ちっちゃいネズミだべ
「おんや?」
姉に論破されたからって何時までも下向きなパウロじゃない。
ある司法院内の建物から走り抜ける影を捕捉する。
影はシャドウ等のモンスターではなく、人影。こそこそ隠れながら移動しているらしい。
「誰だね。ちっちゃいネズミだべ」
どうやらダイはネズミから卒業したらしい。
パウロは図体の割に足音を立てずにネズミを追跡。
おおよそのゴールと目的を察知した。
「はあはあ」
「わーーーーーーーーーーーー!」
ネズミ。正しくは五、六歳くらいの男の子だった。
パウロに不意をつかれてビックリ仰天。大絶叫を上げながら尻餅をついてしまう。
「おめ」
シーーーぃと口元に一本指を添えるパウロ。
「おめ、なにしてるだ? んで騒ぐとこわーーーーーい法廷刑吏くっぞ」
自分も法廷刑吏だった過去は多分アッサリ忘却しているパウロ。
「あああああああああああ」
「なんだなんだなんだ。おめ、腹減りじゃねえな?」
まだ名も知らない男の子に、とある一角を示すパウロ。これでも司法院判事だ。
「くっ」
うす汚くて名前も名乗っていない子供は、当たり前だろう。逃走を試みて、そしてそれが全く成功の可能性のない冒険であると発覚した。
「つーーーかまえたーーー」
「は、離せよ。お前〝二十人殺し〟のパウロだろ!」
「は?」
しっかりと〝ネズミ〟を襟首握って確保したパウロは、目一杯首を傾げた。
「んじゃあ、行くだな」
「離せ離せよーーー」
「離すか?」
バタバタ手足を動かしていたネズミの抵抗は終戦となる。パウロが巨体を利してネズミをぶんぶんと振り回したのだ。
パニくったのか瞬間的に意識を失ったのか。大人しく子猫のように襟首を掴まれたまま運ばれる、でもネズミ。でも少年。
「うぅぅぅぅ」
大昔は王宮。王様の居城だった施設を占領している司法院は、本館以外にも相当な建築物を誇っていて、そのせいか死角や人通りが絶える隙間が結構存在している。
パウロはリフトしたネズミを、小法廷が居並ぶ別棟裏に連れ込んでいた。
「うううじゃね。食え」
顔が汚れすぎているから灰色の涙が溢れるネズミのすすり泣きが、止んだ。
「食え。こりは判事の命令だな」
「命令」
命令なら仕方がない。ネズミはパウロの胸に秘めていた──さっき姉のペネに指摘された持ち出した、アレだ──パンを差し出す。
があっつがつ。
水も含まないでパンを貪る少年。
飢えた野獣でも、もう少しマシな作法と警戒心でエサを口にするぞとツッコミの三つや四つ入れたくなる狂戦士メシだ。
「おめ、この前も俺からパン、食ったな?」
餓鬼の早食いが途端に終幕を迎える。
パウロの指摘は正鵠を射ていたようで、驚いてパンを喉に詰まらせてしまった少年。
「おや、死んだか?」
死んではいない。ただ、このままだとマジに死亡だけど。
「仕方ねえな」
どすん。
パウロが少年の背中を殴打。これで喉に詰まったパンは胃袋に落下して最悪の結末は回避したようだ。
「た、たすかったぁ」
席こみながら、ネズミが一言。ふうぅっと安心したけど、厳しい現実がずっと頭上から見下ろしていた。
「おめ」
「うわあああ」
襟首を再度確保されているから仰け反りも横転もできやしない。
「臭せえな」
パウロは、とてもとても鼻が良かった。