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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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この石盗まない?


「でも、ナピさんは舞台袖にいたの?」

「いたの?」

 ダイはずっと舞台袖で髪留めを盗むタイミングを狙っていた。だから、ナピが来ていればわかると考えていたのだけど。


「あら、じゃあダイ君、ミカ嬢」

 ゆっくりと席を離れたナピが、とある場所に大盗賊兄妹を招く。


「ここに耳を当てて」

 劇場主の部屋には、天井から丸い管が突き出していた。ナピは兄妹をその不思議な場所に誘ったのだ。


「この丸いの?」

「そうよ。でもあまり厳しく耳を押しつけると痛いから気をつけてね」

「はい」

 それは、偵察兵やそれこそ盗賊団でも見張りならば日常的な動作。

 地面や壁に耳をそばだてて集音で近隣の様子を偵察する行動と全く同じなのだ。


「あれ、なんだか声がする?」

 驚いたダイが丸い管から離れる。

「ミカもミカもーーー」

 兄が驚いた事件とはなんなのだろう。ワクワクしながら耳を当てるミカ。


「だれかの声だよ、ナピさん」

「聞き覚えないかしら?」

 うーんと僅かに考え込んだダイは、素早く記憶の抽斗を明けた。


「あ、ズィロ座長だ」

「正解。これはね、ペネちゃん」

「姐さん、気楽すぎ」

 今度はリリュが反撃。


「あら、そうね。ごめんなさい。ペネ判事から教わったの。丸い管は音を通すのよ」

 これは伝声管の応用だ。

 まだ一般には普及していない科学の道具を、この鷲と白鳥一座は物珍しい道具を導入したのだけど、そんな長々しい背景はダイにとっては、どうだろう。


「よくわかんないや」

 やっぱり。


「でも、これってこの前、オークの巣を見つけたアイデアと同じだね」

「オークの巣?」

 地方巡業の旅をしていたナピは、数日前のダイのお手柄を知らない。王都近隣に違法に潜伏していたオーク族の隠れ家を摘発する案内をダイは実施していた。

 そして、既得権で万事強引に裁断したのが、ペネの弟のパウロ判事だ。


「あら、そうなんだ。ダイ君は賢いのねぇ。ねえベルリナーのお嬢様」

「別に」

 そっぽを向いて膨れるマーサ。


「だってこいつ大盗賊だもん」

「そうさーー」

 マーサの皮肉は、またしても素通りされた。


「だからさ、王者の石なんていらないんだーー」

「いらないよーー」

「王者の石って、リリュに求婚した、あの?」

 目を大きく見開いて妹分に確認するナピ。


「あの」

 あっさり自白。


「もお。お断りしたかったら自分で断りなさい。仕方のない子ね」

 小さく拳骨を握るナピ。


「ねぇマーちゃん」

「あんた」

 そこまで怒って、またナピに教育的指導されるのが面倒なのか口を閉じるマーサ。


「この石、盗まない?」

「なによ、それ」

「だって王者の石だよ。おれ平民だし、でもマーちゃん子爵令嬢なんだから、ぴったりじゃない」

「知らない」

 それから、このお茶会ではダイとマーサはお互い顔と目を合わせなかった。


「あらまあ」

「そうねぇ」

 ナピとリリュの笑いの意味は、多分永久にダイには理解されないんだろう。


「じゃあさ。ナピさん、ごちそうさま」

「ごちそうさま」

 元気に席から降りる盗賊団兄妹。


「はい、またいらっしゃいね」

 ナピは着席したまま手を振る。


「さよーーならーー」

 お茶会主催者のナピに手を振り返すミカ。


「はい、さようなら」

「さよーーならーー」

「ミカ、なに顔見ないであいさつしてるんだよ」

 挨拶の角度が違うぞと妹の背中を押して揃ってお辞儀にする兄のダイ。


「いいのよダイ君。またねーー」

「……帰りましょう、ダイ。ミカちゃん」

「ああなんだよ乱暴だな」

 マーサはダイの襟首を牽引する。兄が動けば、妹のミカは手を振り振りしながら退出する。


「あれで二人共忙しいんだから」

「マー……マーサちゃんも?」

「まあねって、あんた。ちゃんとマーサって呼べるんじゃない」

 時代が時代なら中指でも立てそうなマーサ。


「怒るなよ。お互いに決闘した仲じゃないか」

 マーサたちは完敗したね。


「あんたねーー」

 普段の全身真っ黒な修道女スタイルじゃない。町娘役の年季が入った色褪せたブラウスの袖をまくるマーサ。そりゃ禁止している略称で連呼されたら怒りゲージは限界点を突破してもおかしくない。


「じゃあ私怒ったから」

「から?」

 どうしてマーサオネエちゃんが怒っているのか意味不明なミカが復唱する。


「この石は強奪してあげる。カッコいいわねーー。大盗賊が盗まれるなんてさ」

 ダイの腰ベルトに革袋包装で挟んでいた王者の石を抜き取る。


「あーそうだねーー」

「え?」

 けろっとしたダイ。


「だってマーちゃん、勝手決闘フェーデの達人だし」

「し、しっ」

 マーサとカノッサ勤労女子修道院のグループ、『猫の足音団』がフェーデ。名誉回復に名を借りた金品恐喝の常習犯だったと知っているのは、鷲と白鳥一座の関係者ではダイだけ。敢えて追加すると一座幹部と親しいペネとパウロ姉弟、つまりマーサとしては隠したい黒歴史なのだ。

 因みにミカは一座にはほとんど関わっていない。


「ああ、ゴメンじゃあ。この王者の石でマーちゃんの名誉が回復した証拠になるわけだし」

 朗らかに手を大振りするダイ。自称大盗賊で盗賊団の頭だ。


「じゃーーねーー。マーちゃん」

「マーねーーちゃーーん」

「さよならミカちゃん」

「じゃーーねーー」

 なぜかマーサのお臍辺りに視線があるミカ。


「だからミカ。どこ向かってあいさつしてんだ?」


 腫れ物か憑き物が取れた明るさでマーサから離れてゆくダイとミカ。


「こ、この」

 そんな捨てゼリフだか負け惜しみをマーサが呟いた頃には、兄妹は愛馬とうちゃんの背中に揺れれていたとか、いなかったとか。




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