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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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夜警隊、官舎で

もしも、前置きなくこの風景を眺めたら、それは学園などの体育教練だと間違えそうだ。


 いつもなら軍馬を走らせる馬場に、大勢の夜警隊員が駆け足をしている。



「エキドナ、足が乱れておるぞ。無法者の刃や呪術は未熟者でも容赦致さぬぞ」


「たいちょーー、なんで俺だけ鉄板胸に巻いているんですかーー」


 小隊長を勤めるグアンテレーテ・アーネストが、ダイに説明した通り、夜警隊はバルナ全土で十四小隊。その内、十一小隊が王都とその近辺に配備されている。


 つまりこの馬場は、夜警隊十一ヶ小隊と四ヶ中隊の本部、さらに総本部を兼ねた官舎と詰所に隣接した馬場であり教練所なのだ。


「ほほう」


 一団の最後尾。一人だけ胸甲鎧のアーネストが鞭を片手に隊員たちをシゴいている最中だ。


「胸にイチモツ秘するは汝の得意であろ? 絵札とか」


 ダイに密告された絵札勝負の不正を糾弾された隊員は、急加速で鬼上官から逃走を計る。逃げてどうなるのもでもないのだけどね。


「なんでバレたんだーー」

「見張っていたんだろーー」


 ぉゃぉゃ。絵札の不正は、エキドナ隊員の単独犯ではない模様。


「真実の眼は、死角無しと覚えよ」

「うわー、なんでーー」


 簡易鎧着用でシャツと股引きの隊員を追い抜きざま鞭を与えるアーネスト。


「見張ってたのにーー」



 これは、隊員たちのとんでもない油断だ。


 彼らは、ダイが大盗賊と自称しているのを内心嘲笑していた。だから、絵札会場に変身した馬小屋の入口や小窓だけ用心して、屋根の風通しの穴から侵入したダイが梁を渡って勝負を真上から覗いていたと認識していなかったのだ。まさか小さな子供がわざわざ自分の家の馬小屋の風通し穴から侵入するわけがない、と警戒を怠っていた。


 時々祖父ちゃんが参加する絵札。でも、八歳のダイは、絵札勝負の会場から追い出された。自分を追い出す絵札に興味をもったダイが選択した大胆な行動。


 さすがに八歳としては賢いダイでも、同じ程度の目線では隠した絵札を見破れなかったはずなのだから、締め出しは逆効果だったのだな。



「よいか、カナーノ家の御好意を裏切る行為、許されぬ所業と心刻め」

「刻んでマース」

 隊員たちの粗い息と、鎧から発する金属音が響く馬場。


「今回、大隊長閣下からの特別な計らいで、本日より十日間絵札禁止に留める。この命令は夜警隊総員に有効である」

 さすがに鎧装着だと拝礼の姿勢はちょっと無理。胸に手を当てただけのアーネスト。


「はーーい」


「但し、貴殿らは非番時にカナーノ家の作業を積極的に従事すること」

 エキドナ隊員以下、十人弱が教練場で汗だくになっている。その全員が絵札のご褒美なしの奉仕を命じられた結果になる。


「うへーー」


「うへーに非ず。返事は如何に?」

 渾身の一撃。だから、鞭で地面を叩くアーネスト。


「よ、よろこんでーー」

「後、残り十周せよ」

「はいーー」

「では、余は整理する書類があるので離脱する。各員、奮闘せよ」

「ひでーー」


 なるほど、アーネストは途中離脱するから、鎧姿でも隊員たちを追い抜けるのだな。ってどんだけ凄いんだ、アーちゃん。




「度し難し」


 馬場であり教練場でもある広場から離脱。色んな汗を流す隊員たちから数メートルの距離にある夜警隊官舎に戻るアーネスト。


「む」


 アーネストが官舎に戻った瞬間、水が並々と満たされている椀が差し出される。


「この水は清水であるか、これは美味」


 まだ水道が整備されていないから、美味しい水は貴重なんだ。


 喉が潤うのと同時に、汗が全身から吹き出す。


「やや」


 美味な冷水に続いてアーネストに乾いたタオルが目の前に。


「絶妙な振る舞いであ、あ!」


 汗を拭き取ったタオルから覗いた見知った顔。


「お疲れ、アーちゃん」


 はい、ネタバレです。アーネストに水やタオルを差し入れしたのはダイでした。


「だ、ダイ如何したのだ。門番!」


 アーネストは、どうやってダイが夜警隊の官舎に侵入したのか把握できなかった。


「あれ、グアンテレーテ隊長が許可した下働きの子供じゃないんですか?」



 領主などの境界線を超越して罪人を逮捕する目的で設立された夜警隊の庁舎としては、ガードが甘すぎるのかも知れない。


 でもそれは、夜警隊ならではの穴、理由があったのだ。


 アーネストは不意をつかれたから思考が乱れただけで、それほど難しい話ではない。



 まず──。


 夜警隊員たちはダイがアーネストの愛妻のカトリーヌと第一子パーシバルの誕生に関わった恩人だと知れ渡っていた。

 さらに絵札絡みでグアンテレーテ小隊以外の面子にもダイは顔見知りだったこと。顔パスだったのだ。


「でも、なかなか気が回るし、働き者な子供ですね隊長」


 これでダイが我が儘や過剰な接待を要求していれば問題だった。


 でも、顔パスで入場するや、勝手知った職場のようにダイはマメに働いた。


 その夜警隊の官舎内部の事前情報だけど、カーちゃんことカトリーヌから教わっていた。カーちゃんは、夜警隊員の胃袋を支えた、官舎内の食堂の看板娘だったそうだ。


 職場結婚だったんだな、アーちゃんとカーちゃんは。



「ダイ。狙いはなんであるか?」


 少しプルプルしているアーネスト。


「いや、ちょっと馬とか、おもいっきり働きたかっただけだよ。家じゃ、夜警隊の皆が手伝ってくれるから仕事減っちゃってさ」


「え、隊長の了解済みじゃなかったんですか?」


 ダイの侵入をスルーしてしまった門番もシフトで担当している夜警隊員。彼もダイを見知っていたのだ。


「知らぬ。ほうておけ」


 それでも、ちゃんと口をつけた椀はダイが持っているプレートに添える育ちの良いアーネストは、背中越しでも蒸せそうな怒りの熱波を放出させながら執務室に篭ってしまった。



「えっと」


 さっきまで手足のようにダイに仕事を託していた夜警隊員と目が合う。


「じゃあ、厩舎の掃き掃除するね」


 夜警隊員の戸惑いを無視して朗らかに仕事に勤しむダイだった。




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