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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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だどん、姉ちゃん


「姉ちゃん」

 館からそこそこ離れた道。

 パウロがある気配に反応、馬車を制御運転している御者にも伝わった。


「なんですか。また、ですか?」

「んだな」

 宝石箱が徐々に速度を落とす。減速した馬首の面前に切り込んだのは──?


「お、お情けを」

「あれま」

 パウロはセリフだけはビックリしていたけど、ペネは馬車の停止と同時にピシャリと窓を閉める。


「〝し、子爵〟の奥様、お情けを」

「なんとまあ」

 飛び出したのは少女だ。しかも乳母の胸でスヤスヤ寝ているアレシアとほとんど変わらない乳児を抱えている。

 違いがあるとすれば──……。


「おめ、腹減ってるか?」

 暖炉や竈の煤掃除婦でも、ここまで顔面黒くならないだろう。

 それくらい煤けた、まだ少女のような女。


「この子にお情けを。子爵夫人様」

 さっきペネに怒られるとビクついていたメイドたちは、あわや敷石とキスの距離まで頭を下げていた。でも、この少女のおデコから、ゴツンと衝突音。

 道路に頭を叩きつけてのお願い、直訴なのだ。


「姉ちゃん」

 パウロは巨大だから当然大食漢だ。飢えと姉の激怒だけがこの巨人の恐怖だと言えるほど、腹ペコには弱い。それは『司法院のネズミ』だったダイに食事を奢った行為や、同じく司法院職員たちの雑用係──この当時は小間使いと呼ばれるのが常なのだが──たちに、食料を振る舞う行為で証明されている。


「姉ちゃん」

 〝子爵夫人〟でもある姉の反応はない。貴族や裕福な階級の馬車に物乞いや嘆願は、『よくある日常的なこと』なのだ。


 こんこん。

 客室からノック音。客室の主人、ペネが御者に運行の再開を命じたのだ。


「奥様、どうか」

「こン子。おめの子か?」

 相変わらず何処の言葉かナゾなパウロ語で語る。


「はい。その父親は」

「姉ちゃん」

 客室の小窓に巨大なヒトデ。パウロがまだ少女のような母子に同情して姉に口添えを試みているのだ。


「パウロ」

 窓越しのペネ。


「何度諭せば理解しますか。訴えた人を一々救っていたらキリがありませんよ」

 窓越しに写るアレシア。お腹いっぱいお乳を与えられ、もしもペネが授乳不可能ならばたくさんの乳母を擁する家に産まれ、柔らかく温かい衣服に包まれ、また贅沢な身の回り品に負けず劣らず、溢れでる愛情を注がれている。


 もう一方の赤子は、泣き出す気力体力もないのだろうか。さっきからぐったりしている。


「だどん」

 チリリリン。

 客室に備え付けの鈴が鳴った。


「パウロ様、我らが」

 正規のペネの護衛騎士のリーダーが巨体に立ち塞がる。


「だども」

「この小娘は奥様の御面前にまかり出でた不埒者。以下の後始末は奥様の護衛の我らに」

 そう言われたらパウロも黙るしかない。


「ついて来ないのですか?」

 ゆっくりと無慈悲に車輪は道の敷石を再び噛む。

 こうして一騎少なくなった護衛騎士とパウロは司法院を目指す。




「もしかしてですよ、パウロ」

 三騎の護衛騎士とパウロ、そしてペネ母子を乗せた馬車は司法院に入った。

 面倒な手続きを終え、院内の停車場に移動する束の間、姉であり母親であるペネも、別口で弟に切り込んだ。


「そろそろ小間使いたちに、ナニか与えようとしていませんか?」

「ねねねねねねねね」

 回転してバターでも生産しそうなスピードで首を振るパウロ。


「また当家から持ち出しましたね?」

 メイドたちが共犯。だからパウロは全力で彼女たちを庇ったのだな、これが。


「うん」

「まったく」

 ため息とセットになっているペネは、胸に埋もれていた愛息のご機嫌を伺う。

 母の胸の膨らみと温もり。もしくは馬車の振動が催眠効果を招いたのか、兄妹揃ってオヤスミしている。


(頼みます)

 乳母にテオを託してから、ちょっとだけお小言タイム。


「いいですか、司法院の小間使いたちは、ほとんど誰か別のご主人がいます。あまり日常食べ物を与えるのは感心しません」

 児童就労など当たり前のこの時代。

 土地や畑の相続が見込めない農家の次男以降やほとんどの女子は口減らしとか奉公の形で働くのが当たり前だった。

 小間使いは、正業ではポピュラーな職務で、要は雑用係。

 伝令から執事の見習い補助。底辺だと人道を無視して炭鉱や安全性など焚付にしている安工場。底辺組は五年以上生存する可能性は十人に一人と噂されているほど過酷だ。


「だどん、お腹が空くのは可哀想だ」

 自分の腹を押さえるパウロ。


「彼らも働いているのですよ」

 パウロは、姉がどんどん目を細めている理由がわからない。


「でも小間使いたちは、〝口減らし〟だへ。仕事を選べないで」

「そうですけどね、キリがありません」

「姉ちゃん。俺たちもあんな、だっぺ?」

「昔は昔、今は今です」

 ここは毅然と否定。


「どうしても可哀想だと考えるなら、姉の嫁ぎ先から食料を持ち出さずに自腹で食べさせなさい」

 こりゃ、正論だ。

「だどん」

「もっとも」ここでまた、ため息。

「貴方が司法院の職員用の食堂で多額のツケをしているのを姉が知らないと思っていますか。〝今度は〟立替たりしませんからね」

 ここでパウロ終戦。

 水気を失った水草か干上がった魚のように大人しくなる黒い巨人。


「さ。いつも貴方の護衛には感謝しています。ご自分の業務に戻りなさい」

「へい」

 馬車はペネの執務室に最も近い馬車停車場に。

 パウロは自分の執務室にそれぞれ別れた。




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