時計がわりの風物詩
時の鐘。
バルナ王国の都、ダイヤムには時報として科学局から鐘の音が伝播している。
でも、細かい時刻を知る人は限られている。
時の鐘のリレーの第一波。司法院でも条件は似たようなものだ。
「でも、今となっては、アレが時報代わりだな」
「風物詩になってないか?」
とある判事たちの会話。
司法院の判事以上の高級職員専用食堂の通用口に、人だかりが出来る頃が、十三時半を現している。いつの間にか、そんな風説が完成していた。
「ああ、今日は十人以上集まってるな。あれ、皆か?」
「そうさ。ガキどもは皆腹ペコだからな」
「まさか、当家の小間使い、いないだろうな」
「腹ペコだからな」
そんな噂を知っているのか。乱暴に食堂の通用口が開かれる。
「「パウロ」判事」
「よいしょっと」
身長二メートルに迫る巨大のパウロは、無用心に歩くと戸口を叩き割ってしまう。これに関しては前科二犯なパウロ。
パウロの真っ黒で大きい身体も小間使いの集団が包むと隠れてしまうのだ。
「あ、あの?」
小間使いは、役職名でもある。この場での最年長、二十代後半の男が申し訳なさそうに尋ねる。
「だからな、この前煤だらけの子供と食堂に入ったらタップリ叱られただな」
因みに、それはダイのことだ。
「んだから、お前たちを食堂に入れちゃなんねって食堂長に何度も言われたな」
言葉はなかった。でも、小間使いたちの落胆の色がありありとしている。
「だからな」
クマでも負けない強靭な歯が整列して、ニヤリを体現する。
「お土産だな」
法服。裁判官の代名詞、黒い制服からボロボロと姿を出す堅焼きのパン。
「うわっ」、「ごちそうさんっす」、「パウロだいすきーーー」
たった一匹の白鳥に群がる肉食動物の構図だけど、さすがはパウロ。
「ほれほれケンカしたら食わさねぞ。仲良く食べるだぞ。ほれ、もう一個あげっからよく噛め」
仕分けはしていた。
小間使いは、まさに雑用係りだ。やがて判事になれるのは極めて稀。大半は書記や秘書として方々に散ってゆくし、下積みがガマンできないで逃げる事例も少なくない。
雑用業務のため、手当ては正直薄いから、ほとんどが空腹と疲労が同居している。
日持ちするからだろう、堅焼きパンでも与えてくれるパウロは小間使いにはカミサマ的な存在になってしまう。
「よぉーく噛むだぞ。ほれむせるなら水飲め」
握ったパンを奪われたくないと貪る幼い小間使いにの細かい動作を気遣っているパウロは、ふと視線を遠くに向ける。
とても小柄な子供が一人。パウロを包囲する輪の外周に佇んでいる。
「どした。腹減ってるなら食え」
「……」
「遠慮はなしだべ」
おずおずと近づく子供。
「で、おめ。誰だ?」
ダレと尋ねられたビクついた。そして、子供はパウロが持っていたパンを奪う。
「おおおい。どして逃げるだ?」
「パウロさん、行かないでくださいよぉ」
ちっちゃくて小汚い子供だった。パウロから二個パンを奪うとまるでネズミのように逃走した。満腹にならなけらば複数個配るつもりだったパウロには考えられない行動だった。
「おーーーい」
「放っておきましょうよ」「も一個ちょうだい」「ぼくもおかわり」
「うーーーん。そいえば見慣れない子供なのさ」
いいバランス感覚だ。九十度近く身体を曲げて悩むパウロ。
「新入りですかね」
パンを貪りながらとある小間使い。
「司法院に浮浪児が入れるわけないですからねぇ。どんな扱いしている判事だろ」
「だけんどさ。俺はあン子の匂い嗅いだ覚えがあんだ。でも知らね子だ」
「覚え間違いじゃないですか」
「あンな。俺の鼻、いいんだ。それ、大きなネズミの匂いだ」
「ネズミがどこに?」
パンを齧りながらの会話はお行儀が悪いので控えましよう。
「どこって、あんり?」
アンリなる人物が接近するオチではない。一度頷いたパウロは多く頷いた。
「ほれ、ネズミならあそこだぁ」
つまりダイだ。
ダイは荷馬車が消えた付近の土地の所有者を調べに司法院に再度忍び込んでいたのだけど、そこはパウロの職場だったのだ。