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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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アーちゃんとカーちゃん


 エスカラ街道。


 バルナ王都、ダイヤムから放射線状に伸びる八大街道の一つで王国の経済や軍事などの動脈である。


 ダイの家からエスカラ街道までとうちゃんに揺られて三十分ほど。エスカラ街道を渡ってからグアンテレーテ家も同じくらい。


 つまり、アーちゃんの家はダイたち盗賊団兄妹には、とうちゃんと一緒なら小一時間で遊びに行ける距離の〝お隣さん〟だ。


 当然、この距離は王都ダイヤムでなくても、町レベルならばとてもお隣さんではない。


 でも。


「〝カーちゃん〟」


「あれま、待ってたしーー」



 広くて青々とした野菜畑の海に浮かぶ小高い柵で囲まれた島。それがグアンテレーテ家だ。


 屋敷の敷地には、馬小屋に鳥小屋など充実した施設。そして敷地内を呑気に鳥たちが地面をついばんでいる。


 予備知識がなければここは、とある中農の家だと説明されても誰も疑わないだろう。



 アーネストが、木製の外門の綱を外して我が家に帰還する。


「カーちゃん」


 予定外のイベントがあったけど目的地到着。


 ミカは、とうちゃんから高速で下馬すると、カーちゃんことカトリーヌの胸にジャンプする。


「あれミカちゃん、いらっしゃい。旦那しゃんも」


 特大級の胸にふかふかしているミカの背中を撫でながらもう片手を左右にする女性。カトリーヌが、アーネストを旦那と呼ぶ。


 そう、このカーちゃんはアーネストの奥さんなんだ。


「しゃんに非ず」


 まだ、ダイとアーネストは自分の馬に跨りながらカーちゃんに接近している。


「今日は隊員宿舎で夜番でねえけ?」


 カーちゃん、訛りがすごいんだ。


「我が家から最寄りの辻でフェーデの一味を退治した故。それに、ダイたちが立ち寄る所存成れば、同行もまた善しと」


「そうけ。ミカちゃん、ちょうどついさっき息子パーシバル起きたで」


 アーネストとカトリーヌの第一子がパーシーちゃんことパーシバルだ。

 ミカは、パーシーちゃんが大好きなのだ。


「パーシーちゃんが? わー」


 ぴょんと人妻に飛びついた数秒後には母屋に駆ける。


「子供とは」


 軽く唇を噛んでいるアーネスト。


「ま、アーちゃんもいずれわかるよ。じゃあ馬の汗を流すからさ。降りてよ」

「うむ」


 ダイは両手に手綱をがっしと掴んで井戸まで二頭の馬を牽引する。


「うむ」


 どんな心情なのか自称盗賊団の頭。そんなヤバい身分を夜警隊小隊長の自分に堂々と自白するダイは、その分しっかりした子供だとアーネストも認めている。


「うむ」


 平民の出。でも貴族ではないだけで、結構旧家でお金持ちに属するグアンテレーテ家の子弟だったアーネストは、弟妹の子守りの経験が実は全くない。


 物心ついたら家庭教師の指導で鍛えられて、剣術も乗馬も勉強も土地や財産を守るための必須項目であり、盗賊を含めた全てのごっこ遊びに浮かれた記憶もない。


「奇々怪々也」


 アーネストは母屋に立ち入る。


「旦那しゃん」

「奥方」


 やっとアーネストがほっこりした。

 どんな結果理由でも無人の家に入るのは寂しいものだ。しかし、今アーネストを戸口で微笑む人がいる。まして迎え入れてくれるのが永遠の愛を誓った妻ならば、色々な雑音も気にはならない。



 ならない。



 ならないと思っていた。



 予定外の帰宅でも、お待たせしないで夕餉を支度できる、デキた奥さんがカーちゃん。カトリーヌさんだ。

 アーネストは、母屋中央の大型食卓に腰を据えている。


 我が子が寝かされている揺り籠は、少し離れた場所に安置。牛馬の飼い葉桶に似てなくもない揺り籠には、ミカが貼り付いている。


「パーシーちゃーーん。かわいいねーー」


 小道具が増えた。

 ミカが抱きしめている二体の人形だ。いつ入手したのだろうと不思議に思う。〝また〟子供だけで王都に出かけて、その際買い物でもしたのだろうと、仮説して結論する。


「いっしょに遊ぼうねーー」


 三人分のお願いなのだろうか。

 揺り籠の淵から、合計で三個の頭部が我が子を覗き込んでいる。もちろん、二個は人形の頭。

 アーネストにとって人形とは陶器製の重厚なそれが専らだったのだけど、ミカの人形は布製。なるほど、これならば外出で携帯しても壊れ難いしお手軽だ。


「では、ないな」


 液体の流出はないけど何故か目頭を押さえているアーネスト。

 母屋の外からは、ダイが薪割りをしている音が聞こえている。手馴れたものだ。


「では、ないな」


 長テーブルに陣取っているアーネストは目頭を押さえながら、今度はため息を漏らす。


「パーシーちゃーーん。かわいいねーー。もうすぐいっしょ遊ぼうねーー」


 何万回は大袈裟だ。

 でも、聞き飽きていた。


「ミカ、パーシーまだ動けないぞ」


 割った薪を肩に担いだダイが母屋に入ってくる。こうなると、完璧なルーチンとなってしまう。


「動いてるよ頭。ほら」


 あやしてくれるミカやダイに笑顔を振りまきながら手足をバタバタさせるパーシバル。


「本当だーー。動いてるーー」


「かわいいねーー。もうすぐいっしょに遊べるよーー」


「それまだじゃないか?」


「ああ」


 とうとう、アーネストの目頭は潤んでしまっていた。このルーチンをどれだけ、そしてこれから耐えなければならないのだ。


「旦那しゃん、ご飯だし」


 連射弩の的のようにアーネストの目前に夕食が並べられる。


「うむ。だが、奥方やダイたちは」


「おれたち、仕事あるしパーシー見守ってるから平気だよ」


「さ、旦那しゃん」


 カトリーヌはポットから勢いよくお茶を流す。さらさらとか、ちょろなんて形容じゃ収まらない水流だ。


「うむ」


 グアンテレーテ家は名門旧家だった。だからアーネストは給仕がいて当然の生活をしていた。


「奥方も共に夕餉を」


「いいんだよ、さ、お食べな」


 カーちゃんは、大好きなアーちゃんがお坊ちゃんだったと知っているから、全食給仕をしてもいい、むしろしてあげたいとダイに吐露したことがある。


 だからなんだ。


「お。いい手足の動きだぞ、パーシー」


「かわいいねーー」


 カーちゃんもアーちゃんも、意外とダイの気遣いを有り難く受け入れている。

 時折目頭が熱くなるのを我慢すれば、いい子守りさんなのだな、ミカたちは。




 カトリーヌがパーシバルに授乳しながら、片膝に載せたミカの髪を梳いている。器用なもんだよな。



「ねぇ、アーちゃん」


 木製品同士のぶつかる音がする。

 ダイが、木匙でスープを飲んでいる音だよ、これは。


「うむ」


 アーちゃんであり、アーネストでもあり、小隊長も勤めるから大変な旦那さんにダイの質問タイムが始まった。


「アーちゃんは、どうして夜警隊に入ったの?」


「それは上官の命令だからだ。さ、しゃべりながらは無作法。スープを片付けなさい」


「うん。でもさ」


 聞いちゃいない。


「ねーー。やけいたいってなーーに?」


「そこかから」


 妻の膝に乗ったミカに笑いを溢すアーネスト。


「ダイたちは、大盗賊だったな。良い機会だから教えよう。もしも、盗賊が盗みを働いたら、盗まれた側はどうする?」


「追いかけるかな? でも、おれは捕まらないよ」


「それでは老人や、どうしてもその場を離れられない人物は取り返せない。それに、相手が武装していたら、不用意に追走は愚策」


「じゃあおれたち大盗賊の敵、自警団に報告かな。アーちゃん、おれは弱い爺ちゃんや子供からはお勤めしないよ」


 ……。


 ま、ナンシーからはギリギリお勤めしなかったダイ。ミカのお宝のお人形はプレゼントだ。


「成程。でも、自警団だけでは不充分なのだ」


「どうして?」

 盗賊団兄妹がハモる。


「自警団は、早い話雇われ者だ。貴族だったり商家や都市からお金と権限をもらっている。王国軍の兵士士官とはそこが根本的に違う」


「それで?」


「つまり、自警団は雇い主の領域しか働けない。領地や市町村などの囲いの中だけだ。そうすると、盗賊はとある領主の土地から一歩でも脱出してしまえば、自警団の追跡から易々とすり抜けてしまう」


「じゃあ夜警隊はどこでも盗賊団を捕まえられるの?」


「そう容易く世の中の仕組みは変わらない。自分の領地や土地に国王陛下の……」


 グアンテレーテ夫婦が拝礼をする。カーちゃんはアーちゃんのポリシーを理解しているから黙って右に習えしているそうだ。


「陛下の軍隊を入れたくない領主貴族は数多い」


「歓迎されないんだね、ご苦労様」


 わかっているのかいないのか。盗賊団頭に慰められるアーネスト。


「夜警隊は十四個小隊。総数も連隊には及ばない大隊扱いで、到底バルナ全国土を護衛するには人手不足。それに、夜警の名称だ」


「ああ、そうそう。でもアーちゃん、ちゃんと昼間も仕事してるよな」


 言いながら匙をくるくる回すダイ。


「先ほど陛下の軍隊を招きたくない領主貴族がいると申したな」


 ダイの手からそっと匙を取り上げてマナー通りスープ皿に添えるアーネスト。


「うん」


 いままで通り、気にしちゃいないダイ。


「設立そのものも反対意見が続発で難航したのだ。それで、盗賊が活動する事例が多い夜間を補填カバーする名目で夜警隊は誕生したのだ。産み落とせば、昼間の活動も可能になる、否、強行した」


「そっか。〝大人のじじょう〟ってのだね。頑張れ、アーちゃん」


「頑張る、よ」


 アーネストは盃のお茶を飲み干した。せっかく我が家に帰宅したのに酒で喉を潤せないのは残念だ。でも、ダイたち小さなお客様が訪れている時は飲酒は謹んでいるのが、お茶を飲んでいる理由なのだ。


「あれあれ」


 おっぱいを飲み干しげっぷの最中のパーシバルが前触れなしに泣き始めた。


「カトリ、如何した」


 二度目になるけどアーネストは九人兄弟の六番目の子供でも子守りの経験がない。


「いやだよ、旦那しゃん。これは赤ちゃんの黄昏泣きってのさ。驚いて怒鳴ったら〝余計よっけ〟泣くし」


「黄昏泣き?」


 三重ハモり。


「産まれって五十日だもんね、色々と赤ちゃんから子供になるし」


「そっか、パーシーは五十日かぁ。あ、あれ」


「だっこだーー」


 泣きじゃくるパーシバルを見守るダイとミカをそれぞれ持ち上げるアーネスト。


「もう五十日。たった五十日だ」


「うわーーい、アーちゃんおヒゲチクチクだよ」


「アーちゃん強いなぁ」




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