なにか、ある?
十分経過。
周囲は変わり映えなく雑多な樹木を刻んだ小径を馬はひた走る。
ぱかぱかぱか。
二人乗りをしていたって馬はウマだ。それでも『お隣り』には到達していない。
「頭ぁ。お水」
馬に揺られていて喉が乾いてしまう。そんな田舎単位の、とっても遠いお隣さんが兄妹の目標地点なのだ。
「ミカ、水筒か水袋持ってきてないのか?」
てくてくと、とうちゃんの背に揺られているダイが質問する。
「ないよー」
無邪気な反応に、ダイは一度だけ振り返って、チッチッと指を振る。とうちゃんは相変わらず小走りで進んでいる。
「いいか、おれたち盗賊は、いつでもお勤めするように道具は肌身離さずだ。それに水と獲物は忘れちゃダメだぞ」
「ミカは、これがどうぐだもん」
これとは人形二体のことだ。
「なら落とすなよ」
お人形も水筒も。
「うん」
幸い、祖母が紐付きショルダー加工済みだから人形は落下紛失の恐れは少ない。
「はい。お水だぞ」
さて、妹からのリクエストでダイは水袋を手渡す。もちろん水袋も結構長い紐で結ばれて、こちらも落下防止処理は怠りない。
ミカは受け取った水袋を一気飲みする。
「ぷはーーー。ねぇ頭。今日はどんなおつとめするの?」
ミカは兄から渡された水袋でぷはーーして人心地しました。
「そうだなーー」
外出そのものが、ダイには充分価値がある。
祖父ちゃん祖母ちゃんは大好きだし、育ててくれて有難いけど、構ってくれないと寂しい。だからダイは外出してしまうんだ。
「あのね、ミカね。パーシーちゃんぎゅっってするの」
もう、ぎゅっっしたつもりで馬の背ではしゃぐミカ。
「そうだなーー。あーー、ミカ。とうちゃんの背中で暴れるなよ」
「それ、頭がいわれたよねーー」
先日ナンシーに。
「うるさいよーー」
こきこき程度にダイは手綱を絞る。
とうちゃんは素早く、微妙に気持ち的に加速してくれた。とダイは思っているけど、計測してないので真実は不明です。
またしても、ぱかぱかと二人乗りの小型馬は走る。
「頭」
つんつんとミカがダイの背中を小突く。
「頭。お歌うたって」
「あのなぁ」
「だってぇ」
「仕方ないだろ。うちもアーちゃん家も街道から離れているんだから」
「どうして〝かいどう〟からはなれているの?」
「そりゃ祖父ちゃんもアーちゃん家も、ヤギとかたくさん飼っているからじゃないのか?」
「ヤギさんのミルクはおいしいね」
「そうだな。アーちゃんはいいお嫁さんと結婚したよな」
「うん、ミカね、〝カーちゃん〟も」
「しっ」
妹との他愛もとりとめもない会話は予告なく打ち切られた。
「頭、どうしたの? お顔こわいよ」
「いや、街道と合流する時はこうしてるだろ」
平穏を装いながらダイは腰帯に挿した短剣を抜いて妹に預ける。
「頭」
普段なら渡された短剣を重いと所持を拒むミカが、今はしっかり柄を握っている。
「短剣だけじゃ心配だな。これと、これだ」
これはお人形ではない。七つ道具のようにダイが外出する場合は常備しているリュックから武器を物色する。
「支街道から物音がする」
「でもぉ」
「そうさ、王都に直結しているエスカラ街道なら、人も馬車もひっきりなしだ。でも、この先の道はその支道、枝線脇街道だ」
ズボンの右側のポケットに武器──獲物と呼ばれることが多い──をねじり込むダイ。さらに、靴紐を縛り直す。
「聞こえる音が悲鳴っぽいんだ」
右の次は左。一度差し込んだ左のポケットから手を抜いたダイは、愛馬のとうちゃんの鼻先に平手を見せる。
「ふぅぅ」
ダイの掌には豆粒が転がっていて、とうちゃんは瞬く間に豆を胃袋に納める。
「とうちゃん、もしもの時はミカと家に帰ってくれよ」
首筋をなでなでしながらダイがお願いすると、とうちゃんは大きく頷いた。
「頭は?」
「おれ、おれかい?」
小さな拳骨で叩かれる胸。
「おれは大盗賊ダイ。この付近はおれの〝なわばり〟さ。勝手なお勤めは許さないんだ」
拝礼。
ダイは胸に手を添えて腰を折る。お姫様とか偉い人にする挨拶の一パターンを実行することで妹の不安感を払拭させる意図がある。
「合図をしたら帰るんだぞ、頭の命令だ」
納得できないのか妹の了解はなかった。
でも。
「お勤めだ、いくぜ」
ダイの内心は浮かれている。冒険やお勤めでゲットしたお宝をこれから開ける気分だ。
飛び出すのが本物のお宝なのか、ゴミや塵や黴が飛散するだけなのか、はたまた凶悪なモンスターが出現するのか。
「開けてみないとな」
低く低く身構えながらダイはお宝に向かって邁進する。