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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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ナンシー……2

 また、小石で馬車が揺れた。


「あれあれ」


 ナンシーお婆さんの自宅に近づいていた。


「まだお休みかしら」


「はぁ。なんだよ、ミカ」


 荷馬車に微妙な振動が発生した。〝かしら〟の言葉にダイが反応、寝ぼけて立ち上がったのだ。


「こら、ダイ君。動いてる馬車で立ち上がったらとても危ないのよ」


「ごめんなさい」


 しゅんと萎れたダイが御者台に落ちる。


 がたがた。

 ぐらぐらぐら。


「ほらほら、ダイ君。ダイ君、お婆ちゃんの指先になにが見えるかな?」


 子供の反応はわかりやすい。

 ナンシーは萎縮してしまったダイを気遣って新しい視点を変えさせる。


「ねぇ、あっちに大きいお家が見えるよ」


 ダイが叱られた時は寝ていたミカも、ネムねむから一気に目覚める。


「お屋根があかいよーーきれーーい」


「そう、あれがお婆ちゃんのお家よ」


「わあーー」


 荷馬車の襲撃の目的を忘れてしまったかのようにナンシーの家の大きさに感動する兄妹。建物だけではなく、ナンシーの家の前庭は初心者でも容易に馬車の旋回が可能なほど広い敷地を誇っていた。


 建物も本館は堅固な石づくりの二階建て。複数の離れや倉庫のような建物も揃っている。


「さあ着きましたよ。ダイ君は滑車。井戸を使えるかな?」


「ふっそれくらいは盗賊団の頭として朝飯前だよ」


「じゃぁ。お水を飲んで足を洗いなさい。血は止まったようだけど、痛くても怪我した場所はお水をたくさん流すんだよ」


「わかったよ。おれも頭だ、我慢するよ……忘れてた!」


 と元気よく御者台から飛び降りるダイ。ミカは、まだナンシーの隣でちょこん座り。


「あっといけねぇ。やいやい……」


「頭。やいやい、なんてお婆ちゃんにいっちゃダメだよ」


 口を尖らせ丸い可愛い拳骨を握るミカ。


「そうだな」


 足を揃えてぺこりとお辞儀。


「ええっとナンシーお婆さん」


 お辞儀をしても盗賊団の頭は頭。お勤めが再開されるらしい。


「荷馬車の荷物を……」


「ああ、そうだったわねぇ。でも、ダイ君やミカちゃんには、これ面白くないんじゃないかしら」


「はい?」


 御者台に戻ってから荷物を確認すれば楽なのに、わざわざバタバタとジャンプして荷物を覗き込む。

 布切れで覆っただけで天井が空いた網籠に飛びついて、なにかを掴んだダイは着地。


 ゲットした獲物は……?


「ええっと、葉っぱ?」


 一枚だけ掴んだ葉っぱは肉厚の薄いトゲトゲ状。


「なに、これ? 食べるの?」


「お婆ちゃん、葉っぱさんだけだとミカ、おなかいっぱいにならないよー」


 葉っぱの正体と目的を知らなければ普通の反応だろう。


「そうねぇ」


 ダイから葉っぱを受け取りながら、高層家屋の上部を示す。


「これはね、〝桑の葉〟。蚕の餌なんだよ」


「くわのは?」


「かいこってなぁーにーー?」


 ミカの頭を撫でるナンシー。


「蚕からね、シルクって糸をつくるんだよ」


「へぇーじゃぁこれは牛馬や家畜の牧草と同じなんだ。ナンシーお婆さんは桑の葉を餌にする蚕ってのを飼っているんだね」


 ミカの次はダイを撫でる。


「あらあら、ダイ君は賢いねぇ。よくわかったわね」


「ふん、少ない情報から、じょうきょうを判断するのも盗賊団の頭の役割だからな」


 胸を張りながら鼻の下を人差し指で一直線。

 いわゆる元祖えっへんのポーズをするダイ。


「ねぇーナンシーお婆ちゃん、ミカは、ミカは?」


「あらあら、もちろんミカちゃんもお利口さんですよ」


「わーい」


 ミカは両手を挙げてまたバンザイ。


「あ、そうだ。じゃナンシーお婆さんは、この桑をえさにする〝かいこ〟からシルクを作ってからどうするの?」


「お婆ちゃん一人だと少ししかできないから、つくった生糸が溜ったら、町に売りに行くんだよ」


「ふぅーん。じゃぁこのたくさんある広い倉庫みたいな建物は、〝〟さぎょうば〝〟なんだね」


「あらあら、また大当たり。昔は村の人だけじゃなくて、何人か手伝ってもらっていたんだよ。一番忙しかった頃は」


 そこでおしゃべりを止めてダイをなでなでするナンシー。


「そっかお婆さんのお家はシルクの工場なんだ」


 ちゃりーん。

 ダイの計算が完了。


「シルク!」


 どうやらダイの記憶と知識に『シルク』の単語がやっとヒットしたらしい。


「じゃぁお婆さんは、お金持ちなんだね?」


「あらあら残念」


 首を振るナンシー。



「今日は桑の葉を譲ってもらいにご近所を回っていたの。お日様の恵みをたっぷりもらった、蚕が柔らかい美味しい美味しいって喜ぶ葉っぱはお婆ちゃんのお庭や畑だけじゃ足りないんだよ。だから、桑の葉のお礼にお金を渡したからお婆ちゃん今日は銅貨一枚も残ってないの」


 ダイの幼い目論見はあまりにも見事に吹き飛んだ。


「あああ……」


 がっくしなダイ。こうなると足の痛みが増加するから面白いね。 


「お婆ちゃん、ミカ、かいこさんみたーい」


「はいはい、じゃぁお水飲んで。身体を綺麗にしてちょうだいね。ダイ君、ちゃんと足を洗ってね」


「はあーーい」


「お婆ちゃんは、蚕に餌をあげるから、井戸で待っていてね。ダイ君、ミカちゃんが井戸を覗いて落ちないように気をつけてね」


「うん」


 自分のおへそのが見えるくらい気落ちしたダイは、超スローペースでナンシーに命じられた作業にとりかかる。


「おててーあらうーー」


 ミカはぴょこんと御者台から着地、ダイが汲んだ井戸水でさらっと埃を流したらナンシーのあとを追う。


「ミカおりこうさんだからお婆ちゃんおてつだするーー」


「あ~ミカ、水飲まないのか?」


 ショックから立ち直れないで、目や口をだらしなく半開きのダイ。


「あーとーでーーー」


 桑の葉を満載した網籠をかかえたナンシーに密着するようにミカは歌い出す。


「葉っぱ、はっぱーーー」


 ナンシーとミカが桑の葉を往復して室内に収納している間、ダイは井戸水で手足、顔を念入りに洗った。


「ふーー。そっか、別に現金だけがお宝じゃないんだ」


 洗顔がほどよい間になったようで、まだまだお勤めを諦めないダイは、八歳の男の子でも盗賊団の頭だ。多分、きっと。


 手首足首をぶらぶらさせて水切りを済ませると、本館と呼んでいいのだろう、ナンシー宅の内部に進んだ。




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