フェーデの後始末
閑話休題。
「さて」
テオと白ひげを改めて見据えるアーネスト。
「ふん。平民の乏しい知恵をひけらかす必要なんてないよ。いいかい、耳に火箸でも挿れてからよくお聞き」
放置民だった白ひげが、再び挑発的な行動に移る。
「あれ」
愛馬とうちゃんの背中にミカを乗せていたダイが振り返る。
「そっちのガキも目を皿にしてご覧。私が没落令嬢だ」
「それは承知」
やっぱりアーネストは白ひげの正体を悟っていた。でも、知ってて黙っていたのに、なんてKYな小娘なんだろう。
アーネストが白ひげを制するが、黙っちゃくれない。
「元子爵、ベルリナー・ゲルツの長女、マルグレーテ。逃げも隠れもしないよ」
「ダイ!」
アーネストはダイの襟首を摘むととうちゃんに騎乗させる。
「後で余も赴く故、我が家に」
とうちゃんの尻を叩いて移動を命令する。
「隊長」
「構わぬ。ダイ、行きなさい」
うなずくダイ。
「アーちゃんまってるねーー」
上機嫌なミカがアーネストや夜警隊員だけじゃなく、『猫の足音団』にもバイバイをする。
「じゃあ」
納得はしていないけど、命令に従うダイ。
でも。
「そうさ。ベルリナー家の人間は王都近隣三十キロ以内の立ち入り禁止だよね。さあーて、どうする」
「なにそれ」
アーネストも腰に巻いていた鞭でとうちゃんの尻を一撃ヒット。
「とうちゃん、どぅどぅ」
小型馬でもさすがにとうちゃん全力疾走で退場処分となる。
「ダイ、走れ!」
「うん。じゃーねーー」
ぽかぽか。
緊張感のない効果音を背景に、苦虫を噛み潰したようなアーネスト。
やがてとうちゃんの足音が聞こえなくなった。
頃合だと鞭に力を込め、ぎしりと音を立てている鞭を偽名白ひげ、実体はベルリナー・マルグレーテに突きだす。
「令嬢。手下を盾にする所存か」
伯爵家や男爵家の令嬢が一味にいる。
つまり良家のお嬢さんの不良ごっこ本物が混じっているのが『猫の足音団』なのだ。マルグレーテを処分すれば、伯爵令嬢たちも累が及ぶ恐れがある。
頭脳的で卑怯な作戦だ。
「だからさ、元子爵の娘さ」
「なるほど。ならば」
鞭を放り投げ、剣を構える。
「望み通り、フェーデの決着つけよう。如何かな?」
それで折れないKYな元令嬢だった。
「はん。斬るなら思いっきり綺麗に斬って頂戴ね」
とんとんと自分の首筋に掌を添えるマルグレーテ。
「覚悟」
アーネストが真上に構えた剣を踏み込んだと同時に、すぐ半歩後退した。
キーーン。
金属が打ち鳴らされる音。結論としてはスリングの弾が剣に当たって反響した音だ。
「……ダイかよ」
とは夜警隊員。
「馬と一緒じゃなかったのかい」
ダイは、とうちゃんに乗って走り去ったと思わせて街道沿いの樹木の枝に飛び移ってアーネストたちの処分を確認目していたのだ。やるな、ダイ。
「悪いけどさ。そんなアーちゃんは、おれきらいだ」
大枝に跨ったダイが、スリングの次弾でアーネストを狙っている。もちろん、百人斬りのアーネストには致命打にはならないだろうけど。
「ブッカー、ソレント」
軍靴を鳴らして一歩前に進む二人の夜警隊員。
「貴殿らが指揮を執り令嬢たちを呵るべく送り届けよ」
『猫の足音団』を護送しろと命令する。
「了解しました」
敬礼する二名の、少し階級が高そうな夜警隊員。
「但し」
身分確認の小道具として押収した短剣を翳す。
「御令嬢の面々が正しく御家族に事の次第を伝えるのが、今日の措置の条件です。〝遊び呆ける余り迂闊にも主要街道を外れ、由緒ある短剣を森の中で落とした〟と。護衛随行のこの者たちが証人です、虚言は不許可と心刻みなさい」
「そんな」
「紋章が刻んである刀を紛失したら、御父様に叱られます」
「たっぷり叱られなさいませ。これからは悪戯ではすみませぬぞ。命のやり取りです。そして正しく本官の言葉を御家族に伝えたら、品々は返却致します。それ」
『猫の足音団』にフェーデの名を借りた恐喝の被害者たちの足元に短剣を置く。
「顛末を自分勝手な文言を足さずに伝えたならばこの者達に即座に落し物を届けます故。呵る後届け物のお礼を夢々お忘れなきよう」
落し物を届けてお礼。
これで恐喝の被害者との示談とするアーネスト。
「ご立派な隊長様」
フェーデの被害者たち。
「荷物が無事なら、それでいいです。帰って宜しいですか?」
「それでは、フェーデの一味の薬にならぬが」
眉がくっつきそうなアーネスト。よくわからない申し出に怪訝な顔になっている。
「それでは」
「ああ、その辺りまで護衛を」
ある隊員が申し出をする。
「いえ、ずぅーーーっと先に約束の人が待っていますので」
長時間放置された台車は移動を再開。現場から立ち去った。
「逃げるようですね、隊長」
「でも、怪我人もなく、事態を最小限に留めるには止むを得ぬ。これで本件は終了とする」
まだ完全に陥落していないマルグレーテを見遣りながら、もう一言。
「御令嬢。お気持ちは察します。成れど、本日のような真似は問題の」
「ふん。とっとと連れてってよ」
「これは迂闊」
アーネストは自称没落令嬢を慰めようと差し伸ばしていた腕を引いた。
肩でも髪の毛でも撫でれば慰めになるって考えは男目線だから、これはちょっとだけアーちゃんのミスだ。
「急げ」
『猫の足音団』と夜警隊が前進を開始。あっという間にフェーデの現場から立ち去っていった。
それでも、何人か夜警隊員が、事件現場に残る。アーネストのように騎乗者もいれば、徒歩の隊員もいる。彼らの視線は、大ぶりの枝に跨っている少年盗賊。
「ダイ、降りなさい」
「うん」
子供が枝から飛び降りてもドスンとならない。
ダイは、ひらっと着地する。
「全く。この少年は」
またしてもグリグリとダイの頭を前後左右に振る。
「だって、アーちゃんが首切りするなんて、ヤだもん」
「致しませんよ。まだ小娘だ」
「そっか」
満点の笑みだ。
どうして子供は命のやり取りの直後に、こんな笑顔になれるのだろう。
「致しません」
「アーちゃん、やっぱり切れモノだな」
ため息か息ずかいか。他人にも、もしかしたら本人にもわからないひと呼吸をするアーネスト。
「ならば、急いで共に我が家に参ろうか。妹御を独りにするは下策」
「ミカもなら少し先で待ってるよ」
「なんと」
アーネストは苦笑い。ダイは破顔一笑の場面だ。
「隊長?」
放置された夜警隊員か、こっそりと声がけをする。
「あ、うん。汝らは周囲を検索してから、〝打ち合わせ〟通りでよい」
「合点」
「話がわかるーーーーぅ」
うきうきと大移動。その進行は、まさにダイの進路の正反対だった。
「さ、行きましょう大盗賊ダイ」
自分の乗馬の手綱を握ったままアーネストは歩く。
「うん、隊長」
今更腰から抜いた、『銘刀木の枝』をブンブンふりながらダイはスキップしながら進む。
アーネスト、アーちゃんは大人だから、ゆっくりのつもりでもダイを追い抜いてしまう。
「アーちゃん、かーしーらーー」
ダイの愛馬、とうちゃんの背で両手を大きく降っているミカが、アーネストと兄のダイを待っていた。