少し前の話し……2
まだ死を実感していないテオたちは笑う。
そして、間の抜けた次幕の筋立てが始まる。
「あ~~。おねえちゃんたちがケンカしてる~~。だれか~~」
「「あ?」」
『猫の足音団』も、フェーデの標的にされた男たちも刹那、呆れ顔で同じ風景を鑑賞していた。
「たいへんだ~~」
ぱかぱかぱか。
小さい女の子が、小型馬に乗っている。とてもじゃないが、馬の疾走ではないノンキな移動だ。
「……ぉぉおい!」
班長とは違う身なりの良い男が叱責する。この男、武装の仕込み着込みはなさそだ。
「あの子供を」
子供を。皆まで言わず通じる状態なんだ。
荷馬車側が女の子の背中を狙う。
「み、ミカちゃん」
二条鞭を構えるマーサ。
「白ひげ、あのチビ知ってるのか?」
先日のフェーデでは、ミカは『猫の足音団』に素顔を晒していない。戦闘終了後に対面はしているけど、『猫の足音団』を脅した伏兵とミカは一致していない。後日、ダイとぶつかったマーサだけが陽動作戦を展開した五歳児と対面して会話している。
「い、いや」
とても走っていると形容できない馬に乗った女の子の盾になるマーサ。マーサと列をなして構える『猫の足音団』。
「この小娘」
「ふんっ」
さすがに大人の剣撃は重くて鋭い。
でも、テオも〝猫背〟、も辛うじて受け太刀。刀で刀を防ぐ。
「班長、なに小娘相手に手こずってる」
「仕方ない。魔術を使うぞ。炎」
片手に剣の柄を握りながら呪文詠唱をする班長と呼ばれた男。輸送班のリーダの意味だろうか。
「反呪文」
眉間に二本指を当てて、敵側の呪文を打ち消すマーサ。
「こいつら」
「テオ」
「ああ、勝ち目があるよ。でも、ここからだ」
さっきまでの余裕が相手に感じられない。それだけ『猫の足音団』が熟練したフェーデ一味だと証明しているのだが。
「仕方ない」
テオが深く踏み込んだ。
「おや、後ろで縮こまってた爺いが」
「お迎えの時間かい?」
荷馬車や荷台の運び手以外で、これまで唯一微動だにしていなかった老人が動き出した。
主力投入の場面だろうか。
テオたちと対決している最中に老人に頭を下げる男たちが目に写る。
「導師(先生)頼みます」
「売り物になりそうな小娘もいるんだけどな」
いやな笑い顔だ。
「ふん。大事の前の小事。後腐れなく炭にしてやるわ」
問答無用の老人の言質を一人だけ肩を竦めた。
「やられるかよ!」
テオは両手で曲刀を握る。
「我が呪文を受けてから強がって見せよ」
生半可な魔術師ではないらしい。
不揃いで摩耗した歯をむき出しにする老人の気配に、相当な攻撃力を感じて気持ち低く構える『猫の足音団』たち。
「お前たち。ディスペル呪文はな、ランク2までしか効かぬのだ」
薄汚れシワだらけの拳を突き出す老人。
「これが小娘らの最後に見る光だ。名残惜しんで甘受せよ。ランク3の射程、甘く考えるなよ」
老人がランク2を凌駕する呪文を詠唱すると宣言した。そして、まだ女の子──ミカだけど──の細い背中は充分な距離を稼いでいない。射程距離内だ。
「テオ!」
「ってもさ!」
ディスペルが弾かれては為す術がない『猫の足音団』。
さあて、魔術師がランク3の呪文を唱えようとしている。
その寸前。
「んがぁ!」
しゅっっつ。『猫の足音団』の後方から何かが飛来した音がした。
「! が! んげ!」
老人は、人語でない発音をするのみだ。その音声は悲鳴なのか、始まった呪文を完結させようとした努力だったのか。
「導師、どうしたんだ。わぁ!」
導師と呼ばれた老人の手先から棒状の炎が噴出した。これが狙い通りならばを、マーサやテオたちは一瞬で火の巨人の舌に巻かれいたはずだ。
高温を予想される紅蓮の舌先は、無駄にチャート商会の用心棒たちの足元を焦がした。
「消せ、消せ! 荷物が燃える」
ミカの追撃も『猫の足音団』との対決も後回し。消火を優先させる。
「だけど!」
悶絶しながら転がる導師は、遠慮なく炎を生産している。
「おい、狙いが違うぞ、爺い!」
足蹴り。結構大ダメージだったらしく老人は、これこそ七転八倒の末全身の糸が切れたように草地に崩れ、苦痛に老いた身体をだらしなく弛緩させた。一応鎮火を確認してその老人を伺う班長。
「火を消せ!」
「荷物を……ああ、なにパニくってんだよ!」
武装していない男たちは、固まっている。
「いい加減にしろ。なにをボケて? 臭せぇ」
年上への敬意も自尊心の配慮もなく、鼻を摘む男。
「なんだよ、今になって小娘と楽しむ下心が沸いた! はあ!」
べちょっ! 硬質ではない。粘着質の音がする。
「う、ごぁっ」
たまーに、バチン。
マーサたち、『猫の足音団』と対峙する男たちは次々と狙撃の的になった。
「弩か? なにが飛んでくるんだ?」
「って! これ葉っぱで包んでるけど馬糞だぞ!」
「え?」
マーサを支援するパチンコの弾丸の中身を知って、総員大仰天。
葉っぱで包んでいる馬糞。馬糞そのものでは持ち運びしにくいし、匂いで発覚の恐れが高まる。それに、そのままズバリでは柔らかすぎて狙いがズレるし飛距離も伸びないための仕様だった。
即死の攻撃力はないだろうけど、当たり所が悪ければ立ち直れないダメージになる。主に精神的社会的に。
「なんて卑怯な」
「散れ、下がれ」
さっきまでマーサたちを追い詰め、ミカの背後を捉えていた男たちは一気に後退。
でも、矢立に隠れていない標的の移動は狙撃手の作業の手助けになっている。
「テオ? 白ひげ?」
「援軍? 伏兵なの?」
「私もここまで仕込んでるとは聞いてなかったけど」
一旦集結する『猫の足音団』。
「あの不自然に枝が傾いてる樹じゃね?」
男たちがパニクりの隙に、背後を確認する。なるほど、遠方の大木の枝が下方修正されている。
「ダイ」、と音量を押し殺したマーサだったけど。
「この前の邪魔でクソ生意気なガキだね、あれは」
マーサの肩を全力で掴むテオ。
「テオ、痛いよ」
「痛いじゃない。この前のガキだろ。何発もパチンコで痛い目にあってるし鉄棒で殴られた恨み忘れないからね」
「そうだ、ダイってガキだ。大盗賊ダイって」
余計なことを。テオとマーサの睨み合いに、〝だんご〟が割り込む。
「テオ、白ひげ。あれってさ、ダイって名乗る子供じゃね? あいつパチンコ滅茶上手かったし」
色々あり過ぎてダイとの関係を探られたくないマーサだった。
「ってさぁ!」
肩を回してテオの追求をはぐらかす戦法を選ぶ。
「今はあの男たちを何とかするのが優先、でしょ?」
「ふん。急にイイ子になっちゃってさ」
テオは舌打ちした。でも、目的は忘れていないようだ。
「じゃあ、魔術師がくたばってりゃ怖いものなしさ」
「うん。手加減なしだ」
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