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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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おでかけ


 とっくに日は落ち、室内はもう真っ暗闇になった。


 でも吹き消したロウソクに練り込まれた香料の匂いが、まだ仄かに漂っている。




「つまり、年貢を税と言い換えを、してもしなくても、つまるとこと」



「じゃなくてさ!」


 頼りないほど弱々しく途切れがちな物言いを、甲高くて幼い声が遮る。



「祖父ちゃん、また『大盗賊ダイ』のお話してよ」



 ベットが軋む音がする。

 これは退屈な寝物語の変更を要求するアピールなんだ。



「また、『ダイ』の話でしょうか?」



「ほらぁ。おれは孫なんだからもっと偉そうにしゃべってよ。それから、いっぱい『大盗賊ダイ』のお話を聞かせてよね」




 ため息。そして深く長く息を吸い込んだ音がする。



「〝昔、むかぁーし、まだバルナ大王陛下が即位されていない頃……〟」






「うーん、いい天気だ」


 ダイは思いっきり背伸びする。


 井戸水を汲み上げて、壺や桶にいっぱい溜める。少し外出して、雑木林から炊きつけ用に小枝を拾い集める。

 少し太めの倒木は最初に端っこを手斧で切る。

 そうして整えて丸太状に加工したら、ずるずると家まで牽引。しっかり乾燥したら薪割りをする。



「よし、今日明日の〝お勤め〟は完了したな」



 汗を吸い込んだシャツの胸元をパタパタさせながら、野積みした丸太を眺める。



「おにいちゃーんーー」



 母屋から、寝ぼけた声。



「おはようミカ。あっと、だめじゃないか」



 上下一体型のワンピースの寝巻きなのだが、ミカにはサイズが大きいようだ。肩肌どころか胸のピンク色のワンポイントすら露出してしまっている。



「いいか、お外に出るときは、ちゃんと胸や肌を隠さなきゃだぞ」



「だって祖母ちゃんが」



 ミカの衣服を整え、襟を正す。



「祖母ちゃん忙しいんだ。そろそろミカも自分の服は自分で着なきゃ恥ずかしいぞ」



「うん」



「そっか。いい子だな、ミカは」



 ダイは五歳の妹の頭を撫でる。



「ナンシーと〝ダイ〟も、いい子いい子したげて」



 素肌のガードより、お気に入りの人形を抱きしめる方を優先する五歳児なミカ。



「それを言うなら、してあげて、だぞ」



 でもナデナデは怠らないダイ。



「でも、さすがお祖母ちゃんだな。その紐、いいじゃないか」



 ミカは先日、家の近くの森でお人形を落としている。



「うん、これだと頭と手をつなげるよぉ」



 寝ぼけ眼が、パチリと開く。



「うん、いいぞ」


 先日、養蚕家のナンシーお婆ちゃんからのプレゼントの人形は、二体とも背嚢またはリュックサックのように紐を通して背負える仕様になっていた。



「汗いっぱいだね」



「そだな。じゃあ、おれも朝メシ食べようかな。母屋に戻ってろよ」



 ……。


 寝坊した割に兄の妙な寛大さに疑念が湧いたようだ。いやいやと首を振った拍子に、昨日までとは異なる小道具を発見したミカ。



「ねぇ、ひさしに枝さんがいっぱいだよ」



 乾燥させるために軒下に丸太を積んでいる。



「お、目敏いな。でもこれは丸太だ。枝じゃないけぞ。いいかミカ、家に帰った時は家用のお勤めを忘れちゃいけないんだ」



 お勤めの一言がいけなかった。



「頭、どこ行くの?」



 ぎくりとダイの背中に文字が浮かんだと脳内補完をお願いします。



「い、いやぁどうして外出するなんて考えるのかな。それに、ミカ。家では頭じゃなくてお兄ちゃんだぞ」



「頭?」



 ギロリと兄を睨むミカ。



「おれは祖母ちゃんが祖父ちゃんにつきっきりで、いろんな仕事が滞っているからお手伝いなんだぞ。お勤めじゃないぞ」



「おうと? それともパーシちゃん?」



 隠し事があるとモロバレで隠し笑いをするダイ。



「ははは。ははは。じゃあ、まだ〝とうちゃん〟とか鳥の餌とかあるからーー」



「ミカもいくーー」



「だめだよー。だってまだ仕事あるからさーー」



「頭ーー」



 お人形をしっかりホールドして兄を追跡するミカ。


 さて、今日のダイは、頭なのか。

 お兄ちゃんなのか。





 馬がいるから馬小屋。現在、ダイの家の馬小屋には三頭の馬が繋がれている。



「ただいま」


 引綱ひきつな



 乗馬ではないけど、馬に外の空気を吸わせる運動。要は馬のお散歩で、基本はダイの役割になっている。



 二頭分の引綱を済ませ、三頭分の飼い葉桶と水桶を満杯にして、蹄の点検にブラッシング。この工程は結構ハードだけど、ダイ的にはこれらの作業は〝お勤め〟の外。だって馬は足なんだから。



「すっかり汗だくだよ」



 しっかり濡れているシャツを脱いで、汗をざぶんと流す。



「ふーー」



 馬の毛づくろい用ブラシで自分の頭髪をなでてしまうのはワイルドなのか、ファッションに無関心なのかは、何とも言えないね。


 やがて馬小屋に隠してある洗いざらしのシャツに袖を通す。

 一頭の馬と目が合う。


 飼い葉桶からモゾモゾ口を離してダイと対面する。



「ひひん」


 出番かい。そんな口ぶりだ。



「お待たせ、〝とうちゃん〟」



 三頭の内の一。ダイは柱に結んでいる手綱を外しながら一番小型な馬の背中を叩く。



「ぶるる」



 〝とうちゃん〟は、ある分類法だとポニーに属する馬で、名実ともにダイの乗馬になっている。

 八歳のダイの身長には、普通の馬は大きすぎるし、とうちゃんはとてもダイに慣れている。



「さて、どこでどんなお勤めをするかな」



 ダイがとうちゃんの頬をなでながら無口、手綱などの馬具を装着。ダイの馬具はこれだけで、拍車とか鞭は持ってないんだ。鞍もないから、ダイはとうちゃんの背中にゴザを敷いている。



「〝おじさん〟、〝おばさん〟。お留守番頼むぞ、とうちゃんとでかけるから」


 〝とうちゃん〟以下、おじさん、おばさんは実は馬の名前なのだ。



「ぶるん」


 奥の馬房に繋がれているお留守番の二頭の中型馬が馬首を大きく上下する。



「頼むぜ、とうちゃん」




 ぽかぽか。


 とうちゃんは小型馬、騎手のダイは八歳の子供だから、はた目には長閑のどかな旅立ちの場面である。


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