王都ダイヤムの常識
「お。馬車だな」
一般の街道に匹敵する道幅。隙間なくデザイン化された華麗な石畳が敷き詰められ掃き清められて、庶民が道と呼ぶそれに比べて遥かに整備された館内の通路。
その路側に、これまた豪奢な馬車が乗客を待ちわびていた。
「テオドロスもいますね」
「そりゃまだ、あン子は一歳。遊び大好きだべ」
「かーーさまーーー」
移動する宝石箱のような馬車の客室の窓から、もう一つの宝石が出現した。
弟とメイドたちの色気のない、でも貴族の関係者としては品格とかモロモロツッコミどころ満載のバカ騒ぎに閉口していたペネ。確認すると、この庭園を含む館の正夫人でもある。
「申し訳御座いません。テオドロス様が馬車に乗りたいと」
客室からゆっくりと一歳児を抱きかかえて下車するテオドロス、テオ専属の乳母。当たり前だけど、貴族の子弟は複数人の乳母やメイドがお使えしている。
ワガママを指摘された幼い貴族のお坊ちゃんは、内容が理解できるのか、ちょっとだけそっぽを向く。
「それは乳母の貴方の責任ではありません」
言葉だけは厳しいけど、まだ幼い我が子を招くペネ。もちろんさっきまでの不機嫌は計測不能な瞬間最大風速で消し飛んでいる。
「かーさまーー」
ペネの身体の割に豊かな胸に埋もれるテオ。
「もお」
でもペネの破顔は、六番目の子宝を抱っこから数秒で終了。
「ではテオドロスは、お勉強が必要です、乳母とお留守番、よいですね」
「うーーー」
しっかりと反抗。どうやら相当な子沢山のペネの六番目の分身は、抱っこの終了を拒否する。
「いやーーー」
「嫌ではありません。母は本日は司法院の業務があります」
そんな大人の事情で一歳児を説得するわけがない。
「あんな姉ちゃん。テオはまだ一歳だへ」
「知っていますよ。でも」
「司法院に一緒に行っても、テオが法廷に入らなければ問題ないで」
「ですけどね」
一応きっと厳しい顔で弟判事を睨むペネ。
「アレシアを授かって、テオは姉ちゃんの抱っこが減って寂しいへ。だな、テオ」
こくりと頷くテオ、テオドロス。
「全くこの〝子〟は」
深く長いため息をして、胸の中の愛息を伺うペネ。
「母が仕事場に着くまでですよ」
「あーい」
子供の機嫌はカミナリよりも素早い。気づいたら不機嫌に、でも良い事があれば涙がまだ流れているのにニコニコ顔になる。この時幸いにも、第七子アレシアはすやすやとおネンネしていて、兄妹で母親の抱っこ争奪戦は勃発しなかった。
「では、貴女も」
アレシアの乳母だけでなく、テオドロスの乳母も客室に招くペネ。
「んだら出発だな」
ペネではなく、パウロの合図で発車する馬車。
実は姉、ペネは貴方が仕切るなと何度も何度も繰り返して効果がなかったので、この件に関しては諦めているので、ご安心を。
装飾品だけではない。
道路が多少ガタガタでも騒音を撒き散らさない堅牢でよい仕事の馬車が館を出立する。
女主人の移動に万が一があってはと、館外に車輪が踏み込んや否や、護衛騎士が四方に四騎並走も忘れない。
もっとも──超長距離砲でも投入しなければ、パウロ一人でペネの身辺警護は事足りる。
これは王都ダイヤムの常識になっていた。