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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
122/132

門前の少年……後


「えーーっと」


 以降、ダイが金銭裁判の案件の朗読が解説混じりで実施されます。


『小物商が帝国の親戚のご不幸で出国しなければならなくなり、保持していた宝石類を預ける必要があった。なぜなら、帝国までの道中で盗賊の』

 大盗賊であるダイは眉を折り曲げた。


「盗賊は、そんな卑劣な真似しないと思いますけど」

「すると用心したから宝石を隠そうとしたんだ」

「そうですか」


「申立人」

 訴えを起こした側。これは刑罰の裁判じゃないから、原告とは呼ばないのだ。


『小物商は、知人の官吏』

 公務員だ。


『──に宝石を預けようとしたけど、そのまま預けると税金を徴収されるし、金の腕輪が細くなってしまうと用心した?』

 ファイルを朗読しているダイを腕組みしながら覗くフッフ。


「金を削ればそれだけで利ざやがでるし、宝石がハメ込まれていない金の腕輪に混ぜもので金を奪われるかもって心配したんだ」

「じゃあ、そんな心配する必要がない人に預ければいいんでは?」

「だから、そうだと保管料やら税金とかの心配もあるからな」

「なるほど」

 うんうんと頷いて朗読再開。


『そこで、申立人である小物商は、壺の中に宝石類を沈めて〝これはお宝のオリーブオイルだ〟だとい偽って被告である官吏に預けた。申立人は約一年半の後帰国した』

 第一の疑問が解けたダイ。


「じゃあ、申立人の小物商が帰国して開封したら、壺の中は空っぽだったんですね?」

「半分位正解だな」

 なになにとファイルを再読するダイ。


『壺にはオリーブオイルが満たされていたが、申立人の主張する金の腕輪や宝石類が奪われていた。脱税の意図に関しては認めるので、宝石類の返還を求めた』

「そうだ。でも、申立人はオリーブオイルだと説明して壺を預けている」

「ああ。確かにオリーブオイルだって充分高価ですね。アーちゃんが、カーちゃんはめったに料理に注いでくれないって」

「誰だそのアーちゃん、カーちゃんは?」

 アーちゃんはアーネスト。カーちゃんはカトリーヌ。二人揃っての出番が減っているけどこの基本的には仲の良い夫婦なのだ。


「ええっと私の知り合いで」

「で、お前さんは、どう読んだんだ?」

 あれま。頭のてっぺんから爪先まで判事じゃないフッフは、ダイの助言でも受け入れる用意があるらしい。


「ちょっと待って下さい」

 またファイルを凝視するダイ。


『司法院の予備審議で、証拠の壺が提出。間違いなく、庶民には高価なオリーブオイルがなみなみと満たされていた』

 パタっとファイルを閉じたダイ。


「フッフ判事。その壺は?」

「ああ。これから審議する小法廷にもう据え置いてるらしい」

「なら急ぎましょう」

 フッフの黒い袖を掴んだダイ。


「お、おい。これから色々調べなきゃならないんだ」

「でも、今日中に結審するようにガボン高等判事からのご指示でしょう?」

「ああ。そもそもその指示がイヤらしいんだ。あいつ、余程『司法院永年継続』で昇格した判事たちが目障りらしい」

「今回は大丈夫ですよ。さあ急いで」

 フッフはもう老人の世界に足を踏み入れている。けどダイは元気一杯だ。

 立場が逆転して八歳の少年に牽引される資料館の主──フッフ。


「開封できますか?」

「で。きる。けど」

 小法廷には、ダイとフッフの二人だけ。少し離れた戸口に小法廷を開錠した下働きの職員。


「これでも。証拠だからな。実際の」

 息切れが激しいフッフ。


「審議審判が始まるか三人以上の判事が同席しないと開けられない」

「そうですか」

「おい、人様を走らせて、ネタ切れか?」

 裁判の鍵をネタと呼ぶ、判事は副業以下のフッフだった。


「じゃあ、揺らしていいですか?」

「揺らす? 開けないでか?」

 ちょっとだけシンキング。


「まさか〝手が滑った〟とか言わないでくれよ」

 開けられないなら、中身を強引に確認するのかと疑うフッフ。


「そんな必要ないですよ。いいですか?」

 それくらいなら。

 フッフは、不許可の意思表示をしない消極的な許可を与えた。


 ちゃぽん。


 ダイは自分の頭部よりも大きい壺を揺らした。


「判事」

 ダイとフッフの会話は、下働きの職員に届く。

 ダイは、二人っきりの密談の場所を探した。それは小法廷のスグ隣、判事控え室がまさしくそれだった。


「判事、私の稚拙な説を聞いていただけますか?」

「ああ。手短でわかりやすくなら頼む。さっき小法廷を開けてくれたヤツから聞いたが、申立人も被告ももう、それぞれの控え室で待っているらしい」

 はいとダイは首を大きく縦に動かした。


「まず被告が何らなの悪意があったことは明白です。だって中身をすり替えているんですから」

「ナゼだ?」

「判事。オリーブオイルは一年半も放置していたら、壺はちゃぷんと鳴りませんよ。全てじゃなくても、脂が固まっているはずです。だったら音は鈍くなりますよね?」

「しかし」

 ダイは手をシェイクして壺を振る仕草をする。


「そりゃあ葡萄酒の樽みたいにきつーく栓をしていたら簡単には固まりませんよ。でも、壺に油を塗った布を被せて紐で縛っただけでした」

「ああ。それは俺も確認した」

「風通しが良くて涼しい場所に、しっかり密封してれば一年二年では固まりません」

 やっと閃いたフッフ。


「だとすると?」

 紐で縛っただけの壺のオリーブオイルは凝固しているのが当たり前のハズだ。フッフのやっと矛盾点に気がついたのだ。


「金額は信用しちゃイケナイですけど、被告が壺を一回入れ替えたのは事実です。その点を追求して、被告が最近お金の使い方とかが気前よくなっているか問いただせば」

「自白や証拠の提示も、あるか」

「はい。そうなると〝おこぼれ〟をもらった使用人や下働き、被告の知人も証言を翻すと」

「なるほど」

 フッフがダイ睨んでいる。

 でも、それは老齢の資料館の主が、専門知識以外には疎かった事実にガッカリしている側面もある。


「どうですか、私の推理」

「なあ。お前さんの名前は?」

 ゆっくりと膝を落とすフッフ。


「ダイです」

「そっか、ダイ。お前さん一、二度資料館で見かけたけど」

 見かけたどころか資料館で資料を無断閲覧に違法転写までしているのだ。


「読みたい資料があれば、俺に言え。下級職員が閲覧できる資料なら見せてやる」

「わーーじゃあ私の推理、正解ですね」

「ま、あ。な」

 再起動するフッフ。


「で、だ。その」

「大丈夫ですよ。私の推理が〝タマタマ〟判事の推理と一致しただけですから」

 固まる脂。ではなく、フッフ。

 ちこっとだけ微笑むダイ。


「そうか。それなら、そうしてくれ。それから、なんだ」

「なんですか」

「俺が資料を読んでいる側にいてもいいぞ」

「わーー。フッフ判事なら、資料館の全てが閲覧できますね?」

「ああそうだ。お前さん、そー言うの興味あるのか?」

「ま、それなりに」

「そうか、ならそのなんだ」

 気はずかしそうにダイから目を逸らしながら喋る資料館の主。


「あーー。町の子供が言ってるアレだ。ウインウインだな」

「ウインウイン。いい響きですね?」

「ああ。そうだな」



 この日。

 ほぼ一年ぶりに法廷入りしたフッフだが、予想に反して審議は瞬く間に終了した。

 それだけではない。申立人の主張がほぼ全面的に認められ、さらに被告も控訴不服を訴えない上での即決終了だったから周囲の驚嘆たるや、いかばかりだっただろうか。

 まあ、つまりびっくり仰天したんだな。


 まさか。

 フッフが、あんな見事に手際よく。

 申立人、被告がどちらも控訴しないで?


 司法院のあちこりから漏れる噂話を聞き流して、院内の資料館には異様に小さな常連の閲覧者が誕生している。


 だが──しかし。


 毎日ではないにしても、誰一人、司法院職員の子弟でもない少年ダイが時々資料館に常駐して、しかもフッフに追い払われないのか。少年の目的は?


 このナゾが溶ける人物はいなかった。



 ある姉弟を例外にして。




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