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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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ボリトスさんは病気ですか?

「わたひぃいぃ」

「はいはい。お嬢様にしては、カッコ悪い泣き顔だよ。私たちは同じ寄宿舎仲間だし、『聖歌隊』の仲間で」

「そうさ。猫背は『猫の足音団』の大事な仲間だ。欠けちゃいけないんだ」


 力こぶをつくるテオ。ゆっくりと戦意は高揚しているけど。


「ふぇ、フェーデしようか」

 アーちゃんことグアンテレーテ中尉に釘を刺された恐喝、別名を名誉回復決闘フェーデを呼ぶ。『猫の足音団』は、最近までフェーデの常習犯だったのだ。


「マズいよ」

「どうしてさ。白ひげも猫背も金が要るんだ。なら、ためらっちゃいけないんじゃね?」

「テオ」

 フェーデを強行するなら次は命のやりとりだ。そう夜警隊の小隊長は警告している。今まではほぼ無抵抗の通行人から小銭や品物を没収していたけど、夜警隊に補導されたりチャート商会の護衛と渡り合って、フェーデの危険性を体感したテオたちだった。



「いけないはテオ、貴女でしょう」


「「舎監」」


 帯剣している大人にフェーデを仕掛ける乱暴な小娘たちが、聞き間違えない足音で直立する。


「皆さん、命じられた仕事がまだのようですけど。テオ」

「っ」


 ピシャリの形容しかない効果音と一緒の一撃。柳の枝を束ねた鞭がテオの手の甲を襲った。


「貴女も年長者としての責任がありますよ。ベルリナーさん」

 マーサは鞭の一打を無言で受け入れる。


「テオをサポートしなさい。それから畑が密林のようですけど、どうしてですか」

「それは、ですから今日は色々あって」

「返答は端的に。ムダなく」

 もう一撃。


「はい。私の担当だった草取りを怠りました」

 王都に林立する尖塔でも、これだけ直線的じゃない。


「宜しい。では、ボリトスさん」

「しゃ、かん?」

 柳鞭を一、二度弄ぶ舎監。


「貴方の担当は、なんでしたか」

「わ、わたひぃぃ」

 まだ鼻声が収まっていない猫背。猫背を気遣ってだんごが、肘で突く。

「エリス」


 猫背の本名はボリトス・エリザベートと言う。

 ボリトス。

 そう、猫背はボリトス商会の娘で会長の父親が再婚した関係で修道院に預けられていたのだ。

 先日、ダイが引率したオークの巣でトロ肉を運搬していたのは、エリスの実家ボリトス商会で、この一件はトンでもない突風として娘のエリスを巻き込んでいた。


「舎監、今後授業料も寄付金は難しいと思います。エリスは、その」


 半分でもオーク族と結婚していては王室御用達の称号は剥奪だ。ボリトス商会はもう零細事業に転落が約束されている。


 テオのよう孤児で修道院に預けられる事例がある。これが誤解の大本で、実は寄付金や授業料を支払って子弟を修道院に送る院生と人数は五分五分なのだ。


 少し、猫背ことエリスを伺うマーサが代弁する。本当ならエリスと舎監の応対の場面だけど、まともに喋れないから。



「退院届けも提出済み、ですよね。でも」

「ベルリナーさん、〝でも〟がありますか。ボリトスさん、貴女の担当は何でしたか?」

 ヒュんっ。舎監が鞭の空打ちすると、猫背ことエリスとだんごは完全に萎縮した。


「あの舎監、せめて今日は免除してください。エリスの担当は私が努めますから」

「免除。ボリトスさんは病気ですか?」

「いえ、ご存知でしょう」

「病気では」

 つかつかと歩み寄ってエリスとオデコを重ねる舎監。


「ありませんね。ではボリトスさんの担当はどうしました」

「ですから」

 舎監とエリスに割って入るマーサ。


「カノッサの寄宿生として、怠惰は許されませんよ」

「免除してください。舎監」

 ピシ。マーサの全身をさえぎる柳の鞭。


「まだまだボリトスさんには教えることがたくさんありますからね。一日二日で教えきれないほど。そうですね、ベルリナーさん」

「それって」

「ああ、そうそう」

 修道女のそれと酷似して、でも異なる漆黒の衣装のポケットから取り出される白い葉っぱ。いや、そうじゃなさうだぞ。


「ボリトスさんは、筆記がお上手なはずでしたが、本日のメモは頂けませんね。内容が要領を得ていないですし、文脈も乱れています」

 エリスの掌ににひらひらと舞い散る紙切れ。


「書き直しです。先程の書類は受理しかねます」

「これ」

 エリスがカノッサ就労女子修道院を退院する届出だった紙片でした。


「「舎監」」


 ウルウルな少女たちの感動は、現実が乾かしてしまう。


「ボリトスさん。私も正直テオと同意見です。親子は一緒に暮らすべきです」

「ぅぅぅ」

 土砂降りのような涙の猫背エリス


「でも、確かにベルリナーさんの指摘も間違ってはいません。ボリトスさんの周囲は受け入れにくいほど重たい事件が連発したのも事実」

 カノッサ勤労女子修道院の舎監。自ら率先して身体を動かしているため、深いシワと細かい傷がたたえられている。


「少し、お互いに熱狂を冷ます選択も許されるでしょう」

 シワで波打つ舎監の両手がエリスの頬を包む。


「ひゃぁかぁぁん」

 頷いた舎監の手はゆっくりとエリスから離れ、また直線のオンナに戻る。 

 

「では、それぞれの担当を素早く終了させなさい。それから全力で集合です。急いで!『猫の足音団』」

 名称だけは意外にも公認だった。


「え! また、ですか?」


 エッへんと添えると、らしく感じるほど舎監は胸を張る。マーサに負けているけど。


「お忘れですか、いけませんね。私たちはカノッサ勤労女子修道院の一員です。神の御恵みを教え、布教の活力を頂くことが一番のお勤めですよ」

「えーーーー」

 不満顔なテオがぶーたれる。


「舎監。今時はもっと色恋沙汰とかの歌の方が流行るよぉ」

 王都を含めた近隣の奉仕活動。

 そして大道芸人顔負けにあらゆる場所で神を称える聖歌を合唱する。元々は『猫の足音団』は聖歌隊の名称だったのだ。


「なにを寝言を言いますか。さぁさぁお勤めに戻りなさい。テオもボリトスさんもですよ」

 パパンとリズムカルな手拍子をする舎監。


「「はい」」

 一斉に持ち場に散る『猫の足音団』たち。

「それから」

 全員一時停止。ゆーーーっくりと舎監に振り返る。


「しばらく、オカズが減ります。宜し?」

 つまり、そう言う事だ。


「はい舎監」」

 勤労女子は辛い。



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