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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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二人……2

 砂埃を撒き散らしながら荷馬車が揺れている。


「この道は相変わらず埃っぽいわね」


 と言いながら防塵用に布切れを首に巻こうともしていない老婆。


 手綱。


 馬と御者を連結させる大事な制御ですら手放してしまいそうなくらい、この老婆には退屈な道中だった。毎日のようにこの道で行き来をしているのだから仕方がないのだけど、慣れすぎた道で居眠りしてしまいそうなくらいだったのだ。


「こんにちはーー」


「おや?」


 荷馬車にぴったりと併走する小さい影。

 

 亜麻色のショートカットのサラサラ髪の女の子が一生懸命荷馬車とくっついて走っている。


 身なりはいわゆる村の子。麻の生成りのシャツに朱色のスカート、木靴革靴ではないけど足を布袋で包んでいるから裸足じゃない。裕福でも貧乏な家の子でもなさそうだ。


「あれあれ見覚えのない子だねぇ。鍛冶屋のマイルズの四番目さんだったか、いやトレーズの下働きのヤンの六番目とはほとんど会ったことなかったから」


 片手がかろうじて手綱に触れている。

 老婆が記憶の糸を辿る時の癖なのか、自分の頬っぺたを撫でながら頭の中の人物名簿をめくってみる。


「わたしミカ。あのね、あのね」


「ミカ、ちゃん? そんな子この村にいたかしらね……」


「うん、私ね、ミカね、とうぞくなの」


 さらりと。


「あらあらぁそうなの。ミカちゃんおいくつなの?」


 こちらもさらり。


「たしか五歳」


 無邪気に広がる盗賊ミカの右手。パッと広がった指五本が五歳の返答を強調している。


「でね、お婆ちゃん、ミカね、これからお婆ちゃんのにばしゃをおそうの」


 移動中の馬車にくっついたままミカは老婆とお話をしている。

 五歳児としてはなかなかの走力だろう。


「あらぁ、そうなの。じゃあ馬の速度上げたほうがいいかしらね、それとも落とす?」


 もちろん本気にしていない老婆。


「うーーとね、頭がね、もう少し先でお婆ちゃんをおそうから、だいじょうぶだよ」


「あらあら」


「ねぇ、お婆ちゃん。後ろばかり見ているとあぶないよ」


 慣れた道。

 でも無造作に転がっている石が馬車には大敵だ。


「あれあれ、どうどう」


 荷馬車の車輪が石を噛んでスタックしてしまった。


「どうどう」


 老婆が久しぶりに使う鞭は、一頭立ての馬に的確に命中しない。


「お婆ちゃん」


「あれあれ」


 馬はフルパワーを発揮して車輪を動かさないで、鞭の痛さに半身を持ち上げて嘶く(いななく)ばかりだ。

 とある異世界では否定的に解釈される鞭使いだけど、実務では適応な技量で振るわないと馬だって不必要な痛みと労力を強いられてしまうのだ。




「ふっ。出番だぜ」


 頭。


 少しだけ荷馬車より高い地点に先回りして荷馬車を待っていた頭、つまりお兄ちゃんはまだ標的のイレギュラー発生を察知できていないのか、襲撃のタイミングをお待ちかねだった。


「まずミカを囮にして相手を油断させる。もしも護衛が隠れていれば、おれの妹ながら、かわいいミカを見つけて姿を現しちゃう。これが〝ようどうさくさん〟さ」


 得意気に顎に手を当てて、自己陶酔中な頭。


「高い場所から頭のおれが名乗りをすれば、あんなちっちゃいお婆さんなら怖くなること間違えなし、一発で降参さ。もしも抵抗するなら、高さの分威力が倍増する。ふっ。なんて完璧な作戦なんだ。さて、と」


 狙う荷馬車は視界に入ってはいる。

 でも、頭が設定した襲撃ポイントまでは、少しだけ距離がある。



「あれあれ」


「お婆ちゃん。石がたくさん輪っかにくっついているよ」




「……なにしてんだ、ミカのやつ……?」




「どうどう」


「お馬さん、がんばって」



「おい」



 両手を腰に当てて、高らかに名乗りを挙げる予定だった頭、お兄ちゃん。

 でも、なかなか肝心の荷馬車が予定地点まで到達しない。



「……ミカ、やるじゃないか。護衛や村人がそばにいたらこの騒ぎで出てくる。そしたら作戦は中止する。ふっ。無闇に突っ込んだりしないのが一流の盗賊なんだ……」



「お婆ちゃん、ミカおしてみるね」


「ありがとうねぇ。ほら、がんばれーー」


 音だけで全然有効打になっていない鞭が連発されるだけ。

 打たれている馬も足踏みを繰り返して、段々と疲労の色を現し始めている。




「石で車輪がスタックしてんじゃないのか?」


 異常事態にやっときずいた頭は、坂道を下る。

 妹のミカが頑張っている荷馬車には数秒で合流する。


「お婆さん、車輪が石を噛んでいるんだよ」

 女の子とよく似た、少し大きい男の子だ。髪の毛も瞳の色も顔つきもよく似ている。


「おや?」


「あ、頭」


「カシラ?」


 荷馬車の後部を五歳児なりに押しているミカ。でも、正直役立っているのかは疑問なんだが。


「ちょっと止めてとめて」


 車輪を覗き込む頭。


「あーあ、ガタンとした時にすぐ後退すれば石噛まなかったのに」


 前後に石を噛んでしまって荷馬車は輪留め。拘束状態になっている。


「頭、どうするの」


「うーーんとな」


 道に落ちていた別の石を拾って車輪のそばに置く。


「この鉄棒を」


 背中から長剣ではなくて荒縄を縛った鉄棒を抜き放つ頭。


「よし、これからが勝負だ」


 石を支点にした梃で車輪を脱出させようとしているわけだな。


「お婆さん、ムチを入れなくていいからゆっくりと馬を動かして」


「ミカちゃん、あの人ミカちゃんのお兄さん?」


 当然の疑問質問だ。

 この質問にミカは無邪気に即答する。


「うん、だけど〝おつとめ〟の時は頭なんだよ。お兄ちゃんじゃないの」


「そう?」


 もし本当の盗人盗賊なら荷物を盗んでいる頃だ。きっと普段と趣向を変えた〝ごっこ〟遊びなんだろうと思っている老婆。


「よし、鉄棒が入った! お婆さん、馬動かして!」


「あらあら、よいしょっと」


「お婆さんムチ、ヘタだなぁ」


 一時的に鉄棒をから離脱して馬の尻をペンペンと叩く。


「よし全力で押すぞー」


 馬が反応したのを確認するとまた鉄棒の先端を掴む。


「よいしょっと。あ! お婆さん、手綱で馬に動くように指示して」


「はいはいはい」


「お馬さんもお婆ちゃんも頭もがんばれー」


 硬質な摩擦音が響く。


「う・ご・け・」


「あれあれ、私の馬も頑張ってね」


「がんばれー」



 ギリギリと歯を食いしばる頭。


「もっと力を……そうだ、ミカ。おんぶだ」


「えーーミカ、頭をおんぶなんてできないよー」


 ぐんぐんと身体を前後する反動でなんとか車輪を石のスタックから開放させようと賢明な頭が叫ぶ。


「違う、俺の背中に、の! れ!」


「おんぶしてくれるの、わーい」


 おんぶと聞いて頭に飛びつくミカ。


 もっとも中腰や屈んだ受け入れの姿勢に比べれば頭は半端な状態だった。跳ねたミカは頭の腰にぶら下がっただけに留まる。これでは背中に載ったり肩車よりは重量的な効果は薄そうなんだけど。


「よし」


 でも頭パワーなのか、反復運動の効果が加算されたか。


「あ、お婆ちゃん、頭動いたよ」


「頑張れー」


「も・う・げ・ん・か・い・だ・あ・」


 間に合った。

 がっしゃんと耳障りな音と僅かな地響きを伴って荷馬車は石の包囲から逃走に成功する。


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