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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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トロ肉


 数ブロック。何メートル進んだろう。下町のような家屋から、かなり身を低くしないと通れない狭い入口の建物に入れ替わり始めていた。その建物の入口付近に数人の老人がいた。


「あの、こちらからは匂いが一層強烈になります」

 松明が頼りだから鮮明じゃないけど、随分と丁寧な対応をしている。パウロが攻撃的な姿勢を控えた成果だったら幸いなのだけど。

「あんり、おめ。巣からでろっていったへ?」

「ご案内をと。それから」

 手招きしながら。


「こちらは、我々(オーク)の主食の生産基地です。恐れながら、荒らして欲しくないものですから」

「この匂いが?」

「判事殿は、死肉をご存知ですか?」


 代表者なのか、さっきから喋っているのは一人だけだ。その一人が、小箱を差し出す。


「はぁオークの飯なんて、知んねけどな。その箱の中身け?」

「おっしゃる通り。これの匂いは強烈です。それを承知の上でお開けください」

「はぁ? ま、いいや。開けっぞ」

 またしても考えるより動くパウロ。ダイや夜警隊員が制したり喋る前に小箱の蓋をハズした。


「くっ! こ、これ、は!」

 ランク3の魔術師に眉一つ動かさなかったトーマスが膝を落とし、咳き込む。

「不覚、これは、わ、ワナ!」

 別の司法院騎士団員が小箱から顔をそむける。滅多に任命されない司法院騎士団の使命に燃えていても耐え切れない刺激的攻撃的な匂いが地下空間に一瞬で充満する。


「すげっげえ。病気のウマのウンチよりズットずっと臭い」

 お利口に厩舎の掃除も怠らないダイでも厳しい匂いだ。


「これは我々(オーク)が日常食卓に上がる品。死肉とか、肉が溶けている印象でトロ肉と呼ばれています」

「私たちは、普通に〝食事〟と呼びますが」

「これけ?」

 パウロが小箱からナニかを摘む。


「犬の、子犬が死んでる?」

「じゃ、ないぞ、く、腐ってる!」

 手で顔を覆いながらも職務遂行。覗き見で観察したトーマスが途切れとぎれに解説する。臭いからなのか、驚いているから流暢な弁が妨げれれているのかは、不明だ。


「厳密には腐っておりません。ある工夫で発酵させるのです」

「ああ」

 オーク族以外ではパウロだけが普段通り。普通にしゃべっているけど、ダイや夜警隊たちは、かなりドン引きしている。


「なんほど、あれだな。チーズとか保存のあれ、だな」

「えーー。犬を丸ごと?」

 塩漬け肉ならダイだって冬季に食べている。もっともカナーノ家は裕福な方だから、たまーーーになんだけど。しかも、ダイの祖母、ウォリスは丁寧に不要な箇所は切断して、最後に塩抜きしているから臭い肉なんてダイは知らないのだ。


「北方の知恵でして、これが生肉よりも抜群にウマくてしかも身体が温まる」

「頭や尻尾だって貴重なんじゃ。ムダにせんのだ。もちろん血液も熟して固めて口にする」

 長老さん達なんだろうか。死体の原型のままの保存食を朗らかに解説する老オークなんだけど。


「判事、匂いは度外視しましょう。でもオークが王都に立ち入ることは禁忌です。即刻処罰を具申します」

「あーあーあー」

 いつもながらリアクションが大きいパウロ。


「処罰は俺の仕事な。も少し話し、聞け。な」

 老オークに解説の続行を促した。


「我々(オーク)には毎日食卓に欲しい食料ですが、皆さんには臭い。ですから、こうして地下で製造して厳重に箱入りで匂いが漏れないように」

「え、まさか」

 ミカが欲しがった、お人形箱に丁度いい、あの頑丈な箱は、トロ肉、死肉のためだっのだ。高価な商品の飾り箱ではなくて、匂いを洩らさない為の堅牢な加工の箱。名入の目的は、届け先の宛名、かな。

「ミカの欲しがってた、は、こ」


「はい、頑丈で匂い対策を施した箱です」

「ま、待て」


 栄えある『司法院騎士団』に任命されていた第十一小隊長、ダルバールが絶叫の抗議。


「まさか、この巣だけではなく、王都のあちこちににオークが住んでいるのか」

「……」

 否定しないことが答え、だ。


「この工房だけで、どれだけ臭い肉の客(オーク)を養って、い、る?」

「ま、地下都市がこんだけトロ肉臭くなるだ。お客さんがいなきゃ工房もできね」

「判事、一刻も早くこの巣の駆除を。そして王都で掃討を」

「王都に一報は小官も賛成します」

「手ぬるい。殲滅を進言します」

 まだ匂いにガマンできないのか直立できていないトーマスも同意。


「でも、さっき女の子に」

 ダイが呟く音量で抗議すると、チラではなく、ギロリとパウロの眼が動いた。そして笑った。


「んだな。約束だ。早く投降すっと情状酌量だな」

「ですが、判事」

「あーー待て待つだな」

 手を伸ばしただけでも抑止力抜群なパウロの豪腕。


「素直にしゃべれ。こン巣に住んでるオーク族と客はどれだけだ?」

「その肉なんですけど」

「早よ言え。夜警隊がイライラしてっぞ」

 逡巡。そして間を置いてとんでもない告白が吐露された。


「匂いは凶悪でも、食べたら病みつきだと通常、ヒューマン族のお客もいらっしゃって」

「「「まさか」」」


「ほーーぅほーーぅ」

 腕組みしてコクコクと頭を動かしているパウロ。


「判事、まさかご存知だった、と?」

「まあな。俺は頭の回転より鼻が効くんだ」

「それは」

 激しく同意しているメンバーたち。

「こん匂いは、王都のあちこちで嗅いでっぞ。具体的な家名の質問は、ナシだべ」

「しかし」

「俺はな」

 パウロの態度に納得していない若手の隊員を諭すように肩に手を置くパウロ。もちろん、隊員がパウロの肩たたきで数センチ沈んでいたのも事実。


「俺はいいんだ。でも、驚くぞ、いいご身分の貴族の名前、聞きたいか? 王都にはいっちゃなんねって規定されてるオークの肉食うって知れたら、大騒ぎだぞ」

「そんな」

「パウロさんって脳筋だけじゃないんだね」

「だいぶ脳筋それの疑いあるけどな」

 某若手隊員の弁。



 この「トロ肉」はキャビアックを参考にしています。


 キャビアックはウミスズメを素材に、アザラシを容器に作成していますけど、本作ではオーク族はなにかしらの菌を培養してウミスズメ以外からも「トロ肉」を熟成させられる設定です。


 ご了承ください。




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