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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
130/132

とある古地図



「ええっと」

 マーサとの秘密の会合の翌々日。


 またも我らが──自称──大盗賊ダイは司法院の資料館の一部になっていた。


「王都の土地譲渡の記録は点検したよな?」

 現在十二歳のマーサの生誕を祝って孫娘に土地を譲ったらしいマーサの祖父の死亡が十年前。

 二年間でもダイは王都の土地に関する資料に目を通したのだ。なんとも地道な作業をする大盗賊なんだろう。


「王都じゃなくて、中央州の記録も調べるかな?」

 バルナ王国は五州と王都に分割されて統治。

 王都にそれを包むように中央州がある。残りはとてもわかり易く東部州以下、西部南部北部。

 ダイは単純に国土の六分の一の中央州の土地関係の記録を閲覧するべきか思案する。


 それは土地の専門家でも二の足を踏む反り返るような絶壁を臨む感覚だろう。ましてダイは八歳か九歳。このセカイ時代では文字を読めるだけでもご立派なのに、どんだけの難関に挑もうとしているのか、ダイは。


「ええっと?」

 小間使い。


 使用人とかまして執事バトラーとは呼ばれない低年齢層で単純作業の使いっぱしりの下級職員を総じて小間使いと呼んでいる。まれに執事見習いの使用人もいるけどほとんどは単純作業員のまま成長して、そのうち肉体作業に勤め先を変えられる運命にある。


「おっもいなあ」

 まだ少年の小間使いが積み重ねられた資料や書籍の塊を運搬している。口先だけじゃなく、本当に重量に苦しんでいるらしく、頬に光るものが見える。


「ええっと、お兄さん」

 ダイの目の前を素通りしている小間使いは、でも年上の少年。だから君なんて言い方はできない。


「手伝いますよ」

 閲覧をしていた席から静かに離れるダイ。


「あ、り」

 ためらいや迷いなく塊を崩す小間使い。


「すごい量ですね」

「ああ。これ全部土地関係の資料なんだ」

 なんと狙ったような偶然の会合だろう。ダイは荷物の半分以上を抱える。


「すまないな。これ、正面カウンターのフッフさんに渡さなきゃならないんだ」

「そうなんですか?」

「あーーあーー」

 大人が肩車しても届かない司法院資料館の天井を仰ぐ小間使い。


「いいよなーー。判事様たちはさ。案件を処理して手数料を手に入れてさ。で、下調べに使った資料の返却は俺たちの仕事だよ」

「そうですね」

「ところで、フッフは?」

「フッフ〝判事〟なら総務部に請求する物品があるからと」

「なんでお前がそんな事知ってんだ? でも参ったなぁ」

「あれ」

 資料館に常駐しているダイは、それなりに司法院の手順などを把握していた。


「この資料はフッフ判事の確認が必要なものですか?」

 司法院判事でもニンゲン。いや、どちらかといえば上級階層の出身者が多いので、資料とか公共物の扱いは意外と乱暴だから資料によってはフッフが汚破損や落丁の点検を義務付けているのだ。


「そうなんだよ。なんだよ、しばらく待たされるのかぁ。点検だけでもメンドイのに」

 それも仕事の内なんだけどね。


「あの。良かったら私が代行しましょうか?」

「ええ?」

 さっきまで萎れていた小間使いに笑顔の花が咲いた。


「いいのかい、じゃあ」

 小間使いはもうやっぱヤーーメたはなしだぞとばかりに猛スピードで資料館から逃走する。小間使いの彼が分担するハズの資料をダイのそれに重ねて。


 一方ダイはというと。


「まるでおれの狙ったタイミングで土地の資料を申請書なしで閲覧できるなんて」


 それは──……。


 あまりにデキすぎた設定だと疑わなかったダイは、一旦閲覧席に全資料を運んでからチェックする資料を吟味。


「ふぅん。一昨年版の『中央州の土地台帳の写し』、かぁ。そうそう都合よく十二年前の資料をタダで閲覧なんてできないよなぁ」

 八歳が九歳児にはずしりと来る重さは厳しいけど、託された資料ではこれが一番ダイの狙いに近い。

 ってか、それがある意味を持っているとダイは気づけないでいた。



「おや?」

 ダイはガッカリしていた。せっかく面倒な手続きなしに閲覧できる資料は、狙いからハズれている気配がありありだったから。でも、根気よく資料を点検すれば、意外と見落としや再発見もある。


「なんだ、これ?」

 本来司法の関係者ではないダイが閲覧を可能にしているのは、資料館長のフッフの琴線に触れているからだ。この好感度を保つためにダイは落丁や資料の汚損には本職の判事以上に留意していた。


「一枚、取れちゃった」

 いや違う。恐る恐るダイが資料から抜けた紙片の端っこに触れても、落丁の痕。糊の残留や結び糸が通過した形跡は発見できない。


「よかったぁ。これ、誰かがはさんでいたんだ」

 ぺらぺらと紙で顔を仰ぐダイ。

 安心して、ふと一体何の紙切れだと疑問に思う。色々書き込まれているから、イタズラ書きやメモじゃないことは瞬時に判明しているし。


「これ……。手書きの地図だ。しかも王都が真ん中に書いてある」

 地図に載っている情報は交通網地名や地形だけではない。記載された土地の所有者や資源についての情報も期待できる。


「ええっと」

 おかしい。ダイは八、九歳の子供だけど一瞥してすぐに手書き地図の不自然さに注目した。


「エスカラ街道の、この付近に脇街道とか、ないぞ」

 でも現在手にしている地図には、王都八大街道のエスカラ街道に分岐した線引きがある。


「どうしようかな?」

 路線地図があれば、この疑問は瞬殺だ。


「フッフさん、まだかな?」

「まったくだ」

 背後に男性の声。おもわずビックリしてしまう。


「わあ。だ、だれ……だれ?」

 知らない顔だ。

 もちろん司法院の小間使いじゃないダイは全職員の顔を覚えいないけど、でも全然見覚えのない老人だった。



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