荷馬車を追いかけて
「ねぇねぇ頭、アーちゃんなにをは怒っていたの? 怒っていると銅貨をくれるの?」
小遣い銭で兄妹を追い出してたアーネストだった。なにしろダイたちには聞かせられない複雑で深刻なオトナの恋バナだったのだから。
「うーん。〝おとなの事情〟ってやつだから仕方ないさ」
「そう。じゃあこれから頭はどこに行くの?」
さっき食べたからお腹は空いていない。
「今日は元手があるからな。ミカ、飾り紐でも買おうか?」
それほど贅沢な買い物の資金ではないね。
「うんとね、それならミカ、ナンシーのおリボンがいい」
バンザイと両手を挙げるミカ。
グアンテレーテ家から二十分ほど。ダイの愛馬とうちゃんは村の小さな雑貨屋に繋がられていた。
ここが、アーちゃん家から一番近い集落なんだ。
「うまい具合に人形のリボン一巻き分だったな」
値段も品揃えも王都に比べればイマイチなんだけど、〝地元こうけん〟のお買い物だ。
「うん」
ミカが大事そうにだっこする色付きシルク製のお人形。人形の頭部に紐が巻かれてバンダナか髪飾りのように見えなくもない。
「じゃあ、これから頭はどうする?」
「そうだなぁ」
頭をポリポリと掻くダイ。
「おい、ガキんちょ」
奥からの声。おやおや若い店員がダイたちを呼んでいる。
「なぁに?」
「ちょっと店の奥に来な」
セルフ顎くいっ。顎をしゃくって、自分の方に移動を促した店員。正直服装はシャツ着用だけどそんなに上等じゃないし年齢も十代前半。まだ見習い小僧、見習い店員だろう。
「わかりました、ミカ。こっちだ」
「はぁい。ナンシーちゃん、いらっしゃい」
なぜなぜもなく見習い小僧に従う兄妹。
「お、助かるよ。って丁度いい」
丁度いいナニかを確認するために、一旦外に出る見習い。
「旦那、旦那。いらっしゃいましたーー」
「いらっしゃる?」
なるほど、軽装の戦士・武人が先導した集団が到着した。武人たちの後方には荷馬車、荷車も確認できる。
「へぇ。荷馬車に荷車に」
「お馬さんたくさんだね」
「さぁさぁ騎士様見たら納得したろ。危ないから奥に引っ込んでな」
ダイの背中を軽く叩く。
「おおーやっと飯だ」「酒、酒。まずは酒だ」「馬に水、くれよ」
田舎道だから砂ぼこりを撒き散らしながらたくさんの騎馬や護衛、荷馬車荷車がやってきた。
「さあ、ご苦労様でした。まずは一杯」
見習いだけじゃなくて、店の奥から数人の店員が登場した。大人の肩幅くらいある特大のお盆に木椀とか小皿が並んでいる。
がやがやがや。
サービスなのか水で人心地した訪問者は、店員たちにお酒や食べ物を注文している。しかも馬に乗ったままで。
「お兄さん」
忙しそうだけど、ダイもなぜなぜタイムに突入した。
「なんだい」
接客の基本は異性が対応だろう。駆けつけの給水は見習い店員も手伝ったけど、女手がメインで馬乗りたちを商売している。だから、ダイに答えてくれる余裕があるのだ。
「あのオジさんたち、誰?」
「ボリトス商会の人だよ。でも大半は臨時雇いの輸送の馬車屋なんだけどな」
ボリトス。知っているような、知らないような。
「王室御用達の商人さ。最近羽振りがいいんだ。そこそこのお得意さんだよ」
一応の理屈は通る。でも新しい疑問が沸いてしまうダイ。
「ふぅん。おれが爺ちゃんから聞いた王室御用達って、もっと上品で丁寧な商売する人なんだけどな」
馬上で飲食。しかも、食べかすはそのまま放置するし、お酒も飲んでいる。言葉も荒い。それは、目の前の人たちがほどんどは臨時雇いだからだけど、どうして王室御用達の商人がそんな人たちを使うのだろう。
「ねぇ頭」
つんつん。ミカがダイの裾を引っ張った。
「ミカね。あの箱欲しい」
ボリトス商会の荷馬車荷車はほとんど全て同じサイズの箱が積載されていた。その寸法は?
「あの箱ね、ナンシーちゃんたちにちょうどなの」
ミカお気にいるの人形を納める箱としてピッタリらしい。
「へぇ。でも、あんな箱なら、作れるじゃないか」
ぶーー。不満顔でミカが答える。
「だってアーちゃんは遊びどうぐは作ってくれないし、頭はヘタなんだもん」
「あーー。それはなぁ」
小さなお姫様の要求点は高くてダイの工作では不許可なんだそうだ。
「それにね、ほら」
「あれ? ブルンにアクロス、シャーリィ。木箱に名前があるぞ」
正確には焼き刻印でした。積み重ねられている箱のほとんどが名入。それなりの価値を期待させる商品搬送なんだ。
「ね、さがせばナンシーとかダイもあるよ」
「そうか。王室御用達のお店のお客さんだから、お届けに名前を焼入れたんだ」
「ね、頭。ナンシーとダイをさがして」
探し当てれば、ミカが欲しがるに決まっている。
「なぁミカ。これは荷物を容れている箱からダメだよ」
それが当然の答えだ。でも、ミカには嬉しくない。
「ダメなの?」
「だからさ」