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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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マーサと面会者


 バルナ王国王都ダイヤムの郊外。


 某──女子勤労修道院。


 簡略に説明すると、この修道院に放り込まれた女子はお祈りを唱えてお茶会ついでに刺繍でもしていればその内婚約者がお迎えに来るような、いいご身分ではない。


 畑仕事や家畜や年少者の世話、時々外出して奉仕活動や寄付を募ったりする。

 仕事そのものが修練、神様への奉仕であり教育であり、結局自分の食い扶持の確保でもある。



「舎監先生ですね」


 繰り返すけど、女子修道院。

 緊急事態でも、すんなりと男性が通れない厄介な場所だった。


 だ・か・ら・、なんだろう。


「先生の資格はないですけど、舎監です」


 鉄格子を隔てて二名の黒い女子が対面している。

 舎監と呼ばれた女性は、推定三十代前半。細かく観察すれば、頭髪を露にした姿や衣装や装飾品から修道女ではないと判明する。


「司法院からベルリナー・マルグレーテさん、本人に手渡す書類があります。ご本人に、です」


 わざわざ本人と念を押した。


 司法院の使いは、童女ではないか。何歳なのだと怪しんでしまうほど小柄だった。なるほど、使いから距離二十メートルほど離れた場所に馬車が停車している。

 馬車馬の脇には、ウェアベアのような大柄な法服がどうしてか席に着かないで直立。こちらが本当の使いで、女子修道院の規則のために、舎監と対面する童女を引率したのだろう。


 そう舎監は判断した。


 当たり前だけど、舎監は名乗らない黒い巨体がパウロ判事であるとは知らない。


「承知しました」


 そう言えば。


 マーサは今ならば畑で汗を流しているだろう。

 呼び出すために数歩進んでから、ふと振り返った舎監は失念していた事実を発見した。


 司法院は判事職とそれ以外の職種では著しい隔たりがある。

 特に、判事を連想させる全身の黒ずくめは、司法院所属の使用人やメイド、法定刑吏、清掃員などには許可されていない。


(あの小さなお嬢さん、最低でも見習い判事なのね)


 見た目で人は判断してはいけないと教えている自分が自分の枠にハマっていたとは。

 舎監は迂闊な自分を恥じて、そして責めた。




 やがて、手にロングレンジの鍬。野良着と呼ぶに相応しい泥だらけのマーサが舎監と一緒にやって来た。


「ベルリナー・マルグレーテさんですね。司法院所属のペネ判事です」


 バルナ国内唯一の司法院研修所は、身分社会のこの時代には数少ない出世の糸口だから、相当の難関。

 村で一番の秀才が何人も夢やぶれている。それなのに、この童女のようなペネは既に卒業しているなんて。内心驚嘆している舎監。


「は、ぃ」

「ベルリナーさん、お返事はもっとハキハキと丁寧に」


 舎監のダメ出し。

 修道院は教育と躾の場でもあるのだ。来客への言葉。まして司法院からの使いに対しての応対としては失格である。


「はい! 私が! ベルリナーの娘です!」


 まるで軍隊の新兵教練時の点呼だ。


「今度は怒鳴りすぎです。控えなさい」


 ちょっと。ちょっとだけくすりと笑ったお使いのペネ判事。


「今回、貴方から提出された案件について、司法院は受理する予定です。再審査です」


 小脇に挟んでいた革製のファイルを提示する。


(あ。指輪)


 舎監は、野良着のマーサにペネが書類を提示した途端自分の過ちを悟った。彼女の左薬指には結婚指輪が光っていたし、その手。童女のような見た目よりも年上だと判明したのだ。


(お嬢さんじゃない、奥様なのね。このペネさんって女性)


「受理?」


 一度は受け取ったファイルを開こうとして、でも閉じるマーサ。


「確認しなさい。貴方の財産と将来ですよ」


 舎監は即決でマーサの迷いを払う。


「あ、あの?」


 ファイルの隅から隅まで凝視するマーサが、震えている。


「細かい内容はさておいても、その訴状は確認しなければならない点が多数にはあります。できれば、ベルリナーさん。貴方の直筆で修正をして欲しいのです。修正後は、司法院判事の捺印など手続きがたくさんありまして、結論としましては来院して頂く必要があります」


 舎監と目を合わせる。


「後日でも構わないのですが、可能ならば急ぎたいのですけど」


「着替えの時間は頂けますか?」


 元でもマーサは子爵令嬢だ。泥だらけで司法院に赴かせるのは恥ずかしいし、失礼に当たる。


「もちろん」



 童女だと思っていたペネ判事。

 普段は生意気で鼻っ柱が強いマーサをガクブルさせたファイル。


 追加で舎監は、意表を突かれた光景を目撃した。


 着替えたマーサをペネ判事が馬車に案内するのは当然だった。


 でも。



 司法院判事でも未婚の乙女が男子と馬車で同席──!


「お待ち下さい。ペネ判事卿」


 舎監は、使いのペネ判事に注文をつけようとした。でも、終始舎監とペネ、マーサとの会話を傍聴するだけだった巨体の黒ずくめ。パウロは、客室に乗り込む気配すらなく、ズンズンと歩き始めた。



「あの?」


 馬車の客室には、マーサだけが着席。ペネは判事の身分なのに御者も勤める。


 巨体のパウロは幅広の歩幅で動く。馬車馬と並んで歩く。やがて加速して走り出した。


「世の中ってヘン人ばかりね」


 それが舎監の結論だった。


「でも、ベルリナーさんが普段主張が認められたら。いいえ、認められますように」


 とも添える。



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