣に立っていた鼻高の腰を押してお辞儀を強要する。
「んあ、待つだな、ネエチャンたち」
パウロの棍棒ってか王都の正門の閂のような腕が伸びる。
「ンだよ。あんたらの乳繰り合いを見せつけるのかい」
モザイク処理されそうな指使い五秒前なテオ。
「あの。勘違いはごめんなさい」
「ややや。そんなんじゃね。これも腐れ縁だえ」
「パウロさん、言葉間違ってるよ」
「そうけ?」
ググンとダイを見下ろすパウロ。一メートル近い身長差があるからやむを得ない。
「うん。間違ってる」
「そうけ。で、だな」
言葉なんて無問題なパウロ。
「またソシアが逃げても困るからな。ダイだけじゃねぇ。ネエチャンたちも劇場に来」
「劇場?」
「え? なんで歌姫が逃げるの?」
「やっぱりパウロから逃げたんじゃね?」
一にも二にも騒動が楽しみなテオ。
「ふん。お姉さんはね」
「ほらぁ腕組みしてパウロに寄りかかったら稽古に間に合わないよ」
ダイがソシアのはみ出ている腰紐をツンツンする。
「だって三日毎に新作劇だなんて」
「はははははは、仕事だな」
「毎日毎日稽古、稽古だなんて。新作のネタが切れたと安心してたら、書いちゃったし」
「あ、ゴメン」
ダイの原案ヒントで、ズィロは数作の新作劇を書き上げたようだ。
「稽古は仕方ね。早よ戻るべ」
「そんな。パウロは私と会いたくないの?」
「ソシお姉さん。シッカリ動きが芝居がかってるよ」
マーサと互角の胸に手を当ててパウロに詰め寄る行動は、お芝居の本番と遜色ない。
「今会ってるで」
「それ。恋人失格」
パウロの言葉に間髪入れずツッコんだマーサ。
「ふん、だ。そうじゃなくたって座長は私とお金持ちや貴族と会食させたがってるんだから」
「食事ならいいべ」
「パウロ、タダ飯大好きだもんね」
「わかってるんだから。座長の魂胆は」
ピタよりもべったり。ソシアは何度目だろう、パウロに身体に埋もれた。
「んだよ、結局惚気かよ」
「私はパウロだけなんだから」
でも意外と現実的なパウロ。
「じゃ戻るべ」
「え、ええ?」
相手が悪かった。パウロは軽々と密着したソシアを持ち上げるとお姫様抱っこにシフトチェンジ。これで完全に拘束してしまう。
「いやよ、離してパウロ」
「はははははは、ダメだな」
「振り出しじゃん」
「いや、そうでもないよ。テオさん」
「あ、その通りだよ」
マジに、ダイたちは裏路地でも騒ぎすぎていたのだ。老若男女、雑多な職種のやじ馬が痴話喧嘩と勘違いで割り込んだ小娘たちの寸劇を見物していた。
「ねぇ、ソシア姫よぉ」「ソシア姫だぁ」
町中で出歩くには、ソシアは人気者過ぎた。
「まずくね?」
「ははははは、こりは劇場に突撃だな」
「パウロ、私はイヤだからね」
「あきらめてよソシお姉さん」
「おい、ベルのネエチャン。おめらも来」
「って、もう人垣で包囲されてるし」
「はははははは」
この場に遭遇したメンバー。大盗賊ダイと『猫の足音団』は忘れていた。どんだけパウロが脳筋判事であるかを。巨体に比例した化けものじみた男であるかを。
「ほれ、ダイ」
「ソシお姉さんごめんね」
ダイとソシアの二人分のお姫様抱っこ。
「退けって。ほれ、ケガすっぞ」
もちろんパウロの警告など聞き流される。
「ソシア様、握手してくれぇ」「いんや、俺の嫁にどうだぁ」
美貌の歌姫の包囲網はどんどんと狭まる。
「まずくね?」
「大丈夫だよ、マーちゃん」
「んだら、警告したかんな」
気持ち屈んだパウロ。そしてジャンプ。
「「「飛んだ!」」」
「んじゃな。俺は先に劇場行くへ」
「もぉ、私は行かないんだからね、パウロ」
「ダメだな」
ずかずかドンドン。人ごみを蹴散らし跳ね飛ばしそうな勢いで前身するパウロ。
「テオ」
「こうなったらついてくよ。『猫の足音団』、遅れるんじゃないよ」
腕を回して団員を急かすテオ。
「さっすがーー」
「ここまで関わったんだ。なんか寄越せってんだよ」
「それがお嬢様らしくないよ」
修道女の黒服の長い長い裾を摘みながらパウロを追走するテオ。
「どーせ私は親無しだから」
「でもご褒美は賛成」
マーサもテオを支持する。
「だな。じゃあ皆走れーー」
「パウロのバカーー」
振り落とされたくないからなのか、乙女の純情なのか。パウロの首に細い腕をがしりと回しながら叫んでいるソシア。
「それは同意するよ」
と誰が言ったのかはナゾのままにしておこう。