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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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門前の少年……中


「フッフ判事」

 代弁者に厄介事を押し付けた高等判事の執務室から開放されたフッフを、小さな少年。夜警隊の下働きらしいダイが出待ちしていた。


「なんだ、お前さん。カラスコの仕事はどうした?」

「カラスコ隊員は、給与外の仕事から始まりますから」

「ああ、またパウロが行方不明なのか。難儀だな」

「よくご存知ですね」

「ふん」

 首を少しだけ捻ったら、湿った関節がしなる音がした。


「パウロが大人しかったら世の中平和すぎて皆ボケる。あれくらいでいい」

 また置き去りにしつつあるダイを振り返ろうともしないで足早に進むフッフ。


「しかし、ガボンめ。そう来たか」

「ガボン判事は、最高判事を狙っている野心家ですからね」

 ぴたり。

 フッフは、止める。足を揃えたりする余裕もない緊急停止だった。


「お前さん。……いや、夜警隊関係で詳しいのか。そういえば何度か見た覚えがある。その顔」

「そ、そうですか?」

 これはイケない。

 ダイは大盗賊。顔が利きすぎたりするのはお勤めの障害になるんだ。


「い、いやその」

 今更顔を摩ったり押したりしても無意味なんだけど。


「と、ところでガボン高等判事が、どうしたんですか?」

「ああ。これだ」

 小脇に抱えていたファイルを再読する。


「何回読んでも、業務用の回覧板になったり白紙になるわけじゃないんだが」

「どうしたんですか?」

 つま先立ちしてファイルの中身を覗こうとするダイ。


「金銭の訴訟を裁けとのご命令だ」

「フッフ判事にご指名をガボン高等判事がされたんですね?」

「ああ。だが、俺は判事だが判事じゃないからな」

 ああとため息を混ぜながら天井を仰ぐフッフ。


「夏季休暇のために人手不足だから俺にも法廷に出ろとさ」

「でも?」

 自分でも他人からも判事と呼ばれているフッフ。ならば、金銭の裁判や審議などは容易そうなんだけど。


「俺はな、元々司書。資料館の職員なんだ」

「それで資料館のヌシですか?」

「なんだ、お前さんも俺のアダ名知ってるか。ああそうだ、でも俺はとっくに五十五歳。本来ならばお払い箱だ」

「成る程。司書は定年があるけど、判事は基本定年がないですものね」

「まったくその通りだ。お前さん『司法院永年勤続登用制度』を知っているか?」

「ええと?」

 実は以前ダイはこの制度について解説をされているけど、まあ忘れてちゃってるわけだ。


「司法院の職員をな、その経験を活かして補助的な職員として人員の補填を安上がりにしようって虫のいい考えさ。今の大法官(カペラ・キース)は商人の出身で金には細かくてな」

「でも、それでフッフ判事は資料館の居場所を奪われないで済んだんですよね」

 ぐりぐりぐり。

 フッフはダイの頭を強引に押したり引いたり。


「お前さん。俺より大人みたいな口を利かないでくれ。で、ガボンだ」

「はい」

「あいつ、簡単そうで、でもどう考えても面倒な事件を寄越してくれたよ」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ」

 どうしたんだ。

 フッフは、べらべらと部外者に司法院の内部事情を漏らしている。そりゃあ夜警隊の常駐連絡隊員の下働きらしい少年ダイ

 真っ赤な部外者ではないけど、巧みに自分の心情を吐露させられている。


「この人手不足の折に」

「でもまだ夏期休暇じゃないでしょう?」

「もちろんそうだ。でも一番暑い頃合は、おエライ人が優先的に休みをとる。下っ端が休暇をとるピークが今時分なんだ。だから一番司法院が手薄なわけだ」

 うんうんと輝いた瞳でフッフを追いかけているダイ。正体を知らない資料館の主には夜警隊のカラスコにくっついたお子様なんだ。


「で、そんな人手不足だから、俺に金銭訴訟を裁けと来たもんだ」

「裁けないんですか?」

「そりゃ、俺だって少しは判事にさせられる研修をしたさ。でも、司法試験通過した本職に比べたら、遊びレベル。今まで面倒見た後輩の助言でなんとかこれまでは乗り切っていただが」

 ふと立ち止まって天井を見上げるフッフ。そこそこ背が高い五十男だけど、大昔は王宮だった司法院の天井は呆れるくらい高い。

 大ジャンプをしても及ばない天井に、老司書はどんな悩みをぶつけているのだろうか。


「しほうしけんに合格」

 今日ダイを司法院に案内した夜警隊員のカラスコが、その試験を度々受験して不合格だったらしい。

 結構難関のようだ。


「ああ。司法試験合格者とは基礎が違う。それに夏期休暇で助言者はいない。でも、一年に二回は審議をしないと判事の資格剥奪だ」

 口元を真っ直ぐにして驚きを表現するダイ。

 判事でなくなると、フッフは定年で資料館から立ち退かなければならなくなると察したようだ。


「どーしたものか」

「ねぇフッフ判事。お持ちのファイル、ちょっと汚れてますよ。磨かせてください」

「あ? お前さんもの好きだな」

 フッフも、ダイが申立書に興味がありありだとはわかっていた。でも、なんと賢い子供だろう。見せて下さいではなく、ファイルの汚れを取り除く言い訳をするとは。


「ゆっくりとキレイにしてくれ」

 今度もダイは言葉はない。フッフと自分のために素早くファイルを通読しなければならないのだから。


「これ、ガボン高等判事はご存知の案件ですか?」

「あ? いや。多分、読んでないんじゃないのかな。推測だけど」

「そうですか」

 またファイルとにらめっこするダイ。


「ああ。これ簡単ですよね」

「そ、そうなのか?」

「フッフ判事はご面倒なだけですよね」

 頷いて同意も首振りで否定もしないフッフ。



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