三百くらいのオークが
「ん。試しに食うぞ」
吐き気すら催す臭気。嫌悪感ノンストップな動物の死体そのものの発酵肉。それをアッサリ食べると宣言する食欲のブレないパウロ。
「どうぞ」
「んじゃぁ」
パウロは腰に挿していた短剣──もっともパウロが持つと葉っぱと区別が難しい──で犬の死体をカットする。
「いや、そのままカブりつくのが基本です」
「そうけ? じゃぁ」
「「「うわっ」」」
老オークの言葉通り犬、トロ肉化している首筋に歯を立てる。
「やめてくれぇ」
腐敗か発酵か。膨れていた子犬の腹が、急速に萎む。パウロが液状化した死肉を吸引している分、体積が減っているのだ。
「失礼」
「く、苦しい」
歴戦の夜警隊が、何人か地下の町から逃走する。それほど悪魔的な匂いと死んだ犬のままの捕食光景なんだ。
悲鳴と恐慌であたふたした結末として──。
「んじゃ確認すっぞ」
地上に再集結したパウロ以下オークの巣討伐隊。つまり夜警隊たち。そしてそのまんな巣の住人たちと、トロ肉工房の従業者。
ダイと司法院騎士団以外は相当の距離を確保して熾烈な臭気源から逃げている。
「こン集合住宅と王都など、おおよそ三百くらいのオークを認識してる。大人数だな」
「はい」
さっきパウロにトロ肉を提供した老オークが返答する。
「ってもうかなり王都に紛れてるんでねえけ?」
「はい、その私の孫は、その王都で働いています。ですが」
「なに」
ギリリ。既に抜刀しているダルバールが踏み込む。
「でも、その。王都居住を禁止されているのは純粋オークだけです」
「あんな死体が王都に充満しているなんで身の毛が弥立つ。皆殺しだ」
拳を突き上げる隊員が発生した。
「混血オークでも同罪だ」
卒倒を招きかねない匂いのヘイト感は半端じゃないらしい。どんな理由でも敵前逃亡に類する撤退の恥を晒した夜警隊たちの憎悪は沸騰してまだ加熱が止まっていないようだ。
「待て、おめら」
「しかし判事。貴方だって昔はオークを討伐したじゃないですか」
「え、パウロさんって元軍人?」
「あんなぁ」
パウロはオーク族たちと夜警隊を交互に見詰める。
「あれは乱戦で王様守るためだ。今、こいつらが危険なのけ?」
投降して巣穴から大量に出現したオーク族たちは、綺麗に地べたに整列している。抵抗の可能性はゼロだろう。
「しかしオークはオークです」
「そりゃオークにとっても俺らも同じだ。大事なんは、な」
またカラスコに助け舟、フォローを求めるパウロ。
「現在、百三十八人を確保しております。その親族家族と合わせると膨大な人数です」
「んだな。もし三百イキナリいなくなってみ? おい、オークの爺ちゃん」
「は、はい」
地面に座った姿勢から腰を浮かす老オーク。
「おめの孫、ナニして王都にいるだな?」
「その、一人は食堂で働いてます」
「「「一人!」」」
「まあ待て落ち着けや。雇い主はオークけ?」
「とある家庭の使用人として働く孫もいて」
「はぁはぁ。そすっと雇い主は困るな、オーク使って処罰されたら大事件だな」
「ですが」
「う、うぷっ」
ジュルジュル。パウロがもう一口トロ肉を啜った。少し治まり慣れてきた匂いだったけど、トンでもない追撃に、苦悩する隊員たち。
「こん肉な。とある公爵様が大好きなんだ」
「まさか、なにを証拠に」
いやいやいや。なかなか状況を理解しない、空気読まない隊員に首を振るパウロ。もっとも読んでも吸い込みたくない空気なんだが。
「俺は鼻がいいって言ってるべ。この丸太で殴ったみてなキツイ匂いが一番の証拠だべ。おめら、こん公爵に殴り込む予定なのけ?」
「そ、それは」
「名前公表していいのけ? 公爵家と夜警隊で王都で戦争になっぞ」
「ですが、公爵家は食材を購入しただけで」
「んだからさ、オークの肉だって知らねはずねぇよ。今までおめ、こんトロ肉食べてねぇべ。食べてたら逃げねえし、穴に入んねよ」
そりゃそうだ。
「でしたら、王都周辺立ち入り禁止例違反です。これは厳罰にすべきです」
「おーー、そだったな」
ほぼバカにしているようだ。パンパンと手を叩くパウロ。
「んだば、どすっけ」
ドスン。パウロは腕組みの姿勢で地響きを伴う尻餅をつく。
「そ、そんな」
恩情を期待して投降した。でもパウロの天秤が動いてしまったのだろうか。整列したオーク族に露骨な動揺と嫌悪が渦巻いている。