今度こそちゃんとお勤めしなきゃな
「ダイ、お手柄だな」
まさか、こんな結末を予想しなかったトーマス。でも、彼も夜警隊の将校。王国の仕組みと上官の──極めて超法規的政治的な──決定に従う。
夜警隊は事後処理半班を残して順次大隊本部に帰投を開始している。
緊張感はさすがに緩んでいるけど、整然と列を成す行動はやはり美しい。それが結果として空振りと同意義の出撃の帰路だとしても、だ。
「トーマスさん、大丈夫」
「ま、仕方あるまい。まさか既得権で夜警隊が指を咥える結末とは考えなかったが」
「が? でもトーマスさん。仕方ない顔に見えないんだけど」
グリグリと頭を撫でられるダイ。
「俺も人の子、人の親だ」
「えっ。結婚してたの?」
「おい。グアンテレーテから聞いてないのか。三年前許嫁と結ばれて子供も二人授かっている」
「そうなんだ。ごめんなさい」
「まぁグアンテレーテも噂話は好みじゃないようだし。で、俺も歯向かうオークを何人屠って肉の塊にしても構わないが」
木の幹に寄りかかっている母親に甘える子供のオーク族に目を細めているトーマス。
「あんな母子の血で我が剣濡らすのはむしろ恥辱。今回は脳筋判事の掌の中で踊る道化役も許容する、さ」
「大人だねぇ」
「おーーおーーー」
トーマスとの会話がひと段落したのを見計らってパウロがズカズカ歩いてくる。
「ダイ、お手柄だな。なんか欲しいもんあるか?」
「判事、いいんですか」
含み笑いするトーマス。
「司法院の食堂のツケ、トンでもなく滞っているとか」
「あーーー、そだったなぁ。あんま高いものじゃなきゃいいぞ、ダイ」
「そこまで耳にしてもらえないよ」
あ。ダイは、オークの巣。今回の大元の根っこを思い出した。
「お、なんか欲しいか?」
「じゃあ、トロ肉を入れてた空箱が欲しいんだ。もし大事なら、お金払ってもいいから、くださいなってオークさんに頼んでもらえる?」
「なんだ、そんなことけ? 金なら俺が支払うけ、好きなの頼め」
「じゃあ」
さすがに一度でもトロ肉をいれた箱だと残り香が相当ありそうだし、気分的な抵抗感もある。
「ええっとオークの爺ちゃん」
パウロの依頼は、多分無意識下の強要になっていないといいんだけど。でも、ミカの喜ぶ光景も見たいし。
「お好きなの、何個かどーぞだとよ」
にたり。パウロが熊男でも噛み砕けそうな歯を整列させて笑った。
「ありがとう」
「はーい、〝ダイくん〟、〝ナンシーちゃん〟、おネムネムですよーー」
「ミカ、そろそろお昼ご飯にしよう」
「あれ?」
お気にの人形を胸に抱きしめながら、妹のミカが振り返る。
「だめですよーー。ちゃんとネムネムですからねーー」
「おおい、ミカーー」
今回のオーク騒動で一番得をした人物を敢えて指名するとしたら、ダイは妹のミカに一票投じただろう。ただ、この時代は投票は標準じゃないけど。
「素敵なお部屋を用意してくれた頭に、ありがとーーっていいましょうねーー」
「早くお昼にしようよ」
でも、ミカの顔はピカピカと光っているし、ちゃんと兄のダイに感謝もしている。
「今度こそちゃんとお勤めしなきゃな」
大盗賊の道のりは、多分遠い。