フェーデ(名誉回復決闘)
本編でも説明しますけど、
司法が確立していない時代では、自力救済として、決闘が黙認されていました。
これを主にドイツ圏で『フェーデ』と呼びます。
フェーデや決闘はヨーロッパでは、20世紀でも実例があるくらいです。
意外と知られていませんが、大半の仇討ち。つまり忠臣蔵も、これに該当すると解釈できますし、江戸時代には、
『公認』されていた、「女敵」なども、日本版フェーデです。女敵は、ググってね。
しかし、この名誉回復決闘を逆手にとって、野盗やカツアゲ、強請に使用する事例が多発しました。
今回は、そんなお話です。
ほら、攻撃していいんだよ」
「できたらねーー」
やや黄色く甲高い嗤い声が木霊する。
「勘弁してくださいよーー」
農道よりは幾らか幅広い枝道の脇に穀物袋が積載された台車が停車している。合計で三台。だが、引き手がいない。いや、台車から離れて別作業中のようだ。
「武装して魔法使いまで揃っていて、敵うわけないじゃないかー」
都合六人、いずれも成人男子が地面と仲良くしている。
台車の引き手と後押しする要員×三台。計算はあっているし、服装も色あせたシャツにズボン。運んでいる荷物と合わせて紛う事なき農夫だ。
「そうかい。こっちとしては一方的に罰を与えるのは可哀想だから、チャンスを与えてやるんだぜ」
土下座の姿勢をしている大人たちを見下しているのは黒ずくめで覆面をした集団。
ソプラノがかった声質と僅かな起伏凹凸で、女子ではないかと推測できるけど、襲われている農夫にとっては問題外だ。
「あのさぁ」
腰に手を当てながら土下座男たちを見下す黒ずくめ。
「あんたたちが、あたい達を侮辱したから、これは罰なんだ。なんならザクッと死ぬ?」
ナイフの刃ではなく鎬地で被害者の頬を叩く。
それだけでも効果覿面、地面に沈むように頭を下げる農夫たち。
「そんな、俺たちがいつ」
「だからさ」「ひぇっ」
完全に土壌を舐めている男の襟首を掴んで揺さぶる〝黒〟。
「あたいたちも鬼じゃないから、あんた達にチャンスをあげるって言ってんだろ、頭悪いなぁ。さぁ、好き勝手な獲物を持って攻撃しなよ」
「獲物なんかありませんよ」
「さ、早くフェーデしようぜ」
フェーデ。
無理矢理私闘とも強制決闘とも形容される、強盗の方便がある。
相手に決闘を申し込む、申し込ませる。
決闘に至る理由はなんでもいい。
狙い通り馬車が泥ハネしたなんて幸運はなかなか巡り合わないから、下層民の分際で上位者を睨んだ、礼儀を弁えなかった、話す内容が侮蔑に当たる、ワザと自分が馬車で通路を塞いだ癖に相手が運行の邪魔をした、など。
最後の最後は、今日の天気を理由にして相手を包囲する。結論としては狙われたら、それは負けを意味するのだ。
決闘を仕掛けるくらいだから、通常は待ち伏せした側。今回のケースだと黒ずくめが圧倒的に有利なのは当然だろう。
しかも厄介なことに熟練したフェーデの仕掛け屋は、農夫に偽装した討伐隊を見抜けるだけの嗅覚が備わっていることがほとんどだ。
だから一般人は降伏するのが、ましな選択となる。絶対にベストな選択結果を期待してはいけない。
降伏したら──?
ってか、どうして決闘するのか?
古来より戦闘で降伏した場合、助命。殺さない代償として財産半分を譲渡する慣習がある。
この因習を悪用したのがフェーデ。元々はフェーデは汚名を雪ぐ自力救済のための決闘で、強盗略奪の同意義語じゃなかった。
だから仮に逆襲で敗北したり捕まっても強盗強奪じゃないと言い逃れするから、今日まで存続しているし、容易に根絶しない。
もちろん応じてしまって負ければ全所持品は強奪される。
決闘の結末としては、肝心の生命に関しては、何とも言えない。見せしめに殺す事例もあるし、フェーデを延長して身代金を要求する強欲な強者も、無い訳じゃない。
どっちにしても非道にもほどがある蛮行的な慣習。それがフェーデなのだ。
「じゃあ降伏しなよ」
地べたに這いつくばっている農夫たちを足蹴りする黒ずくめ。か細い悲鳴が右往左往する。
「作業員のケンカかな?」
ダイは、街道に木陰を生み出すため密集して植樹された木々の幹を遮蔽物にして身を隠す。
騒ぎ声がする現場に接近しながら、行動を注視。
「しまったな。あいつら、ここでフェーデしてんだな」
舌打ちする。
ダイは、フェーデに肉薄しすぎていた。この状況でミカに合図をしても、逃走できる保障がない。そもそもフェーデを仕掛ける集団が徒歩だと願うのは、正直賢くないから、もっと時間的な余裕が欲しい。
なにしろミカはとうちゃんに乗っているだけで走らせられない。フェーデの一団の騎馬に簡単に補足されてしまうだろう。
とすると。
ダイは、フェーデに乱入する覚悟を決めた。問題はタイミングだ。撃退や屈服は夢想していない。ミカが安全に逃走する間を作れる機会を作るための作戦なんだ。
逃走のための第一段階。
フェーデ集団の戦力分析をする。
五人、違うな六人だ。
全員真っ黒な衣服で六人が確認できる。農夫らしい被害者たちとの圧倒的な優位さに勝ち誇っている様子から、伏兵はナシと判断する。
フェーデ集団の機動力、足として馬が四頭。残念だけど、全て綱を樹木に繋いでいるから、馬を驚かす陽動作戦は効果的ではなさそうだ。
へぇ。
六人中、二人が覆面着用ではない。頭に布を巻く、頭巾とかターバン的な扮装だ。
頭巾なしの素顔を晒す二人が、ダイと目があった。
「やばい」
幸い並木でカモフラージュしたダイを、覆面なしの黒ずくめ二人は発見できなかったようだ。ただ辺りをキョロキョロしているだけだ。
一度は首を引っ込めたダイがフェーデを観察。覆面なしは、ひと目で女の子だとわかった。
一人目。
一番背が高くて、すらっとしてる。そして瞳は衣服と同じ、黒い。
黒髪の人種は耳にしたことはあるけど、バルナ王国では珍しい。でも人種や出身地の確認よりも戦闘力が測れないのがダイには不安だ。腰に後ろ手を回していて、獲物も見えないから余計困る。
二人目。
背高の少女よりほんのちょっと小柄。一メートル五十センチくらいの身長だけど、起伏凹凸などの身体の自己主張は六人の中で一番激しい。腕組みしていると、自己主張がそのまんま載ってしまっている。
青空みたいなキラキラして透き通った瞳をしているようだけど、ダイには身体特徴も少女の瞳も、フェーデ強行のヘイト感を減少させる項目にはなっていない。
獲物。つまり武器の携帯はこちらも未確認だ。
二人とも、違法スレスレのフェーデでも素顔を隠していないことが、覚悟と実力を秘めているのではとダイは警戒する。大盗賊は無謀な野獣じゃないんだ。
残りの四人。
これは問題ない。刃物の持ち方が不器用そうだから数合わせの役割しかない。一人、指先に炎を灯しているけど、あれもきっと偽物だ。
本当の魔術師なら、抵抗していない男達に構えて魔力を浪費しないから、掌で包めるロウソクか火種で魔術師だと偽装してるんだろう。
小物確定だな、あいつら。
実際、農夫らしい男たちを恫喝している役目を喜々として担っている事実が覆面の小物ぶりを露呈証明している。万が一集団が逮捕されても刑罰を下されるのは、この四人だけだろう。
さて、どうしたものだろうか。
ダイは、ミカと離れすぎているし、放置しているから気が気じゃなかった。
覆面だけなら撃退、最低でも離脱の自信はあるのだけど、黒目と青い瞳の二人の対策が浮かばない。
でも、現実はダイが構築中の枠組みを粉砕する。
小物が小物らしくバカげた行為を犯したのだ。
「泣きべそばかりじゃなくて、いい加減、どっちかに決めなよ。面白いけどさぁ」
六人の中では一番太った黒ずくめが小刀を抜いた。肥満体のレベルではないぽっちゃりさんだけどね。
「なぁ〝だんご〟。傷の一つか二つで、勝負する気になるんじゃね?」
「〝鼻高〟、それいい考えじゃね」
だんご、鼻高。どちらも暗号か本名を隠蔽する通り名だろう。黒ずくめで覆面して、しかも偽名だなんて、かなり悪質な偽装フェーデ集団だな。
悪党確定した黒ずくめの、ゲラゲラと下品な嗤いが巻き起こる。
「やめな」
意外。
青い。そりゃ色とか透明度だけなら宝石より青い瞳の少女が腕組みのまま制する。もっとも、本気度のないセリフじゃ抑止効果はないけど。
「ねぇどんな図柄がいい」
「ってかだんご。あんた絵ぇ、下手だもんね」
青い瞳をガン無視で、また嗤う。
食べ物が良いのか、晒される白い歯が逆にダイを不快にさせる。
人間の楽しい時のそれとして使用する『笑い』ではなく、相手を卑下する『嗤い』だ。
「うっせーよ」
だんごと呼ばれた、ややポッチャリの黒ずくめが振りかぶった刹那がダイの戦闘突入の合図だった。このままでは刃物は抵抗していない男達を傷つけてしまうのだからダイは少し慌てていた。
『ピィーーーーーーー』
小道具の一つ。笛を連呼しながらダイは、スリングを連射する。もちろん、打ったら動く。
この反撃を避けるため鉄則は、どの時代でも非戦闘の競技でも絶対だ。
「なん? 痛い!」
スリングの弾の痛みに耐えて前方を見ても、ダイは器用に木陰を渡る。
「どしたよ。怖気づいたんじゃ、痛いいよぉ!」
ダイの変形ヒットアンドアウェイは、フェーデ一味に精神的なダメージがデカい。
「う、馬が暴れてるよ」
「スリング?」
スリング。
一般にはパチンコの名称が通っている古典的な兵器だ。
大半は枝分かれやY字形で紐の伸縮の反動で弾を発射する武器だ。
効果を威嚇や奇襲に限れば八歳児でも充分使用可能だし、携帯が容易でしかも弾丸の補充が安易であるなど、ダイの盗賊団御用達の武器となっている。
周囲の警戒を怠り、農夫に勝ち誇る程度のフェーデ集団とその乗馬を恐慌させれば、ダイの勝ち目は飛躍的に上昇する。
「痛い、痛いよ」
ダイが装填した弾は路傍の尖っていない小石。精々痣や青タンの攻撃力しかない。でもフェーデしている割に、いや騎士や戦士、貴族の名誉を悪事を隠蔽する集団の心根なんて、こんなもんだ。
「熱いよ」
手首に被弾した偽魔術師が泣き崩れる。あ、こいつの偽名はまだ知らないな。
「ぬっ」
ダイが一番警戒した背の高い頭巾を狙い撃ちする。ダイの短剣と同じく腰に獲物を秘していたけど、ボトッと地面に落とす。この際、獲物の種類は後回しだ。
「そこ!」
凹凸の激しい少女が素早く呪文を唱える素振り。
「くらわないよ」
凹凸少女は無詠唱でダイに反撃を試みたかも、だ。でも反撃は想定内だから、スリングの餌食になる。
小石が凹凸に命中したから、お祈りするように指を折り曲げる。
「あ、あんたたち!」
背高の少女が叫ぶ。
その他扱いの黒ずくめが逃走を図っている。
「それ」
逃げたいやつは逃がそう。しかも盛大に。
ダイは、次々とパチンコを黒ずくめに射撃する。
痛みや刺激に敏感。でも急所じゃない胸を狙いたかったけど、青い眼の少女以外は的にならないので断念している。
「ああ、乗れないよぉ」
制御の効かない馬がパニくるのが最良のシュチュエーションだったけど、逃走用の馬が暴れているだけでフェーデの集団に精神ダメージを与えている。
「助けて、お母様」
攻守変われば、あまりにも脆い襲撃者だ。いや、そんなに甘くないか。
「落ち着きなよ」
背高が、凹凸の腕を掴んだ。
「あ」
しまったな。
その他四人が見事に作戦にハマってダイは調子にのってしまった。けど、先手をとっているし、木々に隠れているダイの優勢は変わらない。
挙句に──。
「どいてよぉ」
馬が興奮しているのに綱を外す愚を犯す、だんご。
鞍にも乗れないまま、馬首にすがりつく無様な格好で背高少女に衝突した。もんどり打って転んだ二人。
「それ」
そろそろ腕の筋肉が疲労で突っ張っている。
でも、ここで射撃を止められない。
「助けて、姐や」
んん? お母様に姐や?
どんなフェーデ集団なんだ、こいつら?
疑問も沸いたけど、ダイは容赦しない。
降参したも同然の相手を傷つけようとするなんて盗賊の名折れでしかない。ま、フェーデは自称は正当防衛だけどね。
「逃がすか」
ダイの姿は確認していなくても、発射源は探ったらしい。お誂えむきにダイに背中を公開するその他の黒ずくめの素肌──首根っこや足元を狙撃する。
「うわーん」
コロコロと理想的に横転して泣きが入るだんごや鼻高たち、四人。
大昔から、戦意のない弱卒は、勝利の女神から絶縁されている。
「助けてよ、首領ーー」
「痛いよ、私は悪くないよーー」
凹凸少女は、その他とダイの潜む方角を目まぐるしく見遣る。
手下も気になるし、ダイも用心したいなどと欲張らなければならない立場が、凹凸少女のクールダウンの隙を奪っている。
「くそっ」
何発射撃をしただろう。もう指先が痺れているし腕が重い。
「ポケットの小石は残り少ないし」
連射よりも、狙撃にポイントを切り替える。
「痛た」
「石ころが、残り少ないな」
足元を手探りして弾丸の補給ってのは、結構難しい。
「ええい、打つほうが先だ」
被弾が停れば冷静になる。
ダイはそれを恐れていた。
「なんなの、あんた」
「あ?」
青い瞳で射止められた衝撃があった。
凹凸少女にはもうパチンコは有効じゃない。居場所も攻撃力も見切られたとダイは悟った。
ダイの奇襲にパニくるフェーデを中心にして、農夫・フェーデ・ダイ。
おかしな一直線が形成されていた。ダイが少し気を配れば、農夫たちが怯えている形相が伺える。
「逃げろよ、オジさんたちって」
腰が抜けているのか、六人の農夫らしい男は微動だにしていない。
やれやれだな。
ダイは背中に通してあった鉄棒を抜く。
先日、ナンシーの馬車のスタックを助けた鉄棒だ。これは刀剣よりも軽いし汎用性が高いからダイは佩刀のように背負いで所持しているのだ。
鉄棒を構えながら木陰からダイが登場する。盾がないのが正直寂しかったけどね、あれは戦士の常備品だ。盗賊は身軽で両手が塞がらないのが信条だから。
「あ、あんた子供」
「あんたじゃない。おれはダイ。大盗賊ダイ、盗賊団の頭だ」
「そんなガキがどんな大盗賊だよ。やっちまいな、白ひげ」
「テオ」
テオと呼ばれた背高の少女は、まだ両膝を地面にくっつけていた。暴れさせた馬と衝突したダメージは想像以上のようだ。
「白ひげ? 生えてないだろ。それから、そっちは随分手を痛めたらしいな。わるい〝テオ〟だよな」
「なんだと」
背高のテオと凹凸の白ひげがハモって叫ぶ。馬で大ダメージの背高のテオには、いい挑発になったようだ。
ちらっ。
覆面をした、だんごや鼻高たちを伺う。フェーデを仕掛けていた威勢の良さは微塵もなく、ビービー泣いている。問題外だ。
「もうフェーデは後回しだ。あのガキを殺しな」
「テオ、やりすぎ」
「殺しな!」
背高のテオがフェーデ集団のボスらしい。
白ひげはダイ、テオそして農夫やその他と忙しく視線を泳がせる。その他よりは太い神経だし腕に覚えもあるのだろう。でも、包囲されて萎びた農夫と違い戦闘体制のダイと正面から戦う躊躇いがあると読んだ。
口撃のチャンスだ。
「あのさ、こんな場面じゃ頭同士が定法だろ。おれと戦わないのかい意気地なしのテ・オ・ち・ゃ・ん・」
あかんべーをするダイ。
「な!」
「そうだよ戦ってよ」
覆面で特徴を指摘不可能な黒ずくめの、小さくてどデカイ反乱。
「威張ってばかりじゃん」
ぽっちゃりさんのだんごも造反。
テオの足元は雪崩のように崩れ出している。
だって冷静に分析すれば、ぶつかった馬も全力疾走ではなかったし、擦傷や出血レベルではないから時間の経過はダイには不利になる。でも挑発に流されてダメージの回復前なら、ダイの勝算は高くなる。
「くそっ。あんたら、後で半殺しするよ」
一旦田舎道に落とされていた湾曲した小刀が突っ込んでくる。
「ほい」
欠伸をしたくなるスローな突進を避けて足首を鉄棒で払う。いい音がしたけど、テオの骨がどうなったのかは無事だった後日談にとっておこう。
「ぎゃぁ」「おっと」
テオの悲鳴とダイの反応はほぼ重なった。
「しばらく立てないくらい痛めてあげる」
ダイはぴょんぴょんとジャンプして白ひげの射程から離脱する。
白ひげの攻撃が、どこから?
「あ、腰紐じゃなくて鞭だったのか」
「ふん」
非常に細い、二条の鞭が飛来した。白ひげは武器を隠していないで、常時戦闘準備万端だったのだ。
やるわねと賛辞が欲しい状況だが、案外白ひげは戦闘に手馴れている。無駄口を叩かないで容赦のない鞭の連打でダイを狙う。
「ふん」「ふっ」
鞭の利点と欠点。
利点の一つの隠匿性はダイに見破られた。さらに、基本的に鞭は殺傷や攻撃力より敵の武器を払い落とす目的が第一になる。
残る利点の予測しにくい軌道と合わせて、相手が防御に専念すると特異性は半減する。
「このガキ」「どしたよ、白ひげちゃん」
欠点。
接近戦に弱くて、戦場が限定され密林やダンジョンでは仲間を巻き添えにする恐れがあるほど邪魔だ。
また白ひげのような二条鞭は防御力が激減する。射程や間合いを読まれると攻撃力が乏しい分、特に投射などのロングレンジ攻撃には悲惨なほど脆い。
ダイの場合──。
鉄棒を構えながら、パチンコを狙える。利き手に鉄棒とパチンコを握り、残りの手で射撃や弾拾いが可能。
この器用なダブルアタックが可能だからこそダイのフェーデ妨害が無謀ではないのだ。
「ガキが私の暗号名とか勝手に言うな」
二条鞭が空気を切り裂く鋭い音がする。
「くっ」
さっきはタイミングよく妨害したけど、白ひげは魔法の心得もありそうだ。
幸いに無詠唱の術者まで到達していないようだから、唇が不用意に動けばパチンコの標的になる。
でも──このままじゃジリ貧だ。
せめて、フェーデを強要されていた男の中で一人でも離脱すれば、テオたちは逃走するんだろうけど。
「ん?」
がさがさ。
膠着しつつあった戦場が動いた。
ダイの後方で、木々がざわめく音がする。
まさか──ミカが退屈で?
奇襲成功に酔ったダイは当初の目的を忘れてしまっていた。愛馬とうちゃんに騎乗したミカを逃がす好機は何度でもあったというのに。
不利を覚悟でダイが突入するために踏み込みをした瞬間。
「新手だーー」
馬に嫌われ地べたに尻餅をついていた偽魔術師が叫ぶ。
新手ってなんだろう。でも、闖入者はダイの幸運の使者になった模様だ。
「ごめんなさいーー」
動物みたいにはいはいで逃走するだんごは無視だ。
「テオ、逃げよう」
ダイと対峙しながらノックダウンしているテオの腰に手を回す白ひげ。ぐったりしたままのテオを馬に放り上げると、振り返って睨むんだな、これが。
「ダイ、忘れないからね」
「ああ。おれも忘れないぜ、テオと白ひげ」
まだ余力があるけど見逃す形で白ひげたちの離脱するがままに放置するダイ。
道々ってそれほど距離はなかったけど、フェーデの仲間を拾いながら白ひげの背中が小さくなってゆく。
「もう」
体力ゲージがあるならゼロを指しているだろう。