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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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無邪気な追跡者

 それから、アーネストのグアンテレーテ家とダイたちのカナーノ家の家族ぐるみ以上の交際と関係が始まってしまった。



 しまった。そう、アーネストが考えていた以上の関係になってしまったのだ。



 最初に、母子はそのまま産後の肥立ち回復のために、数日カナーノ家に宿泊した。


 私情で任務をサボったりしないアーネストは、でも可能な限りカナーノ家に足を運んだ。

 愛する妻我が子に差し入れや、ダイたちのお土産。そして、カナーノ家の雑務を率先して代行。


 ウォーリスが止めてもアーネストは薪割りの家事や農作業、家屋の修理でも率先して遂行。お礼の金品を拒んだウォーリスやダイたちの真心に報いようと働いた。



「御婦人」


 馬小屋での作業中。もうダイたちからアーちゃんと呼ばれるようになっていたグアンテレ・アーネストーテは気がついた。


「こちらの馬小屋はかなり空いている模様ですが」


 以前は手広く商売をしていた豪農の家を買い取ったと教えられていた。でも、現在繋がれている馬は、とうちゃん以下たった三頭。


 室内遊戯でも何でも御座れな具合に空間が浪費されていた。なにしろアーネストの重低音がよく響くくらい空っぽの馬小屋なんだから。


「本当、ムダですよねぇ。でも年寄りを入れても四人の家族じゃ三頭でも余るくらいで」


 シンプソンの介護でウォーリスは敷地から外出はほとんど控えている。ダイは、子供だから小型馬がメイン。

 そして、カナーノ家には、合計で二十近い馬を飼育できる馬小屋が二棟備わっている。雨の日でも引つなが可能なことだけが利点の空間の無駄使いだ。


「うむ」


 その時は、アーネストはムダだなとつぶやいてまた汗を流し始めた。




「では、ダイ君。ミカ嬢。頃合が良ければ、いつの日か我が家に足を運び給え。歓迎する所存」


 一回くらいは遊びに来て構わないと堅苦しい言い回しだな、これは。


「うん、じゃあパーシー元気でなー。またなーー」


 ダイが声を掛けると、にこりと笑うパーシバル。


「また、あそぼーねーー」


 ミカがぴょんぴょんと跳ねながら、御者台に座るカトリに抱かれたパーシバルと顔を合わせようとする。


「では、また」


 アーネストの思考では、子供は熱し易く冷め易い。

 だから、動く玩具でも温もりのクッションでも、手離れすれば飽きてしまうのだ。


 それがアーネストの結論だった。


 カトリーヌとパーシバルが泊まっていた五日ほど。五歳のミカは、カトリ母子のベットに潜り込んで上機嫌だったと聞かされていた。だからミカが、カトリが家から居なくなってしまうことに大反対する、抵抗するのではと危惧していた。


 それだけに、拍子抜けとやれやれと胸をなで下ろして馬にムチを入れて我が家に帰還した。


 軍馬で疾走するのが常なアーネストには、やや退屈な、でも薄目しか開けない一粒種を驚かさないために慎重に馬車を運ばせている。




「やっと家族だけだ。我が家に戻って呆けることも適う。思えば予定外の産み落としであったが」


 ダイたちの声が聞こえなくなったのを二度三度と確認してから御者台のアーネストはつぶやいた。


 カトリーヌ、カトリは後部座席に。

 グアンテレーテの実家から持ち込んだ馬車は、御者台と座席は分離。御者と御者に命令するべき人種との仕切りが明瞭に施されている。


「されど余には救いの神であったよ、あの兄妹は」


「うん、元気な天使たちだぁ」


 ちょっと触れば即座に反応する赤子が可愛くて愛おしくて堪らないカトリが、小さくうなずく。


「盗賊ごっこに〝うつつ〟を抜かすのが天使であるか?」


 気持ち尖るカトリの唇。


「そのごっこで命拾いだぁ」


「それは、全くその通りであるが」


 妻の不平を受け流しながら、ふとアーネストは指を立てて自分の唇に当てる。


「旦那しゃん?」


 背中越しでも、良人(旦那)が警戒した様子は感じ取ったカトリ。


「まさか」


 新米パパママが振り返ると、そこには追跡者が控えていた。


「さすが、アーちゃん。もうバレちゃった」

「パーシーちゃーーん」


「ダイ」


 掌で目を覆い隠すアーネスト。願いが通じるならば、夢であって欲しかったのだ。


「あらま、ミカちゃん」


 カトリは可愛い追跡者に無邪気に微笑みを贈る。


 余談となるけど、パーシバル生後五十日現在。ダイがとうちゃん以外の馬、おじさんに騎乗していた姿をアーネストがの目撃した唯一の事例であった。



「へへ。やっぱりとうちゃんじゃなきゃ、バレちゃうな」


 意味不明だ。


「足音でわかったんだろ?」


 根本的に間違えている。


 アーネストは、ダイが馬で追い掛ける可能性を考慮しなかったわけではない。だけど、想定よりも遠距離を兄妹が追跡しているのだ。追い返せるならば、中間地点のエスカラ街道以前に説得が必要になる。だから振り返ったのだ。


「祖父ちゃんも祖母ちゃんも、お泊りしていいって」


「あれま、早速?」とカトリ。


 後日アーネストが妻に問い質したところ、旦那しゃんの許可があれば何回でも遊びに来ていいと了解していたのだ。


「であるか?」と呻いたのが誰であるかは個人情報保護ないしょ

 別れ際の社交辞令の代償は果てしなく重くアーネストに跳ね返っていた。



 だかしかし。


 パーシバルを動く玩具、お人形気分のミカと違い、ダイはある意味で愚劣ではなかった。ミカも、少しはお利口さんだったけどね。


 アーネストがダイの家で実施したように、産後で身動きが減速しているカトリの家事を手伝ってお宅訪問の対価とした。


 カトリの希望で気兼ねなく家畜を養え家庭菜園が充実出来る条件の物件は、辺鄙な場所に限定。


 加えてハーピィ襲撃事件の結果で使用人たちが死亡あるいは退職してしまった。

 久しぶりのモンスターの噂を耳にしたご近所とも疎遠な関係になっていたから、ダイの助力とミカの子守は、意外にウエルカムだった。


 アーネストはさて置いてもカトリには。



 こうして、四、五日に一回兄妹はグアンテレーテ家のお手伝いになっていた。

 お返しではないけど、ダイの家。カナーノ家には夜警隊が日参して出入りするに至っていた。


 妻子の救命の恩を感じているアーネストだけでなく、何故夜警隊が王都から小一時間のカナーノ家を訪れるようになったのか、それは夜警隊の事情が背景にあったのだ。


 それは……。




「すくすく育ってなぁ」


 後ろからダイとミカの頭をナデナデするカトリ。


「どちらが」

 アーちゃんのつぶやきは無視された。


「ねぇカーちゃん、いっしょにパーシーちゃんとお歌うたおう」


「はいな」


 ミカのリクエスト。



「じゃあさ、アーちゃん、おれは色々と教えて欲しいんだ」


「何事であるかな」



 ミカを床に降ろしながらアーネストはダイと向き合う。


「〝ぼつらくれいじょう〟ってなに?」


「なんと」


 てっきりアーネストは、フェーデ関係の質問をされると予想していたのでビックリ。

 やはり、まだ子供が理解できない新米パパなアーちゃんなのだ。


「あのマーって娘さ」


「マールグレーテで、ありますが」


「マーちゃんそんな悪い人じゃないと思うんだ」


「フェーデ仕掛け人は、犯罪ですよ」


 ここはキッパリなアーちゃん。


「そっかなぁ。マーちゃんさぁ、仲間の〝だんご〟とかが短剣で農夫さん傷つけようとしたら止めようとしてたんだ」


「それは初耳」


「なんでマーちゃんは、ぼつらくしたの?」


「三年前」


 記憶の抽斗の把手に触れた途端、アーちゃんは顔色を替えた。


「ダイ、子供が必要以上に大人の事情に踏み込むのは禁忌であると覚えよ」


 アーネストは尊大であり続けることが別段好きではない。

 だけど、ダイには世情に踏み込ませたくない踏み込ませてはいけない立場にある。

 それは、ダイの祖父シンプソンから託された緩やかな願いでもあった。


「そっか、おとなのじじょうか。それって〝おっぱいさ〟……」


 激しい足音がカトリの耳に届いた瞬間、堅く閉じていたはずの母屋の玄関が半開きになっギィっと軽い摩擦音を立てていた。


「あれ、旦那しゃん?」


「頭ーー?」


 ダイとアーネストは透明化ステルスの呪文でも掛けられたように部屋から姿が消えてしまっていた。



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