どこに行く?
「祖母ちゃーーん」
騎乗のまま、ダイは窓越しで母屋に呼びかける。
「あら、ダイ君」
小窓から、見える光景。
大型のテーブルでミカが朝食をゆっくり摂っている。なんだか凄くお寝坊さんだし、呑気だな。
「お仕事、おわったよー」
「ご苦労様」
テーブルの奥から、ウォーリス祖母ちゃん──ダイの母ちゃんの母ちゃんだ──が椅子に座っているのがわかる。祖母ちゃんのもっと奥にベットの住人になっているシンプソン祖父ちゃん。
祖父ちゃんは、あんまり歩けなくなっている。両手に杖をついてやっと一日数十歩。だから祖母ちゃんはほとんど、祖父ちゃんにつきっきりだ。それが理由なのか、二人共働いた姿をダイは目撃したことがない。
でも祖父ちゃんたちは元はお役人で〝たくわえ〟があるそうだ。それに三日に一日くらい、家の中や畑とかもお手伝いさんが来るからダイが家にいてもいなくても、実際は影響ない。
「またグアンテレーテさんのお宅?」
「うん、ちょっと行くよー」
「大丈夫?」
「〝お隣り〟だもん、心配しないで」
「そう」
一旦エプロンで手を拭うと、ダイにバイバイするウォーリス祖母ちゃん。
「あ、もしかしてお泊りするかもだよーー」
「気をつけて下さいね。奥様に宜しくお伝えしてね」
「だからーー」
祖父ちゃんも祖母ちゃんも、どうしてだか丁寧なんだ。
「祖母ちゃんもへんだよーー。おれ、まごだよーー」
でも外泊の公認をもらった嬉しさでダイは胸が一杯になっていたから、言葉使いのバカ丁寧さ、なんて瑣末な問題は忘れてしまった。
「とうちゃん、いいぞ」
絶妙の呼吸で、とうちゃんは手綱の合図なしに加速する。
ぽくぽく。
ダイは小径をとうちゃんと進む。でも、とても遅い。速度的には子供の歩行と大差がないほど低速な足運びをしている。
なぜ?
ざわざわ、がさ。小枝や葉っぱが折れたりざわめく音がきこえる。
「今日は風がないのに、おかしいなぁ」
ばきばき。
追跡者は、隠れたつもりらしい。
ぱし。一度だけダイはとうちゃんの首筋を触ると、ちょっとだけ加速する。
とうちゃんの尻尾のほうから、また枝が折れる音がした。
「よしよし」
また減速。
「ミカ、そろそろ出てこい」
「うん」
獣道のような細い自然道に、勝手追跡とかお留守番しないとかの悪びれは微塵も感じていないミカが微笑んでいる。お宝の人形は一体は妹の腕に包まれ、残りのもう一体は背負われている。
「枝で擦り傷とかないか?」
「ないよーー」
「それならいいけど」
ダイはとうちゃんから降りてミカの身体を確認する。怪我をしていると追い返されるから、ウソをついている可能性も考えなければならない。でも今日は大丈夫。ミカの肌はピカピカだ。
「今日は、ナンシーをだっこか?」
ミカのお宝になった二体の人形は、ナンシーとダイと命名。移動中はどちらか一体を背負うようにダイが促している。
「うん、ダイはおねむなの」
なら自宅で寝かしておけとは言わない兄。
「そっか。じゃあ」
「あ、頭。ミカそれきらい」
ダイはリュックから取り出した革袋から虫除けの薬をミカの腕や足に塗る。でも、この薬は不評だ。
「くさいよぉ」
「虫に食われて痛かったり痒いよりいいだろ。とうちゃん、頼むよ」
ミカをだっこで馬の背に乗せ、自分も跨る。
「荷物は大丈夫かな?」
馬の腰付近には小さな荷物袋が結ばれていた。
大丈夫、荷を結んでいる綱は解けていない。
「よし決めた。今日は〝アーちゃん〟とこだ。パーシーに会いにゆくぞ」
「やったぁ」
ミカがとうちゃんの背で跳ねる。ミカの振動が合図になり、ロバと見間違えられそうな小型の馬は太い脚をゆっくりと動かし、やがて軽速歩。つまり小走りで兄弟の輸送を務める。