用具部
そして王都の片隅に駐屯している夜警隊本部に到着。
「うわぁ。アーちゃんすごいなぁ」
「ふっ。夜警隊の将校たる者。二人乗りでも遅れは取らぬよ」
「つまり、速いんだね」
要約しすぎだ。
「〝とうちゃん〟も汗びっしょりだけど走りきったね」
「であるな。時にはウマも全力が心地良いのだ」
アーネストは自分の乗馬に二尻。それでも減速した様子はない。ダイがグアンテレーテ家訪問に使った愛馬とうちゃんは空馬として牽引されて夜警隊に到着した。
「じゃあアーちゃん。おれウマに水とかあげたら、ちょっと用があるから」
二頭の手綱を両手曳きしながらのダイ。
「ダイ、如何したのだ。その書き込みといい」
「うん、ヤボヨウってやつさ。だって、おれ『大盗賊』だから」
「さ、て」
返答に苦しむアーネスト。
「さて、昼食の頃合か」
〝ちゅうじき〟は昼食の年寄りくさい表現だ。アーネストは、喋る言葉が古臭い。
「今日はパウロ判事の担当日ではないので、ゆっくりと食事が摂れますね」
「違いない」
夜警隊は正式な身分は軍隊。隊員は軍人だから将校のアーネストには執務室が提供されている。
「では、昼を呑気に頂いてから〝例の〟の一団のお迎えを致すか」
「ああ。本日王都に還ってくるんでしたか。では精々身体に餌を蓄えましょう」
「如何にも。本日は焼き魚でも良いな」
「出迎えと警邏の予定がなければ一本開けたいですけど」
まぁこの時代は飲酒は戦士の血液補充な感覚だったのでご容赦を、ってか許してあげてね。
「妻はあれで料理も巧みであるが」
「お厳しいのですか?」
手首を捻って飲酒の身振り。
「まぁ少々の酒で不覚をとらぬのだがな。女と、否母親と酒の相性は悪いようだ」
「では、ほどほど? どうした、ブッカー曹長」
アーネスト小隊の分隊長が乱れた足取りで迫ってくる。
「おい、屈強な貴殿の体当たりは勘弁」
「隊長。グアンテレーテ隊長。予定よりも早い到着です」
「早い? まさか」
「はい」
腰が折れるのではと心配になるほど激同意するブッカー。
「『鷲と白鳥一座』本日巡業を終えて帰還しました」
「あの大人気の歌劇団が、もう到着? 早過ぎるではないか」
「到着してしまったのは仕方あるまい。では? エスカラ街道は」
バルナ王国王都の大動脈を称して八大街道。その一つ、偶然ダイたちの家とアーネストが脇街道に面しているのがエスカラ街道だ。
「はい、相当の渋滞に陥っておりますが、間もなく王都に入城しますので、『ヒトの堰』は王都内で勃発が避けられぬ、かと」
ヒトの堰。つまりひとだかりで交通がマヒしてしまうってことだ。
「なんと」
「妖精の踊り子リリュに刃の歌い手ソシア、それに癒しの歌い手キクヌス。これだけ手札が揃った劇団も大陸でも」
「詳しいなブッカー曹長。ともかく緊急出動だ。一時的な交通マヒは止むなしだが」
「あの滞りは良いのですか?」
渋い顔を浮かべながら執務室に引き返すアーネスト。
「良いわけではないが、あの大人気劇団を王都から閉め出した後の事件の方が空恐ろしい。ならば微力でも誘導をせねばならぬし、い、いや」
ふと思いついたのか急停止するアーネスト。
「ブッカー。本日の担当小隊は?」
「はっ。ソロムコ中尉の第九小隊であります」
「なるほど。では警備誘導はソロムコに任せよう」
自分の執務室に到達しないベクトルに変更する。
「隊長、何処へ?」
「用具部だ」
交通障害やパニックを勃発しかねなアイドル的な人気歌劇団の予定外の帰還の一報。それを知ったアーネストが、久しぶりの微笑を浮かべた理由とは?
「国王陛下の面前での公演を成し遂げ、政府要人からも支持される『鷲と白鳥一座』。さぞかし見物や歓迎で大賑わいであろうよ」
「あ、ああ」
ヒントを貰ったけど、ブッカーたちも犯罪捜査を専業にする夜警隊員だ。
アーネストの目的を理解したのだ。