誰か立ってます
「およ」
元々オークの巣、らしい穴とパウロの掘った穴が重なった。
それと同時に穴の奥から数本の矢が飛来する。もちろん、素手で払い除けるパウロ。
「抵抗か。痛い目が好きか、おらぁパウロだぞ」
「判事」
一時はオークの逆修に備えていた夜警隊だったけど、必要だったんだろうか。
だって出入り口はダイの機転で早期発見したけど、それ以外はパウロ独りで全て立ち向かって処理している。
「ははは。一撃、行くか?」
裁判官の制服、漆黒の法服の袖を捲ったパウロが、ふと止まる。
「判事? 如何された?」
「誰だ、おめ?」
パウロがスコップの手を休めて、一歩引く。
「総員、備えよ」
パウロが後退するナニかを警戒する夜警隊。
「臭せぇな」
パウロが口を滑らしたけど、確かに臭い。パウロがくり抜いた地下は腐臭に支配されている。
「あ?」
「あ、女の子です、判事」
長槍を構えながらもガスマスクを押し込んでいる隊員が呟く。
隊員の指先の延長、穴の奥から、年頃や背丈だとミカと同じくらい。五、六歳の女の子が身体を震わせながら現れる。
「パウロ、様」
生まれたばかりの雛鳥が、こんな印象だ。周囲の僅かな反応にも怯えているように震えている。
「あー。様なんて偉くねぇけど、パウロだな」
ガクンと大ぶりに頷いたパウロ。正面の巨漢を確認した涙目の女の子の唇が動く。
「あの、降伏すれば、命は」
マスクの隙間から腐臭が侵入しないように口元を確認しながらのダイ。
「この子、オークなんだ」
見た目はミカより少し丸ポッチャリさんなだけ。でも、状況から考えてオーク族の女の子なんだろう。
それにしても夜警隊と一緒に出撃したパウロを、これだけ怖がっているなんて。
「降伏? こん穴にいる皆が降伏するなら、じょ、じ、じょ」
「〝情状酌量〟です、判事」
カラスコの同行は正解だったね。
「んだな。そーいうこった」
「ありがと」
どんだけ怖かったのか、膝を落としたオークの女の子が泣き出す。
「でもな!」
女の子を押しのけるように穴に侵入、そして突然大音響。
「処罰は俺が決める。だから、勝手に死んだりするのは、〝ナシ〟だ。聞こえっか?」
聞こえっかの木霊が穴に響いた。
「これで何人だ?」
ダイが入口を発見した穴から、大量のオーク族が投降して地表に集合している。
「数え終わったグループだけで百」
「百二十五だ。まだ、穴に残っているし」
ほどんどのオークは、パウロ以下夜警隊が約束を遵守するのか、もしかしたら裏切切るのか不安なんだろう。家族で固まり寄り添い合い涙に濡れた顔を密着させている。
「まだ残ってんな。まとまるとワナがあれば危ね。二、三人単位で離れてついて来い」
パウロは、松明を点火すると巨体を屈めて穴に進入する。
「判事、ここは私が」
トーマスも手提げ照明を左手に随行を志願。右には得意の獲物、片手半剣が握られている。
「ほぅほぅ、小隊長が率先せんでもよかが」
「小官は『司法院騎士団』ですから」
「なら自分も」
判事一名が任命可能な司法院騎士団の最大値四名がパウロの影になり従う。その四人全てが一騎当千の実戦経験者なのは蛇足だろうか。
「あ、おれも」
ちゃっかりダイもその後に。
「おいおい、ダイ危ないぞ」
「だっておれ発見者だ、うわっ」
荷馬車を吸い込み百人以上のオークが同居していた穴だ。木の虚のサイズじゃないとは思っていたけど、パウロを追っかけたダイが目撃したのは穴じゃない。地下の町だった。
「これって王都の集合住宅と同じだ」
「まさか」
地下、オークの巣と王都の違いは青天井があるか、ないかの違い。それだけが相違点で、人口の密集とかまるでダイヤムに瞬間移動したような気分になる。
「ま、ふつーーに考えれば入口付近は防衛兵の詰所だな」
「はい」
「んなら、進むだ」
ワナや伏兵が怖くないのだろうか。パウロはズンズンとオークの巣を進行する。
「うわっまるで暗い夜のダイヤムだ」
「ダイ。地表で待ってなさい」
「ええで、トーマス隊長。こん子は巣の発見通報者、ええっと〝こうろうしゃ〟だかんな」
先頭のパウロが振り返って大口を開く。
「しかし、判事は匂いが気にならないのですか?」
「剣戟なら何合でも得意としますが、この鼻に槍が刺さったような匂いは」
マスク越しでも夜警隊の歴戦の雄が尻込みしている空気は伝わる。ってかヒドい匂いだ。
「まぁ相手の巣に入るんだ。覚悟だべ」
とまぁ平然としているパウロ。
「誰か立ってます。判事、後ろに」
「ええから、誰だ?」