オークの巣
『夜警隊 本部』
厳密には国王直属の国土夜間警大隊が正式名称な組織。
犯罪者や善からぬ企みをする人種には逆説的な魔巣窟であるから、正面警備も堅い。
でも、それは相手によるのだと露呈した。
「はははははは」
黒い激流。
身構えた守衛当番の隊員が接近者の正体を察知した刹那、もう隊官舎に侵入を許していた。失態であり油断だった。
「ぱ、パウロ判事?」「いや、脇になにか持っていたぞ」「念のため早鐘鳴らせ」
もちろん巨体のパウロに小荷物化されていたのはダイ。
そうすると大盗賊ダイが逮捕の瞬間なのだろうか。
「はははははは」
夜警隊の敷地内に入って、初期の目的を思い出したか、パウロ。急停止して一番間近に立っていた隊員に質問する。
「おめ」
守衛当番の隊員のことだ。
「じ、じ、自分ですかぁ?」
「んだな。今、小隊総員が出動可能なんは第ナン小隊だへ?」
「小隊?」
突然侵入して突然の意味不明な質問に応答できなかった守衛。
「現在、第八小隊が当番隊。いつでも出動待機中であります」
第十一小隊長のトーマスが騒ぎや早鐘を聞きつけて登場、そしてフォローした。
「んだら第八小隊、総員出撃体制だな。んでトーマス、おめでれるけ?」
「自分は隊内では常時戦闘の心構えであります。しかし判事、如何なる理由で出動を?」
当然過ぎる質問だ。町のケンカの仲裁や迷子の捜査だけが夜警隊の任務ではない。軽微犯罪なら処罰の有無を判断する権限があるのが夜警隊なのだ。
「ほれ」
まだ小脇にされていたダイを差し出すパウロ。
「あ、どーもトーマスさん、お久しぶりです」
「お前絵札の子供か」
「んだら、カラスコ呼んでな」
事務手続きは代理させる腹積もりらしい。
夜警隊で王都常駐部隊は全十二箇小隊。
それぞれ担当区域と時間などで勤務パトロール事務整理教練など分担が決まっている。
小隊総員出動となると、大隊長の認可など煩雑な処理も業務になる。
制服に鎖帷子。その上に胸甲、さらに夜警隊オリジナルの騎馬兜、脛や足元も油断ない武装した戦士が続々と修練場に集結している。
いざ大掛かりな出動の事例だと、集合場所に早変わりするのだ。
「総員け?」
「もう少しです」
「んだな、今日は緊急事態だかんな。シルズ〝はん〟は?」
本来ならばシルズ判事が受け持つ日付時間帯なのだ。
「は。初動から熟知しているパウロ判事に委任すると」
投げたな。この場に集まった総員の呟きだった。
「そうけ」
「ですが、今回の出動に関して、もう少し夜警隊員にも説明を求めます」
「んだな。ほれ」
パウロの気紛れにウンザリしているカラスコに、抱っこされたままウンザリしているダイが提示された。ってかそろそろ下ろしてやって欲しい。
「こん子、誰だっけ、おめ?」
今更名乗りをするハメになった。
「えーーっと、〝はじめまして〟、ダイっていいます」
「だそうだ。で、こいつは臭いんだな」
だから?
順次支度が終わって整列している夜警隊員の脳内ツッコミ。
「これはな、禁制の品、〝騙し香〟の、の、匂いが、その」
「うわぁ」
ダイを左右に動かすパウロ。その動きで意図を察知。
「移り香です、判事」
パウロのフォロー役になっているカラスコだった。
「そうだ、それ。このダイはオークの巣の発見者で貴重な生還者だな」
「「「え?」」」
驚嘆が重なった。
「まさか。王都にオークの隠れ住処が?」
「食堂の少年が、生還を」「なんて勇敢な」
「どうやって生き延びたのだ?」「この少年、料理人ではなくて戦士だったのか」
集結順に四列横隊。軍隊では滅多に実施されないけど、実例がないわけじゃない。
でも、どんどん増えている夜警隊員を驚かせるに足りる事件の当事者だったとはダイ本人も考えていなかった。
「ま、そんなわけだ。おめたちも十年前の事件、知らねわけじゃねぇべ?」
くっ。隊員の年齢に比例して唇を噛み締めたり俯いたりしている。新兵級は、正直ポカンとしてる。
「あのー? 十年前にオークと」
北部にはオークの国があるくらいだから、交戦することが珍しくないと、爺ちゃんから聞いている。でもならず者レベルなら常時戦闘中の夜警隊員が悔やむ事件だったとは初耳だ。
「判事殿」
ダイは初めて隊長クラスがパウロに礼節を湛えた姿勢で接するのを目撃した。
「うん、だから出動だ。ダイが発見したオークの巣の目的はわかんね。でも何かある前にオークの巣を制する」
「了解しました、判事殿」
トーマスを含む一箇小隊以上がオークの巣の一言でパウロの指揮下、手駒になった。