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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
23/132

ベルリナー家の事情

 夜空。


 お星様が瞬いて、虫の音が聞こえている。


 ダイの家にも負けない広い敷地に屋敷と呼ぶに躊躇いが発生する隙がない母屋。


 母屋から五メートルほど、いずれパーシバルの遊び場として活用するための人形の家の戸口に、口を塞がれたダイを羽交い締めにしているアーネスト。


 これって誘拐犯の行動と大差がないぞ。



「ダイ、ダイ」


「なに、アーちゃん。〝おっぱい酒場〟って」

「静かに! 唇を閉じよ! 要沈黙! 供述中止!」


 我が身の破滅を忌避するために全力で幼い唇を塞ごうとするアーネスト。


「ふぅん。何種類も言い回しってあるんだね」


 冷めているダイ。


「で、どこでそのような不埒な文言を学びましたかな。事と次第によってが、本官が厳しく躾致しますぞ」


 精一杯威厳と威圧でおしゃべりの封鎖を試みる。


「あのさ、家で絵札で遊んでた。ええっと、バドンか、それともルシアスだったかな」


 アーネストは血液が半分流出した気分だった。

 間違いなくダイは、知っている。


 既婚者のアーネストが若い夜警隊員を引率して、風俗店に通っている事情を。


「ダイ」


「なぁに、アーちゃん」


 気のせいだろうか、ダイがにんまりと笑った気がする。


「ベルリナーの事件を説明したら、その」


「うん、もちろんさ。でもそれだけじゃアーちゃんが大損だからさ」


「破産ではなくて身の破滅寸前であります」


 すっかりトホホなアーちゃん。


「エキドナって隊員さんは、何枚か胸に絵札隠してるよ。あれ、ズルだよな」


「なんと」



 絵札。

 要は絵札の賭博の会場にダイの馬小屋は早変わりしていたのだ。


 これには夜警隊ならではの事情がある。



 カトリとパーシバルがダイの家。カナーノ家に宿泊していた時期、何人かの隊員が随行した。


 それは──。


 護衛が必要なくらい夜警隊の小隊長が危険な立場にある証明であり、また若い隊員には息抜きの外出でもあった。一度くらいは隊長の子供を拝むのも面白そうだった背景もあったようだ。


 そう、一度ぱっと見すれば飽きてしまう。子持ちの隊員には、もう赤ちゃんはウンザリだし、独身組は授乳など意外と接触する機会が少ないので飽きが早かった。


 アーネストが愛妻や目に入れても痛くない我が子と対面、あるいは家事手伝いをしている最中、暇を持て余した隊員は、余剰空間ばかりの馬小屋で絵札遊びに興じていた。

 当たり前だけど、アーネスト以下夜警隊は皆、馬に乗ってカナーノ家を訪れていた。だから余剰空間は瞬く間に活用されたのだ。


 何日目かに、家の主人であるシンプソンも絵札に加わっていたことが、馬小屋を絵札会場へと変換の仕切りを下げてしまった要因だった。



 でも、どうしてこんな面倒な遠征をしてまで絵札を──?



 バルナ王国では賭博は厳しく規制されている背景があるのだ。


 特に一回の勝負はあっという間。しかも元手要らずに近い絵札賭博は、厳しい監視が敷かれていた。

 摘発から免れるための公認を得るには、一回の絵札勝負毎に申請書類を提出する必要がある。

 開催日時に参加者、移動した金額等々を報告する面倒な手続きを強いられている。


 要は事実上の賭博禁止令と言えるだろう。



 もちろん、ほとんどは申請などお構いなしに遊戯に興じている。現実にバルナ王都のダイヤムには絵札酒場の看板が何百と軒を連ねているのが現実だ。でもそれは、あくまでも絵札酒場であり、賭博は店側は関与していないのが建前だけど。


 こんな問題があるから設立して日数がない、有力貴族から敵視されている夜警隊が違法遊戯を摘発されるのは不味い。


 でも、絵札は大流行。貴賤を問わず愛好者は多数で、夜警隊も例外ではない。

 だから金銭を賭けていないと主張しても、身内だけの主張では通用しない。


 境界線を越えた不法を質すために設立された夜警隊は、自然とジレンマに陥っていたのだ。


 こうして第三者が立ち入らない、しかも夜警隊の官舎宿舎ではない絵札会場が求められていた。



 距離も王都から馬で小一時間。


 騎馬で移動して治安を監督する行動が日常な夜警隊には苦にならない距離でも、夜警隊を毛嫌いする揚げ足取りには存外距離があった。


 大動脈のエスカラ街道からも離れているから、たまたま絵札に興じている現場を覗かれる可能性はない等、理想的な絵札会場だった。



 やがて。


 ・家屋の破壊や女性同伴禁止。


 ・使用火気は最低限に抑える。火災予防のため、最低でも一名寝ずの番をすること。


 ・訪問者は絵札の参加の有無長短を問わず、カナーノ家の畑や家事を手伝うこと。

 (買い物の代行やシンプソンの介護、ダイやミカに剣術乗馬指導や文字を教えても可)


 ・自分の飲食自前。


 ・夜警隊の業務として、近隣も入念な見回りを実施すること。


 ・現金を賭けた絵札勝負の禁止。


 ・事前事後、何れでもカナーノ家を訪問した場合は素早く上司に報告。



 などの規則がアーネストから提案され、ダイの家は三日に一度くらいは夜警隊の蹄が轟くようになっていた。


 幸か不幸か隊員たちは真面目に規則を守ったので、ダイはほとんどの家事手伝いを結果奪われるという皮肉な事態に追い込まれた。とうちゃん以下三頭の馬の蹄鉄も、隊員が交換してくれているし、ダイが八歳の割に刃研ぎが上手なのも夜警隊員が教えたからだ。


 でも結局は力強い男手に弾かれたダイは暇を持て余し、訪問者がオジさんばかりなミカもタイクツになった。


 これまで祖父母と孫、時々お手伝いで完結していた小さな社会は、不意の訪問者たちによって近しい年頃の遊び相手の不在を兄妹に痛感させてしまっていた。



 ミカが足繁くグアンテレーテ家を訪問してパーシーと遊びたがったり、『大盗賊ダイ』のお勤めが活性化した一面に、こうした前置きがあったのだ。





「でさ、マーちゃんだけど」


 正確にはベルリナー・マルグレーテ。父親は、元子爵様で商務副長官だった。


「ああ。没落した事情を」


 アーちゃんは、お坊ちゃん育ちだから、虫とか好きじゃないみたいだ。

 ダイを母屋から離れた人形の家に導いている。


「三年前、王国の主席長官だったタニー公爵が失脚した」


 人形の家の扉を開けて室内に入りながら説明をする。


 失脚の意味がダイに理解可能だっただろうかとアーネストはダイと視線を合わせる。続けてとダイは目で語っていると解釈する。


「なにしろ、王国の運営を任されていた主席長官だ。失脚の影響は計り知れない」


「知ってるよーー〝さいしょう〟とも言うんだよね」


「おや、詳しいな」


 口元が緩むアーネスト。


「だってさ、祖父ちゃんの上司の上役の威張る人で偉い人の管理する人のまとめ役だった人だもん」


 似た文言の連打なのだが、ギリギリ間違っていない。


「マルグレーテ嬢の実父ベルリナー子爵は当時は商業副長官。主席長官失脚の政変劇の巻き添えに失職、財産没収刑などに処せられた。元々商人から立身叙爵した家柄だったから領地がほとんどない。さらに貴族の親類縁者もいないため、社会的にも経済的にも再起は厳しい。これが令嬢が没落した経緯だ」


「じゃあ、〝王都立ち入り禁止〟ってなに?」


 アーネストは躊躇って迷って逡巡してから、ゆっくり語る。


「刑罰の一種類だ。今回はベルリナー元子爵が副長官罷免時に財産没収刑。元子爵とその家族が王都三十キロ以内と州都と指定重要施設十キロ以内の立ち入り禁止が処せられた。それ以外にも処罰はあるが」


「でも、王都州都じゃない田舎に住めばいいんじゃないの?」


「平民と違って副長官まで勤めた貴族にはかなり屈辱な刑罰で、王都立ち入り禁止となると、王都に存在する司法院に訴えて名誉回復も望めず。マルグレーテ嬢はそうした閉塞感からフェーデ等の非行に至ったものと推測する。だからとて犯罪を赦される理由にはならない」


「そっかーー。でも、マーちゃんはいい子だと思うよ」


「そう、願いたいです」


 どこまで理解して納得したのか、ダイはふぅんとつぶやきながら腰から抜いた木の枝を一回振った。

 尚、アーネストはダイが手にしている獲物を『銘刀木の枝』と呼んで重宝していることも知らない。




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