少し前の話し……1
少し、話を巻き戻す。
バルナ王国の都、ダイヤムの夜。
最近流行っている『民族舞踊酒場』から飛び出した屈強な体格の男子がいた。王国軍から夜警隊に配置替えになって、小隊長に任命された、グアンテレーテ・アーネスト。
階級は平民が就任可能な最高位大尉の一つ下、中尉だ。
「……!」「……?」
男たちは総勢で七人。全員騎乗だったとしても、馬の尻さえ見つけられない。夜の王都を賑やかしく行き来する人々の影に、目標とした男たちの背中は隠れてしまっていた。
それにしても、あの男たち酒場を出てから迷いなく逃走したのだろう。
「なんと素早い奴らよ」
大声を張り上げたり、酒場のスタッフや他の客を驚かしたりはしていない。
でも、さりげなく追跡した不審な男たちは、風のように痕跡なく酒場から立ち去っていた。
「是非もなし」
自分の勘は正しかったのか、間違えていたのか。
出かかっていたくしゃみが引いてしまった、むず痒い不快感を噛み締めながら、店内に引き返そうとするアーネスト。
「やや?」
足元に、紙切れが舞っていた。丁寧に折り畳まれていた紙を拾い上げ、一瞥する。
「これは。明後日の昼過ぎ、アコヤ街道にて?」
ダイヤムからほぼ放射線状に伸びている八大街道の一つ。アコヤ街道で、〝ナニ〟かがあると示唆したメモ書きだ。
「まさか?」
古い言い回しだと、風のように消えた不審者にしては、迂闊な落し物だった。
「ムダを覚悟して、ノッてみるか」
自治体や領主の境界線を超越して警察業務を遂行する夜警隊。
全体で十四小隊で構成された大隊扱いの組織である。その中の第八小隊長の脳裏に、ある共同作戦が展開されようとしている。
「先ず第十一小隊。第四小隊にも連絡せねば、な」
アコヤ街道の持ち区の小隊との連携が必要だ。
「では、つかの間の享楽を。楽しむか?」
ちょっとどころか、不満なアーネストだった。
本当に北部州の衣装ではなさそうな薄着の踊り子たちが朗らかに動き回る酒場。さっきまでいたはずの人間が一人、姿を消しているとアーネストが察知するのは僅かばかりの未来の話しだ。
さて──……
最終的に修道女になる女子と、行儀見習いの区別はない。ただ、十八歳になるまでに進路を決めて自発的に卒院するか家族の迎えがなければ、修道女見習いに収まるか、修道院から退去する選択肢しかなくなるだけ。
そんなカノッサ女子勤労修道院には最近場違いな定期便がある。
「司法院からの連絡」
院内生のベルリナー家の令嬢が、相続問題で司法院から各種の書簡や質問状が輸送されている。
彼女の名前はマルグレーテ。
大盗賊ダイやダイの妹のミカには、マーちゃんとかマーサと呼ばれるなかなかナイスバディな十一歳の少女。数年前まで子爵令嬢だった。
でも、マーサは没落以前の時代を懐かしむほど、弱腰でもおしとやかな令嬢でもない。
「で、やるのリーダー?」
最年長で、〝テオ〟と呼ばれていた少女。
『猫の足音団』のリーダである。
名誉回復を名目にした金品の巻き上げで暗躍している少女強奪団の自称なのだ。
「公認ならヤるよ。それよりも、〝猫背〟あンたは反対かい? 宿舎に残っていいぜ」
どうしてだか、マーサが司法院から受け取った書類を集団閲覧している『猫の足音団』たち。
修道院の宿舎仲間でもある。
「仲間はずれしないでよ」
「だってさ」
暗号名〝猫背〟を気遣う〝だんご〟。微ポッチャリな伯爵令嬢だ。
「チャートは実家と商売の関係。それに、チャートと付き合って益々あの年増が」
まるで、不愉快な存在が隣にいるように、ぶすっとした顔になる〝猫背〟。
以前、アーネストに正体を暴露されて大泣きした一人だ。
「ふん。剥奪貴族でも年増女と再婚しても親がいればいいじゃね、甘えるなよ」
リーダーのテオの乱暴な物言いを白ひげの二つ名のマーサがなだめる。
「テオ、ちょっと確認しただけだよ。じゃあ猫背も参加すれば文句ない」
うんとうなずくマーサ。
「戦力的にも秘密を守るためにも、ね。テオ、やろう」
マーサの言葉を受けて、すっと立ち上がるテオ。
「じゃあ、『猫の足音団』の結束は不滅だよ。この前は不覚をとったけど、あんな惨めな真似は二度とない」
拳を握るテオ。
「負けない」
続いて拳を握るマーサ。
「「『猫の足音団』に祝福を」」
拳骨を重ね合う『猫の足音団』たち。
一見すると、静かな森に多数の男女がそれぞれ列をつくって対面している構造なんだけど。
「って話が違くね」
鼻高の暗号名の団員が微妙に後退する。
目標は数台の荷車、荷馬車と輸送護送のメンバー。
「これくらい想定内さ」
両手を腰に添えるマーサ。暗号名は白ひげだ。
彼女のポーズの目的は将来有望な身体の美曲線の披露が目的ではない。得意の武器、二条鞭をいつでも抜き放てる構えなのだ。
「おい、そこの汚い男たち」
一歩前進しただけで揺れるマーサの若い身体。でも、汚いと挑発された男たちには言葉もマーサのピチピチの身体も感情を波立たせられていない。
男たちは、『猫の足音団』の登場を完全にスルーしている。
「ここは私の土地だ。許可なく入り込んで何してるんだ!」
一人、面倒くさそうにマーサを見て答える男。
「空き地で小休憩だけどね」
明らかにマーサたちを見下した反応だ。不意打ち、先制のハンディなどくれてやるくらいの余裕なんだ。
「へぇ。剣の柄にいつでも手が届く姿勢でご休憩かよ」
前かがみなマーサ。健全でフツーの男なら希望に胸、いやマーサの胸が膨らんでいる。
「お前らみたいなのが湧き出るからな」
ちっ余裕がありすぎる。
「汚い男が汚い荷物をやり取りするのは領主への侮辱だ」
マーサは、これだけ戦闘力のある集団と衝突したのは初めてだ。だから、つい強く踏み込みながら言葉を荒げていた。
「ほぉ」
男たちが半身の構えで応対している。
「テオ、白ひげ。なんか違くね?」
「まさか、私たちの始末が目的じゃ?」
一瞬でも湧き上がると恐怖は伝染する。だから、なんだ。テオはできるだけいつも通りの口調で話す。テオのいつも通りが、攻撃的な物言いなのは、どうよって思うけどね。
「打ち合わせ通りさ。ビクついてんなよ」
既に抜き放っている曲刃を腰に隠しているテオ。
二条鞭スタンバイ・オッケーな白ひげ。二人の落ち着きが、また団員の興奮を治めている。
「ここはバルナ王陛下の管理下だったはずだが、自称領主様の気位に免じて退散しよう。これでいいかな?」
男たちの中で、年齢も立場も上位だと伺える男が口元を緩ませる。この男だけ武装していなし、上等な衣服だから、運搬の責任者的な立場なんだろう。
「中身を見せな。領主の命令だよ」
「おや、これはとんだ勝気な領主様だ。ここはお互いの為に黙って」
むかっとする。全身で「金持ち喧嘩せず」を体現した上目目線だ。
「名誉回復決闘だ。フェーデを申し込む」
ババンッと力強く男たちを指差すマーサ。
マーサの言葉を待たないで、『猫の足音団』も荷車を取り囲む男たちも戦闘体制に突入している。
「いいか、よく聞け。俺たちはな、王室御用達のチャート商会の輸送班。この物品は王室に関係している」
武人──マントで隠しているけど胸甲鎧を仕込んでいる剣士が猛々しくアピールをする。もちろん、これは把握済みだ。
「へぇ。御用達ならなんでも許されると勘違いしてるね。八街道ならともかく、私有地で御用達は通用しないよ」
テオが朗々とセリフを決めている様子を、白ひげの暗号名で活動しているマーサは内心焦れて拝聴していた。
それ私のセリフだと抗議したい気持ちを抑える。仕方ない、テオが『猫の足音団』の首領なんだから。
「おやおや、そこまで承知ならば怪我で済まないかも知れないぞ」
忠告する男の脇を多数の武人たちがすり抜ける。マントで隠しているが胸甲を装着しているだろう。
「決闘なら上等。刻んでやるよ」
「自分から墓穴を掘るか」
この一団。
「テオ、白ひげ。こいつら戦い慣れてる」
「〝猫背〟わかりきってたことだよ」
ある意味励まし、ある意味開き直りつつあるテオ。
「みんな、自分の武器を離すんじゃないよ」
にたり。
荷馬車の男たちが脂ぎった顔をほころばせる。
「じゃあそろそろ覚悟はいいか、小娘たち」
「えっ?」
今回、『猫の足音団』は全員覆面をしていた。そりゃマーサみたいなボディラインと言葉使い、想像は付いたとしても、女の子だと即断したのは、ナゼ?
相手の戦力把握を兼ねて、目標あるいは餌食を凝視する『猫の足音団』たち。
ふと、発見をする。
「あ、テオ。奥に居るの見覚えなくね?」
「今頃気づいたのかよ? この前、ガキんちょに邪魔された標的だった男たちだよ」
つまり、マーサたちは連続して同じ荷馬車、同じ雇い主を襲撃することになっていたのだ。
「イヤだな。あの中尉の言葉が当たっちゃってさ」
『猫の足音団』は、夜警隊小隊長のアーネストに、
フェーデを続行するならば〝次は命のやり取り〟だと警告されていた。
「でもさ」
「面白くね?」