ダイ迂闊であるぞ
「今現在、スリ容疑者三人。置き引きの疑いが一件」
王都土産の模様入りの茶碗売りが菓子売りに耳打ちする。
「うむ。こちらは婦女子に破廉恥行為の現行犯が一件に係留馬窃盗の容疑一件」
「ケンカの仲裁一件に迷子が二件。内一件は引渡し完了です」
大津波のような人間の流れは、善良じゃない誘惑との隣り合わせだ。超絶的な人気の劇団の練り歩きで注意力を失っている見物人たちの財布や財産。下手をすると生命や貞操を狙う悪い肉食獣から人々を守るのがアーネストの願いなのだ。
「時にお菓子売りさん」
一層小声になる仮装した部下。
「申し上げにくいのですが、一件、少女の手を引いていた男を確保しております」
「そやつの口上は察しがつくよ。劇団員にしてやるとウソの勧誘をして、イザ到着したら娼館であろ。違法売春斡旋で処理をせよ」
ゲイノウジンにしてあげると勧誘する手口と一緒だな。
「ですが、少女の安全を優先したため、その……」
「まだ春は汚れておらぬのであるか? それはむしろ幸い。貴殿の判断は間違ってはおらぬ」
つまり売春斡旋は未遂になる。
「如何なさいます?」
「であるが、王都での不道徳な所業。余は断じて許さぬ。見逃さぬ」
「では? あの巨人。ですかな」
身体を屈めニヤリと笑う部下。
「うむカラスコ経由で送れ。パウロ判事は、その手の輩。弱き者を傷つけるに無法者に厳しい。もしもの場合は余が責任を持つ」
「さすが隊長。でもあの判事、先日の少年を高等院送致には反論しませんでしたが」
「犯した罪が罪故、仕方なき事。それでは」
腰を折った姿勢のままアーネスト、じゃなくてお菓子売りから離れる茶碗売り。
「んだよ、王都に来たら、二、三個買えよーー田舎者ーー」
返送のキャラになりきる言葉使いも怠らない。
「お菓子を買わないと〝おかしーーぞーー〟」
お互いニヤリ。
「では、場所を交換到そう。そろそろおかしな物売りだと疑われておろ」
「ならば小官は東に」
「うむ。余は西に参る」
持ち場を交換するアーネスト小隊。隊員同士で小道具や商売替えも見受けられる。元々変装仮装で犯罪予防と確保が目的だから、その片は臨機応変でいい。
「各員、夜警隊として節度ある捜査を願う」
無返答で新しい持ち場に散る夜警隊員たち。
「おや、ダイではないか」
ひと声入れないと身動きがとれなくなっていた。悲鳴に近い歓声喝采が煩いほどだから、お目当ての超人気な歌姫たちは、もうすぐらしい。
「あやつも噂の劇団が気になるか」
「グアンテレーテ隊長、何か不審な人物がいましたか?」
土木作業員の扮装をしている平の隊員がこっそり耳打ちする。
「あ、いや。貴殿はこのまま現場にて待機。本官は移動する」
誰が聞き耳を立てているかわからない。アーネストたちは最小限の会話で連絡などの意志疎通を実施している。
「ダイ。まさかとは思うが」
昨日ダイの忘れ物を斜め読みした。八歳児のイタズラやお遊びや冗談では済まされない不穏な単語の大行列だった。
「なんと」
と口にしたのかどうか。人ごみ人海に漂う木の葉のようなダイの腕を掴む影が見える。
「なんと肥満した巨魁であるか」
男。顔面もトータルの黒ずくめだから性別の断定はしていない。でも、二メートル近い巨体と酒樽のような分厚い胸板。男でなければなんだというのか。
「ともかくダイ迂闊であるぞ」
このセリフは間違いなく音として発していた。
「ソシア姫だーー」「キクヌス夫人、大陸一ぃ!」「リリュ様ぁーー!」
アーネストの背後では大量の野次馬たちがお目当ての人気芸能人に歓声をそれぞれ好き勝手に投げかけている。この人だかりの熱狂から漏れる油断を狙う犯罪者を夜警隊は捕まえるために変装している。
「大方の不埒者は駆除したはず」
スリや痴漢などの軽犯罪者も見逃せない。でも。
「ダイ、甘言に惑わされるでないぞ」
グアンテレーテ・アーネスト中尉は本人自称の大盗賊ダイを追跡する。