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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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ナンシー……4


「はい、お茶ですよ」


 ミカはお人形が欲しいけど言えなくて残念。


 ダイは次々とアテが外れ、生糸の保管庫も未確認、さらに一応妹のがっかりも察しているから大残念。


 兄妹揃って意気消沈してテーブルに並んでいる。



「ほら、堅焼きのビスケットもあるから」


 兄妹揃って──うつむいたまま黙ってビスケットに手を伸ばす。曰く、親が死んでも腹は減る、じゃなくて正しくは食休みなんだけど。


「どうしたの。ねぇミカちゃん。やっぱりお人形」


 欲しがらせてはいけない。


「ああ、お婆ちゃんこのお茶、香りがすごくいいな!」


 実はこれはウソから出た真。

 偶然のヒットになった。


「あらあらダイ君、よくわかったわね。これは茶葉じゃなくて桑の葉茶。桑の葉の中で家の蚕には食べさせられない固くなったものを干して煎じたのよ」


「桑の葉、ちゃ?」


 これは桑の木がありふれている地域の人間でも皆が皆知っている知識ではない。


「ふーん」


 ミカの注意を逸らそうとダイはわざとらしく鼻で匂いを吸い込む。


「くんくん、くん!」


「あらあら」


 ナンシーは小さな口でビスケットを刻むように食べているミカの頭を撫でる。


「あのお人形はね、お婆ちゃんの娘。そしてその娘のためにつくったんだよ」


 ナンシーがお人形の話題を蒸し返してしまった。


「むすめ?」


 ナンシーの年齢と、持ち家の規模から推量すれば家族がいる方が自然だろう。でも、自宅兼作業工場にダイ兄妹が訪問しても作業員や使用人、そして家族が同居している気配が全くない。


 ダイはナンシーがだだっ広い空間で独りで生活していると考えた。どうして、独りなのかとも考えるけど、あまり陽気なお話ではなさそうなのだ。口控えるダイ。


「昔はこの家も片身が狭いくらい人が働いたりしていてね」


 今は軽目のエコーが反響するほど空っぽだ。


「部屋も全部使っていたの?」


「そうよ。使っていたわね。職人がいて、お婆ちゃんは工場長とか工房長って呼ばれてたのよ」


「ふぅーん」


「でも今はお婆ちゃん独り。自分が暮らせるだけの生糸しか作ってないのよ」


 ぎゅうぎゅうの工房からエコーがかかる空間になってしまうとは随分と寂しくなってしまったものだ。ナンシーの工房の最盛期と現在の落差は、ダイでも理解できる。


「どの扉なんだろ」


 ナンシーに同情しながらも、お宝を物色する盗賊の頭、ダイ。頻繁に開閉された扉がわかれば、そこは目指すお宝の隠し場所の可能性がある。


 でも、ミカは兄の戦略など意味不明だ。


「お婆ちゃん……そのこは?」


 娘に、そして孫のためにつくった人形が何十体も壁の装飾品と化している。そして閑散としたナンシーの家。

 導かれる結論を確認するのはミカには辛すぎる。


 勢いよく席を立つダイ。


「じゃぁ、ミカ。そろそろ帰ろう」


 ダイは、娘も孫もこの世の住人じゃないから人形の在庫が蓄積されたのだと考えた。流れとしては自然だ。


「あらあら、いいのよ……」


 優しい笑顔とお茶にお菓子、なによりお人形への未練。

 そして、まだまだ陽は高い。


 ミカには、まだ帰る理由がなかった。


 兄とナンシーを交互に見比べながら、どうしようかと幼い頭脳はオーバーフロー寸前だった。

 ミカがお兄ちゃん、ダイが焦っているのがわかるのと同じく、ダイも妹、ミカの気持ちが伝わっていた。


「お婆ちゃん」


「ナンシーさん」


 兄妹は、またも同時に動いた。でもでも、幸いにお兄ちゃんであるダイの方が速度があり、そして強硬、要は大声だった。


「糸。生糸って、どうやってつくるの?」


「あれあれ、まだ蚕が繭玉にならないから、ずっと先だよ」


「ずっと先のその先は?」


 無意識にナンシーに歩み寄っているダイ。


「ダイ君、どうしたの?」


「あの………おれ、ナンシーさんのお手伝いをするよ。蚕とか〝まゆだま〟ってわからないけど、繭玉からどうすると生糸になってナンシーさんはそれを売れるの?」


「ダイ君」


「生糸が売れたら、お人形をまたつくれるよね」


「頭」


「新しい人形をつくったら、一個余るよね」


 ゆらゆらと引き寄せられるようにダイとの距離を詰めて、ぎゅっぅぅと抱擁するナンシー。


「ねぇ、おれ生糸ってのを手伝うよ。そしたらミカに、一個でいいから人形を」


「お利口さんねぇ、偉いのねぇ。わかりました、もちろんあげますよ」



 ナンシーにすっぽりと包まれたダイ。


「お兄ちゃん、お婆ちゃん。ミカもぎゅっ、して」



 涙をダーダーと流しながらミカがダイとナンシーに混ざる、


「はいはい、ミカちゃんもね」


 蚕より先に、ダイたちが人の玉になった。




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