大盗賊ダイ、お芝居の脚本を代筆する
「ま、まだまだ〝手入れ〟は必要ですがね」
顎に手を当てて、周囲を見渡しているズィロ座長。
「つまり?」
「あのねアーちゃん。これおしばいなんだ」
「芝居の、その、脚本の雛形ともうしましょうか」
「そうなんだ、ほら」
「あ、こらダイ」
ダイは控え室の奥に放置された棚から品物を抜き取った。紐で縛った紙束のようだ。
「これもおれが書いたおしばいを」
「こちらの紙束にもダイの筆跡が……やや、ダイの字ではないペンの修正や赤いインクの」
「えーー、ですから、その」
「まさか?」
劇場。座長。書く、修正。
劇場に歓声が届いた。
「あ、ズィロ。お姉さんたち帰ったね」
「そうだな」
劇場の座席舞台を越えて控え室に歓声が届いている。
「お迎えに行かなくていいの?」
「いあ、その」
巨体だからなのか元々体質か。ズィロの顔面から大雨の雨どいのような汗が流れている。
「あいつらとはいつも顔を合せてるし、ダイ君との打ち合わせが優先だからな」
「つまりズィロ座長はダイに脚本を書かせていた、と? その打ち合わせですか?」
「いやいやいやいや」
芝居がかるのお手本のようなオーバーリアクション。
「書かせていたと命令してはおりませんぞ。その、このダイ君が」
「えーーっ。どーーしたの? ズィロいつもダイとか、こいつ、お前って呼んでるじゃない」
「あ、いや、その」
手持ち無沙汰ってんじゃないけど紙束。脚本の素案を丸めていたアーネスト。
「この際は呼び名の適不適当は留め置こう。座長はダイに脚本の協力をさせていたのですね?」
「そうさーー」
ダイは得意そうに右手を付き伸ばす。まだ幼い掌に鈍い銀貨が握り締められているのが不思議に眩しい。
「これがごほうびなんだよ」
「ほほぅ」
「いや、その。ですから決して強要したり只働きとかコキ使ったり」
「でもさ、ズィロ結構厳しかったよね。もっと恋ばな要素を入れなさいとか」
「恋ばな?」
「だからおれ、アーちゃん家でグランさんのお話しとかさ」
「ああ」
「勉強したんだーー」
えっへんと得意げに笑うダイ。
「なるほど合点」
以前、ダイが若い隊員の恋愛のお悩み相談をウキウキしながら聞いていた経緯があった。お年頃もあったんだろう。でも、このアヤシイお手伝いのための間違ったお勉強と情報収集の目的もあったんだ。
「ところで、座長」
「ズィロでいいんだよね。おれズィロが座長だなんて今日初めて知ったよ」
「あ、あ、今まで通りで構わないよダイ君」
「八歳の男子に弱みを握られるとは」
それ、夜警隊中尉だろ。
「『鷲と白鳥一座』は国内外有数の人気劇団」
「いやいや、老舗の『銀の星座』を筆頭に最近は新興の劇団など客足がいつ途絶えるかもう不安で不安で」
「新作を代筆するほどに?」
「ご容赦願いたい」
もう顔どころか黒い衣装すら濡れているズィロ。
「人気があるという事は、それぞれ有力な後援者がおります。この劇場は先代が築いた血と汗の結晶ですが、都市開発のため立ち退けと横槍が入ります」
「後援と立ち退きとは如何なる関係が?」
「その、この場所は王国一番の観客を動員する劇団の小屋にすべきたと市議会で提案がありまして」
「市議会としても一等地を貸与するからには閑散とされては不都合である。それなりに筋は通っておるが」
「ですが当一座は巡業をしていてこの半年余り観客数はゼロに等しい」
「左様であられるか。些か仕組まれた嫌がらせであるな」
つんつん。ダイがアーネスト、お菓子売りさんのシャツの裾を引っ張る。
「ねぇアーちゃん。どうしてズィロの劇場を立ち退かきゃいけないの?」
「それなんだけどな、ダイ」
「ダイ。ここは王都ダイヤム」
膝を低くしてアーネストが説明する。
「王都の土地は全て私有化されていない。王国から借りているのだ。それを管理代行するのが王都城伯と市議会議員だ」
「で?」
「市長と市議会の採決によっては『鷲と白鳥一座』は立ち退きを命じられる」
「ですから動員数を稼ぐために、当一座は三日ごとに新作芝居を披露すると発表しました。これは近年どころかダイヤムでも史上初の快挙でありますぞ」
汗で湿っていそうな襟を整えて威勢を張るズィロ。微かに届く劇場外からの黄色い歓声が劇団の支持の強さを物語っている。
「つまりそのためにダイに脚本を? ご自分の著作ではなく?」
「ま、まぁその。そのまま使えはしませんがそーーあんーーとして最後は自分が仕上げますから」
素案だそうです。
「でもさ、ズィロって結構書き始めに汗流しているよね?」
「あ、あああああ」
「座長汗だくな顔が引きっつておられますぞ」
段々仕組みと結末が読めたアーネストは、誘拐や不法販売を疑った自分の勘違いに舌打ちしていた。
「もう、かれこれ一年くらいだもんね」
「成る程。『鷲と白鳥一座』はこの半年巡業で不在。どうしてダイと繋がりったのかが疑問であったが」
「いやいやいや」
汗を拭き拭きダイの機嫌をとりながらのズィロ。
「と言うわけで、ダイの、子供の観客のために子供のアイデアを活用するのも悪くないかと」
「了解しました」
今回の問題児、ダイの頭を撫でながらアーネストは語る。
「では、打ち合わせは宜しいかな。そろそろこの場を辞せねばダイは日没までに帰宅叶わぬ故」
「えーー。おれ夜警隊の本部で泊まってもいいよーー」
「そう度々外泊は為らぬ。ダイ、打ち合わせは明日に持ち越せ。其方はミカを連れてカナーノ家に帰宅するのも勤め」
「そっかーー。じゃあズィロ。少し手直しするから、また明日ねーー」
「あ、ああ。剣劇の場面を減らして、恋ばなを増やしてくれると嬉しいな」
「わかったよーーー」
脱兎。まるで風の子のように控え室から飛び出すダイ。
「待てダイ。劇場は意外と入り組んでおるぞ。迷っては一大事」
「ああ、ダイ君なら〝勝手知ったる〟当劇場です。ご安心を」
「じゃーーねーー。ズィロ、アーちゃんまた明日ーー」
ドン。蹴りで控え室のドアを閉めたのだろうか、乱暴な音を残してダイは退場する。本舞台ではないけど。
「「で?」」
色々と事情を抱えた男二人が控え室に残った。皮肉なことにお互いにダイに弱みを握られた、でもそれなりの社会的地位のある男たちが。
「こんな場面ですな。殺人などが起きるのは」
アーネストは夜警隊将校。窃盗や殺人などの捜査を行う、いわば警察の前身組織の中間管理職さんだ。
「例えお仕事熱心でも小官の前で迂闊ですぞ」
「失礼」
「でも貴殿の気持ちも分からぬではない」
「はい。でも素直で賢くていい子です」
「それも承知。我が半身、それに分身のそれぞれ恩人兄妹であってな」
陣痛とハーピィ襲撃で危機に瀕していたアーネストの妻カトリを助け、パーシバルの出産を助けたんがダイとミカだったのだ。
「聞き及んでおります」
でも。でもアーネストとズィロはため息をついて、そしてしばらく絶句した。