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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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虫干し



「判事、様ですか?」

 そう質問してダイは、ワザとらしい物言いを反省する。

 判事。司法院の正規職員ならば全身暗闇のような服──法服を着用している。あの規格外のパウロですら、この規則は遵守しているのだ。

 この老人は暗闇の黒ではなく、くたびれた黒。

 とても判事様ではない。


「そう見える、そうだといいな。少年」

 名指しや家名で呼ばれないのは久しぶりで新鮮だ。──あ、パウロの姉のペネ判事が時々ダイを少年と、ついでにマーサやテオを乙女と呼んでいたっけ。


「判事や学園の教授ならばな、真実良かったのだけど」

「そうですか」

 老人の衣服は漆黒ではない。でも、かなり黒に近づいている疲労した着衣だった。幸いに洗濯を怠けていないので匂い立ってないけど、なかなかの年代物。つまりこの老人の貧乏度合いは危険領域なのだ。


「教授なら禁書閲覧が可能なんだがな」

「ええっと」

 この老人を○○老と呼称するべきだろうか。


「赤禁書は判事。黒禁書は高等判事職に上り詰めないと閲覧できないんだ」

「へえ。〝きんしょ〟すら知りませんでしたけど」

 実はウソ。

 司法院の資料館の常連になっているダイは、見習い司書レベルの知識を持っているのだ。

 だから、〝禁書〟がどんな存在なのか、くらいは知っている。


「閲覧できないんだ。せめて赤禁書の『図鑑』の抄本でも目を通せれば」

「ず・か・ん・ ですか?」

 まるで口元に運んだお菓子を取り上げられた赤子みたいだ。

 老人の落胆ぶりはダイも正直ドン引きなんだけど。



「しかたないなぁ」


 閃いた。


 でも、肝心のフッフがまだ帰還していない。


 声を漏らすのをガマンして周囲検索。すると、待てば海路のなんとやら。


「お。また居座ってるか知恵者」

 渡りに船だ。

 所用で不在だった館長のフッフが帰還した。


「はい。いろいろ調べると結構面白くて」

「そうか。お前さん、子供のクセに書籍資料の扱いが丁寧だから留守にしても不安にならないから助かる」

 フッフは、貧乏を身体中でパフォーマンスしてる老人を素通りして、カウンター内の定位置に戻る。

 司法院研修生や判事、特例を認められた入館者の閲覧要請を受け付けるフッフの聖域なのだ。


「あ、あのフッフさん」

「ルーチェ。申し訳ないんだが、貴方の身分は准教授。申請された資料は赤禁書で閲覧は判事か教授職以上の身分か、貴族閣僚の推薦状が必要だと説明したはずだ」

 どうもルーチェって老人とフッフのやり取りは、今日が初めてじゃないらしい。

 ルーチェが席に戻ったけど、まるで崩れるように椅子に落ちた。


「資料館では静かに」

 フッフの厳しい注文にも応えないルーチェ。落胆ぶりは、誰の目にも明らかだ。


「あの。どんな資料なんですか」

 一、二度ダイが袖を引っ張ってやっと気づいた。身体が触れるくらい接近して、ダイはこの老人の使い込んだ衣服とか、アーちゃんでも使い捨てるような古びた筆記用具を確認した。


「ああ。『ソロンの生物図鑑』って書籍なんだが」

 ルーチェが言い終わらない間に資料請求カウンターに引き返すダイ。

 カウンターの内側には、フッフが座っている。


「フッフさん。今日はいい天気ですね。ここ数日お天気で空気も乾燥しています」

 書類束に目を通しているフッフにささやく。

 頷くフッフ。


「どうです。一斉に処理するのも効果的ですけど、疲れちゃうから少しずつ虫干しなんて」

「そうだな」

 資料書籍が痛むから、資料館は窓が少なくてサイズも小さい。元王宮だった司法院の建築物では異質な建造物に属している。

 出窓のようなそんな小さな光の筋を眺めながらフッフは呟く。


「どんな資料を選ぶんだ?」


 確かに今日は良い天気だ。でも、このタイミングの不自然さに、フッフは小さな資料館常駐者の企みを読み取る。


「まさか?」

「はい」

 ダイの企みを察知したフッフ。資料館長でもあるけど判事でもある。その判事としての職務に関してダイに借りを作った男は、子供の知恵に〝のった〟。


「第二層右手から第六書架の手前二の棚の下から三番目の棚だ」

 それはきっとルーチェが閲覧を望んで果たせない書籍の所在場所だ。


「はい」

 深々と頭を下げたダイ。


「虫干しだからな。三番目の棚の五、六冊も一緒に持ってきてくれ」

「承知しました」

 野ウザギ顔負けのダッシュを披露するダイにフッフは一言付け足そうとした。


「あいつ」

 でも語らなかった。それは資料館の静寂を守るためではなく、不必要な発言だったからだ。

 膨大な書籍量のおかげでダンジョンのような書架の海に飛び込んでいる少年が、手袋をハメながら小走りしている姿を確認したかなのだ。


「いつも白手袋持参しているのか? どんな家の子だ?」

 資料を直接触れることは、最小限に留めたい。それが資料や書籍に生涯を捧げたフッフの常なる願いである。

 でもそれを少なくてもダイに直接しゃべった記憶はない。きっと小敏いあの子供がフッフの心情を察したのだ。もちろん、大盗賊ダイにとっては手袋はお勤めの小道具なのだけど、八歳か九歳の児童の裏の顔まではフッフは知らない。


 でも資料館の外部スタッフとしてのダイは合格点を与えられる。

 実際、禁書レベルの書籍資料を持ち出すとき、フッフと配下の司書たちは白い手袋を装着している。資料館常連のダイは、それを目撃、学習していたのだろう。


「もしなんだったら、あいつが次の」

 それはちょっと以上にムリっぽい。


「次の次くらい。資料館を預けてもいいな」

 フッフは、ダイならば愛していると言い切っても構わない資料をダイに任せたいと刹那願った。


 その願いは奇妙に変形して達成されるのだと、その時は誰も考えていない。



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