パウロの朝
司法院内部に建設されている職員用の宿舎。
職員用と一括りしても、まだ正規の判事ではない研修生から、一部の判事までその階級や立場はバラバラ。
当然上級職になればなるほど広さ日照や司法院本館との距離などの立地は良好。
研修生の一期生となると、寝相が悪いと壁に衝突してしまうほど狭い。
「朝だべ」
太陽が昇れば誰でも朝だ。
「良い日和で」
「ああ。授業に遅れるなよ」
判事たちよりも研修生。そして三期四期生よりも一期生が早い朝を迎える。下っ端ほど、素早く慌ただしい朝を迎える。
「うん。朝だ」
司法院判事のパウロ。ペネの弟であり、夜警隊の常駐判事の一人。
そして、ある姉弟の、弟の方。
犯罪者や疑わしい人種、犯罪予備軍と接触が業務の第一なので、とても不人気の担当部門だけど、これこそパウロに相応しいと陰口が横行している。
なにしろ──。
『貴族殺しのパウロ』、『二十人殺し』
なんとも物騒で判事のイメージじゃないアダ名がパウロには付属している。
あ。
『食い倒れ判事』、『毎日昼寝』ってアダ名があることもわすれちゃいけないな。じゃないと公平ではない。
「さてと」
パウロの部屋にベットはない。
身体が大きいので、ピッタリのサイズがない。それだけの事情だ。
でも、椅子と机はある。何しろ判事だし。
もっとも、机に並んでいるのは裁判資料でも判決例やその他諸々判事業務に不可欠なアイテムではない。
食料だ。多少日持ちする。
「むむむ」
金持ちやエライ人ならば視界に捉えた刹那炎の魔法が詠唱されそうな、なかなか挑戦的な食材。
一昨日、夜警隊で某隊員の食べ残した料理皿。
数日前、お馴染みの食材屋の売れ残り。
ひと噛み。
する前に大事なことを忘れていた。
「ぬ」
パウロの性格行動に慣れてないと、インチキ宗教か暗黒族の儀式だと疑う、オカシなポーズをする。
「うん」
右手を目一杯水平に伸ばして、しかし左手は耳たぶあたりに拳骨を握っている。
実はこれ、祈っているのだ。
「じゃあ食うべ」
例えどんな食料食材食事でも、生きていた命から滋養を与えられる。
だから祈りを忘れてはいけませんよ──。
パウロにはバルナ国王よりも絶対的な姉の教訓を、これでも忠実に守っているのだ。残念な事実として、祈りの文面。祈祷文とか詠唱をパウロが覚えていないので、ナゾな動きで祈りを体現しているのだけ。
決して。
決してパウロは滅茶苦茶な論理の宗教やインチキな品物で金品を巻き上げる一派ではない。
がぶ。
口に含んだ途端強い酸味が広がる。匂いも、ヘンだ。
「んま、なんとか食えるな」
食材の酸味をこの男は重視していない。食えればいいのだ。
貴族や経済力を追い風に発言力を増している郷紳ならば、暖炉か道端に投げ捨てそうな食材も、パウロならば難なく平らげてしまう。
どんだけの溶解力のある胃袋なんだろうか。
「んじゃあ」
パウロは司法院内の宿舎をでる。
だって、机に並べた食材だけでは、この巨体のエネルギーとしては物足りなすぎるのだ。
「そろそろ食堂が開いてるべ」
だそうです。