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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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第二の幕はおりる

「退け、クソガキ」


 乱暴な馬車から逃れるため尻餅をついた。避け切ったと油断したら、ヘンのものが飛んできた。

 水飛沫ならよかった。

 でも、馬車の車輪から馬糞が飛んだ。


「酷いなぁ。他人迷惑な馬車だな」


「おい小僧、お前轢かれなかっただけマシだと思え。あれは、チャート商会役員の馬車だぞ」


 転んだダイに、ただ言葉が投げつけられる。誰も駆け寄ったりしてくれないのが寂しいし、正直世知辛いとダイは思った。


「チャート? 王都でも指折りの豪商ですよね」


「そうだよ。あそこは商品の鮮度を自慢しているから、どいつも馬車は乱暴なんだ。気ぃつけろ。貧乏そうなガキの死体の始末なんて御免だからな」


「死体?」


 まだ痛む尻をさすりながら、ダイはつぶやく。


「もしかして、次のお勤め、決まりかな?」




 やがて──。


 ベルリナー家の領地相続訴訟は、もちろんすぐに開始とはならなかったけど、夜警隊は訴訟そのものの存在を知らない面子ばかりだ。


 でも、夜警隊にフェーデ名目で金品や物資を強奪された訴えがが激減していた不思議な事実があった。



「そして、ダイも来なくなった。か」


 グアンテレーテ・アーネストは書類を点検しながら、時折署名をする。


「お寂しいですか、隊長」


 当番兵のノートンが、書類を束ねながら挑発。からかった。



「貴殿は知らぬであろうが、週に一回はどちらかの家で鉢合わせしている。寂しくなどないよ」


 夜警隊の勤務の関係で、必ずしも日中に帰宅していないアーネストだから、ダイたちとすれ違う可能性もあるのだ。だから、毎日はダイと接触していないのだ。


「またなにか飽きたら、戻るやも知れず」


「隊長。その飽き、なんですが」


 二人きりの執務室で、こっそりとアーネストに耳打ちするノートン。


「絵札の禁令も解除になりましたし、その若い隊員もダイや彼の妹さんの手前、少々格好つけていましたけど」


 目を細め、ノートンの意を汲み取るアーネスト。


「酒場。酒だけではないようだな。良い店であるか?」


「そこはキニスが体験済みのようです」


「ほう」


「なんでも、美貌の女が大勢の酒場で、『民族舞踊酒場』とか。ピチピチした娘の舞踊ですが」


 民族舞踊にかこつけたサービスを期待させるノートンの嗤いが浮かぶ。


「うむ、許可する。明日非番の有志を募れ。件の店、余も同行しよう」




 王都ダイヤムでは、酒の席も風俗も多種多様。

 各店舗は、趣向を凝らして集客を狙っている。


 なるほど。

 美貌の踊り子が民族衣装で舞踊っている。美顔だけじゃなくて、プロポーションも素晴らしい武器になる女性ばかりだ。


「すっげーー。北部州の踊り、すげーーー」

 隊員たちのテンションは昇りっぱなしだ。


「お客様」


 こんな場合、どうして店員はチョビ髭なんだろう。


「踊り子の修練のために、奨学金を頂けますと、彼女たちは身軽に動きます。つまりぃ」


「皆まで言わなくて宜しい」

 酒と美女の踊りだけでも満足なアーネストは、店員を追い払いたかったのだけど。


「おい、これ奨学金だ!」


 もう奨学金の名を借りたチップを支払っている隊員もいる。


「俺も、俺も支払う!」


 夜警隊は設立してまだ日が浅いので隊員の平均年齢が低い。

 だから、アーネストは時々若い隊員たちを酒場や軽目の風俗店に引率している。


 これは親睦を図る目的もあるし、夜の街に潜入して捜査を潤滑に運ばせる布石でもある。


 でも、結局は妻帯者で、カーちゃんことカトリーヌにベタ惚れしていてもアーネストが化粧水の香りが好きなことが理由なんだろう。


 支払われた何枚かの奨学金の成果として、踊り子たちは帽子や手袋、そしてベストを脱いだ。

 下着のような衣装越しのお見事な起伏が、酒場の客たちを過激に楽しませる。


 だがしかし、店側もこれで商売を終了する訳が無い。


「皆様、踊り子の汗に一杯のお茶をお恵みくださると幸いですが」


「それみたことか」


 アーネストは苦笑いするけど汗で薄着が透けている美女踊り子を目の前にした隊員たちは、まんまと店側の策略にノッている。


「お茶なんてケチ言うな。果汁の飲み物を彼女らに。程々に酒を注いでな」


「……なんだ、あいつら」


 夜警隊と離れた塊があった。服装から、軍人系ではなさそうだ。


「ほぅほぅ。あちらは、当店の御常連のチャート商会のご一同です」


「ごちそうさまーー」


 商会のスタッフから頂戴した果汁飲料で喉を潤す踊り子たちだった。もちろん、果汁飲料をご馳走したお客たちの間に座るサービスも怠りない。


「なら、酒だ。俺たちは酒をご馳走するぞ。いいですね、隊長」


「構わぬが」


 下顎に手を添えるアーネスト。


「隊長、あんな御用商人に負けるなんて恥ですぜ」

「久しぶりだ。パァーーーっと行きましょう」


 うなずいたアーネスト。


「どうせならば、酒樽で持って参れ。この店で一番上等な酒を、だ」


「ひええーー太っ腹」


 チョビ髭がワザとらしく感激する。


「おーーい、酒樽をこちらに」



 チャート商会の面々は、そこまで持ち出しの用意がなかったらしい。競るにしても、アーネストは一気に高額なサービスを要求してしまった。これ以上の注文ができないなら、逆に恥さらしだとチャート商会は判断、勝負を降りたのだ。


「こちら、酒樽参りますでーーす」


 店員だけではなく、控えの踊り子たちも酒樽単位の注文を大合唱する。

 中々、このレベルの注文はないらしい。


「やったぜ。チャートってやつら、ご帰還のようだぜーー」


「夜警隊ばんざーーーい」


「いや、待て」


 アーネストだけは眉を折り曲げた。


「素敵な殿方、お隣の席で喉を潤して良いかしら?」


 不思議と身体を曲げる踊り子は、退席するアーネストと入れ違いになった。チャート商会の背中を追いかけているアーネストだったのだけど。


「どうぞ、隣に」


 アーネストの起立は便所だろう程度に捉えている隊員たち。


「座りマース」

「やったぜーー」

「ひゅっーーー」



 でも夜警隊の得意とハイテンションは、それほど持続しなかった。アーネストは、結構クールダウンしてたけどね。


「じゃあ小僧ボーイさーん。そろそろお酒運んでーー」


「はーーい」


 がらがらがら。


「「「……え?」」」


 もうおわかりだろう。

 やっぱりだろう。


 酒樽を手押し車で運んできた少年の正体が誰であるかを。




「……」

「……」


 さっきまで自分たちが舞台に上がりそうなほど高かったお客さんのテンションは消え果てていた。


 お客のテンションを煽ってチップをもらう踊り子たちは、まるで野菜畑で踊っている気分だっただろう。



「ま、こうして美女の踊りを心静かに観るも、また乙だよな」

「あれ、隊長は?」

「黙ってろよ、ノートン」


 夜警隊員たちは、静かに死んだように酒樽から注がれる美酒を流し込みながら薄着の美女たちの踊りを鑑賞した。





 数日後。


 チャート商会が、無許可商品の販売を摘発された。


 これは夜警隊の慮外の手柄だったけど、取引の打ち合わせを、かなり胡散臭い場所で実施していたことを夜警隊に嗅ぎつけられたミスが逮捕の発端だったそうだ。



 でも、何故か──?


 取引と打ち合わせ場所と潜入捜査をしたはずの隊員名は調書に一切記載がなかった。


 そして、脳筋の権化で夜警隊の業務に週一で担当するパウロ判事が違法販売の証拠提出の事実だけをもって関係者の処罰を執行したことで、事件は一応の決着を見た。



 夜警隊大隊長表彰。


 商業庁部長礼状。


 王都バルナ市長感謝状。



 それなりに功績を遂げたはずなのに、グアンテレーテ・アーネストは塞ぎ込んでいた。




「パーシーちゃん、かわいいねーー」


「いい動きだぞ、パーシー」



「もう……何とでもしてくれ」


「旦那しゃん?」


 こうして、不吉な予想は的中した。揺り籠に遊ぶ我が子を取り囲むカナーノ兄妹の飽きもしないリフレインを拝聴しているアーネストがいた。



「旦那しゃん」


「奥方」


「お手柄だべ、泣いちゃいけん」


「そうですね。でも泣いてはいないですけど」


「泣いちゃいけん」


 長椅子に身体を寄り添わせるアーネストとカトリーヌ。

 幸福とは、意外と苦い対価を払って得るものだと心に刻んだアーちゃん、アーネストだった。


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