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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
33/132

繋がった


「……」


 巨体のパウロ判事は、ペネに姉ちゃんと呼びかけていた。

 でもペネは身長百三十数センチ。 

 十二、三歳の少女の背丈で、マーサが在籍する女子修道院でもほとんどの少女はペネよりも大きい。


 一方、パウロだ。


 推定百九十センチ。いや、もっとか。


「あれで弟さんなの?」


 馬車馬に水桶を差し出しているマーサは、蹄の点検をしているペネに尋ねる。


「弟です」


「私も弟と妹いるけど、〝あれ〟はない」


「でも、私の弟です」


 含み笑いをするペネ。





 目的は、それか。


 パウロに張り付いた隊員はため息を漏らした。


「〝こうむ〟で来たから、食事するのさ」


 荷物を運んだパウロは、真っ直ぐに馬車に戻らなかった。隊員用の食堂に立ち寄る。夜警隊からの依頼で出向しているから、公務中の飲食は夜警隊が支払う規定なのだ。


「お疲れ様です」


「疲れてないけど腹ペコなのさ」


 どかんどかんと踏み鳴らしながら食堂に入るパウロ。


 そして予期せぬ、でも予想通りの再会。



「「あ?」」


 夜警隊員の食堂でお手伝いをしているダイに、巨大な岩石。じゃなくてパウロが出現した。


「ええっと」


「はあはあ。食堂で働くのは素晴らしい作戦なのさ。ここなら余り物をもらえるな?」


 パウロは、ダイが司法院の通気窓から侵入した目的を、食料探しだと勘違いしたままだった。


「そ、そうですね。じゃあおれ、そろそろ馬房の掃除をしますからーー」


 手にしていたお盆を投げ、前掛けを外してダッシュ。


「なして逃げるだ?」


「あ、判事。食事は?」


 ダイを追跡するパウロを追い掛ける隊員。


「持ってきてくれなのだ。〝おめ〟の分も姉ちゃんと嬢ちゃんの分も一緒さ」


 パウロは食い意地だけは消滅しない、ブレない男だった。




 給水に蹄のチェック終了。御者台に並んだペネとマーサ。


「あのさ。裁判官さん」


「ペネ判事と呼んで頂けると幸いです」


 予想外? に長引いているパウロの雑用を御者台に並んで待ちながら、マーサとペネのおしゃべりが始まっていた。


「私、最近は司法院に訴えた覚えないんだ」


「そうですね。でも、三年前ならば、した。でしょう?」


「だってそれは即日却下……され、た、から」


「一度訴えを却下されても再審議する事例はありますよ。幽霊とかネズミなどの噂は取り敢えず忘れて、貴方はご自分の主張をしましょう」


「でも」


「そうですね」


 サイズ的には立場が逆転していた。十一歳の少女としては大柄なマーサを人妻のミニサイズ判事が慰めている。


「貴方も乱暴な主張以外は忘れていますから、ゆっくり資料や証人を探しましょう」


「でも」


 ペネはさり気なくマーサの非行を指摘した。でも、マーサの耳からは素通りしたらしい。


「裁判費用が、ないから」


 せっかく再審査になってもマーサのテンションが低いのは、それだけが原因だった。

 お金については、どうすることもできないけど、ペネはマーサを元気にさせる呪文を知っていた。


「そうそう。補足しなければならないことがたくさんあります。ベルリナーの皆さんに関係する大事な内容です」


「皆さん? 弟妹や追放された私の父様も?」


「そうです。再審議が正式に始まれば、審議に出廷しなければなりません。ですから、ベルリナー家の王都などの立ち入り禁止は解除になります。これは、審議の結果を問いません」


 立ち入り禁止令解除。それだけでもマーサとその家族は権利を回復した価値がある。


「嘘」


 ぽかんと開放されるマーサの口。


「判事が嘘。偽証したら司法院を首になってしまいます。これは大法官閣下から確認済みです」


「解除。立ち入り禁止を……」


 マーサが打ち震えている中、こっそりと耳打ちするペネ。


「ですから、王都でフェーデはいけませんよ」


 さっき無反応だったから念を押すペネ。


「え?」


 くすくす。笑い顔は本当に赤ちゃんみたいなペネ判事だ。


「もう貴方の名誉は少しですけど回復したのですからね」


「は、はい」


 マーサから真珠のような涙が溢れ、ペネはまだ年若くして苦境に追い込まれた令嬢を慰める。


 そんな。

 そんな感動的場面は、やっぱり長続きしない。


「じゃーーねーー。おれ、急用思い出したんだーー」


「おーい。腹へってねぇけ? 遠慮なしだべ」


 ペネとマーサが乗車する馬車の脇を通過するダイ。まるで猫に襲われているネズミのようなダイを、パウロが追跡する。


「おーーい」


「パウロ、おいじゃないでしょう。あの少年とはどの様な関係ですか?」


 急停止して、ペネに振り向くパウロ。小雨の日、馬車のわだちでも、中々作成できないブレーキ痕が残っていた。


「あ、姉ちゃん。いたのけ?」


 まさか、パウロの記憶力は鳥並なのか?


「いたじゃないでしょう。あの少年は何ですか?」


「ダイ……だ」


「いやいやいや、あれはネズミなのさ、嬢ちゃん」


「だからダイです」


 マーサは修正を求める。でも無問題なパウロ。


「いや、あの子は腹ペコで司法院をあっちこっち動きまわっていた大きなネズミなのさ」


「まさか」


 マーサとペネがハモった。


「司法院の通風窓から出入りするネズミなのさ。いやー、せっかくだから飯おごってやろうとしたのに、おかしな子なのさ」


 夜警隊負担でおごると言うパウロだった。


「つまり、でもまさか」


 顎を支えるように掌で包んだマーサ。


「そう言う事ですか」


 司法院のネズミ。通風窓でリドルの執務室や備品保管庫など縦横無尽に暗躍したダイ。


 不連続でも、マーサとペネにはダイの軌跡と不思議な再審議とが繋がったようだ。



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