マーサお姉ちゃん
親と子。
やはり親が転べば子供だって無事ではすまない。
「じゃあ、ダメなんだ」
「そうだね」
カノッサ女子勤労修道院。
テオや白ひげことマーサが寄宿している修道院だ。
「ふっ、お笑いだよね」
荷造りも終盤。残りは小物や下着まで荷物に詰めるかどうかの判断だけ。
「〝猫背〟」
伯爵家の令嬢で暗号名は〝だんご〟は、優しく猫背を抱き締める。もちろん猫背も暗号名だ。
「よしてよ、匂いが伝染るよ」
「いけないよ、そんな自分で自分のイヤミ」
自虐的と言う。
「あの後妻、半分オークだったなんてね。しかも!」
涙をダーダー流しながら、猫背は声をだす。身体中が震え、音を振り絞る様相だ。
「半オークを承知で店主は結婚したってさ。王室御用達を剥奪されても後妻(半オーク)と離婚しないなんて!」
「猫背」
「猫じゃないよ、私もオークかもよ!」
だんごから手を振りほどいて、膝を落とす猫背。だんごはマーサ、白ひげに援軍を頼むけど。
「ねぇテオ、白ひげ」
テオだけはテオ。暗号名と一致した名前だけど、白ひげはマーサ。ベルリナー・マルグレーテが正式な名前だ。奇妙な組み合わせで最年長のテオ以外は、いいとこのお嬢さんで『猫の足音団』は構成されている。
「なんとか言ってよ、引き止めてよ。首領と副首領でしょう」
「でもね」
白ひげのマーサ腕組みの姿勢でだんごに近づく。
「どうしようもないじゃない」
「イヤだよ、私猫背がいなくなるなんて」
「そりゃ、だんごと猫背は仲良かったからね」
涙ぐんでいる猫背とマーサに食いかかりそうなだんご。その修羅場を粉砕する感情の爆発が起きた。
「甘ったれんなよ、ガキ」
「首領」
癖なのか、一度二度と足を激しく鳴らしながら怒鳴るテオ。
「どんな親だって親なんだ。一緒に暮らそうって頼むなら尚更じゃないか、だろ」
「ひぇぇもぉおぉ」
正確には、『でも』と漏らしたんだろう。だんごは、もう泣きの涙の世界にハマっている。
「『カノッサ』を退院しても別に絶交するんじゃないしさ、猫背は猫背さ。オークじゃない。それは間違いないよ」
キレているテオを牽制しながらだんごと猫背を慰める白ひげ。
「ぉぉぉくだよぉ、ふぁぁしぃぃ」
もう、なにがなんだか状態だ。
「オークなら、もっと〝あんた〟強いよ。正直ゼンゼン戦力不足。ね、オークじゃないし、これからはオークとも仲良くするんだって」
「そんな昨日今日で仲良しになるもんかよ」
「あぁぁぁあぁぁぁん」
ああ。同性でも泣きじゃくる世話焼きは面倒くさい。じゃない、猫背ことエリス、エリザベートは寝食も名誉回復決闘の危ない橋も一緒だった仲間だ。
「ふぁぁしぃぃ、よわぃぃ?」
「そうさ。まだまだ『猫の足音団』のサブにもリーダーにも昇格させられないよ、エリザベート」
「マーサー姉ちゃん」
ぷわぁぁん。マーサの胸に飛び込むエリス、猫背かな?
「人の胸をクッションにしなぁい」
「あぁぁん」
右の胸に寄りかかられたら、左の胸。だんごもマーサに泣きつく。
「あのさぁ」
「ふん。どいつもこいつも甘えるなよ」
頭をボリボリ掻きながらしゃがみ込むテオ。
「そう。でもテオだって涙目じゃん」
「あんたもね、白ひげ」
「しかし、本当にどうするの。猫背さえその気なら、舎監や院長に頼むけど」
年の功の分、少し前向きな意見。でも、テオはそんな配慮を踏み潰す。
「頼んでも寄付金、どうするのさ。あんた裁判の費用だって要るんだろ」
「それとこれは」
気まずさに『猫の足音団』からそっぽを向くマーサ。