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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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ナンシー……3

「へぇ」


 部屋は薄暗かった。


 ダイが普通の子供ならどうしてと疑問を感じてナンシーに質問するだろう。タネを明かせばこの暗さは桑の葉を乾燥から守るための工夫なのだが、養蚕の経験知識のないダイには予想すら困難な措置だろう。


 でも、ウンチクやナンシーのお家事情よりもダイには優先事項があった。



「ナンシーお婆さん、お婆ちゃん。おれも手伝うよ」


「いいのよ、ひと仕事が終わったら、そうね。せっかくだから井戸水じゃなくて、お茶をご馳走しまにしょうね」


「おちゃ、おちゃ」


 ナンシーのスカートの腰帯をしっかり掴みながらミカは飛び跳ねる。


「おれも蚕みてみたいし、手伝うよ。この籠、二階に持って上がるんだよね」


「そうよぉ」


 ナンシーは微笑む。

 ダイの目的も知らないで。


「ミカもおてつだいいするーー」


「いいんだよ、ミカには重いから」


「ミカもおりこうさんだからおてつだいーーー」


「あのなぁ」


 兄妹。例え親でも、子供の真似っ子したい。んで褒められたい欲求は抑えられない。泣きべそ顔でお手伝いするーーを譲らない。


「お前は手伝わなくていいんだよ、ミカ」


 ダイが拳を振り上げる。でも効果なし。


「いや、ミカもおてつだいーー」


 ダイが妹のわがままを握りつぶそうと画策する脇をナンシーが素通りする。



「ああ、この籠は重たいねぇ」


 つぶやきながら葉っぱを一枚取り出す。


「これ、ミカちゃんが運んでくれたら、お婆ちゃん大助かりよぉ」


「は?」


「ミカちゃん、このおもーーい葉っぱ、手伝ってくれるとお婆ちゃん嬉しいんだけど」


「もつもつ、ミカ葉っぱさんもつーー」


 まるで宝石を填めた指輪をかざすように桑の葉をもらったミカはナンシーのあとを追う。


「ああ、それから、蚕が驚くから大声はいけないよ、いいね」


 しぃーーと口元に指を添えるナンシー。


「はーーい」


 ミカもしぃーーを真似る。


「うん、わかったよ」




 幸いにナンシーは小柄な老婆だし足取りも遅い。ミカはそのナンシーにペタリさんだしそもそも体重が少ないから足音はほとんどない。二人は静かに二階に吸い込まれる。



 ダイ一人。


「まったく」


 ダイは編籠をかかえると、階段を昇る。高価だと耳にした覚えのあるシルクの保管庫の目星をつけたかったのだけど、蚕ってなんだろうと好奇心も捨てられない。


 ダイは慎重に傾斜のきつい階段を昇る。


 二階は一階よりも薄暗く、そして暖かい。ダイが予想したような暑すぎも寒過ぎでもない、高レベルの快適な空間なのだ。


「ん?」


 ダイが目を凝らすと二階の奥の方に机が並んでいる。そのそばに、ミカをだっこしたナンシーが〝〟かいこ〝〟を見物させているようだ。


「ねぇこの音は? うわっ白い毛虫だ」


 しーーーい。


 ナンシーが指を立てて小声で兄妹にささやく。


「これが蚕。静かにね」


 ナンシーはちいさな盗賊を順番に持ち上げて蚕を見物させる。ダイは抱っこを渋ったけど、もう一度ナンシーがしーーっと指を立てると抵抗を断念した。


「蚕が桑の葉を食べたりする音だよ」


 養蚕家の子供ではないダイ兄妹にはわからない言葉だろう。


「蚕が桑を餌に、糸をつくる準備をしているんだよ」


 正確には成長した蚕が、成虫になる直前、蛹になるために吐き出す天然の繊維を絹と呼ぶ。こうして人為的に作られた蛹が繭玉。その繭玉を煮沸などの処理をして、この時代は座ぐりと呼ばれる手作業で糸を紡ぐ。


 もちろん、これは蚕の一生を通して目撃しないとなかなか理解は難しいだろうし、座ぐりが全ての作業の終了ではない。


「糸ってシルクって、こんなふうにできるんだ」


 うんうんとうなずきながらダイを見つめるナンシー。


「あれ、ミカ?」


 もちろん、ダイなりに小声で話している。

 そして先に蚕を確認したせいか、ナンシーからも蚕からも離れていた妹、ミカ。


「ああ、ああ」


 今度はダイがしーー。口元に指を立てた。

 ナンシーの声が、少し大きかったのだ。


「これはね」


 ダイがナンシーと一緒にミカの背中に接近する。ミカが立っている壁には、人形が並んでいた。


 何体も、何十体も。


 小さい棚に腰掛けていたり、壁に結ばれていたり、衣服も姿勢も多種多様な人形が陳列されているのだ。


 ミカを後ろからだっこしてナンシーが解説する。ダイはそのすぐ隣で拝聴。



「昔はこの家でも糸を織って布にしていたからね。不良品や端切れでお婆ちゃんがつくったお人形よ」


「おにんぎょうさん」


 妹が、ミカがそう漏らしたのを聞いたダイは、しまったの表情を浮かべた。


「やっぱり女の子ねぇ。ミカちゃん、お人形欲しいの?」


「いやいやいや」


 ここは、〝貸し〟をつくる場面じゃないだろ。

 慌てたダイはナンシーの袖を引いた。その空気はミカにも伝わったらしい。


「……」


「あら、どうしたの?」


 兄の剣幕はびりびりしている。素直に欲しいとは言えない。でも、欲しくないなんて絶対ありえない。


「な、な、ナンシーお婆ちゃん。おれのど渇いたよ」


 ナンシーの袖を階段下に牽引しようと必死なダイ。


「あらあら、ミカちゃん。下向いちゃって。じゃあお茶にしましょう。蚕の食事は終わったから」


「うん、お茶お茶、お茶」


 ミカをだっこするナンシーの背中をダイが押しながら三人が揃って一階に戻る。




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