頭は、どっちのマーちゃんが好き?
「ねぇ頭」
「なんだよ。ミカ、いいアイデアがあるのか?」
しゃがんでいるミカ。ほとんど舞台の板張りにペタンしている。そのひらべったい妹の上に載っている兄。
「まーオネエちゃん、今日もぶたい?」
アイデアじゃなかった。やや気落ちするダイ、自称盗賊団の頭。
「そりゃ見ればわかるだろ」
見てわかんないからミカは質問しているんだけどね。
舞台袖のミカと、今日はその他の配役になっているマーサとでは距離があるし舞台用の化粧は、目鼻立ちや役柄を暗示しているから、正直どぎつい。
「マーちゃんどこ?」
ミカはわからない。
「そりゃ、おれたちと反対側の奥の、ほら。町娘の格好だよ」
でもダイはわかった、マーサを発見したらしい。
「まちむすめ?」
「うーーーん」
身体を逸らして劇場の天井を観察するダイ。
話しも横道に逸れるけど、ダイはこの劇場の上部の光景、嫌いじゃない。だって大人が楽々待機して真夏に雪を降らせたりする梁や緞帳──つまりお芝居用の何種類のも幕が上がり下がりするのは、何となく面白い。
「いつものマーちゃんじゃないってことさ」
ダイとミカには、見習いだけど修道女の全身黒衣のマーサがいつもの姿なんだ。
「ふぅん。頭は、どっちのマーちゃんが好き?」
「そうだなぁ」
頭をそして腰に隠している『王者の石』をイジるダイ。
「足踏んだりあかんべーーしなきゃ、どっちてもいいよ」
ダイ。大盗賊らしいけど、その正体は八歳児なのだ。ミカがマーサがスキなのかと尋ねたら、素直に答える。照れ隠しもウソっこでも嫌いとは口は滑らない。
もっとも──作戦がスベる可能性大なんだけどね。
「あれあれあれ」
思わず両耳を隠したくなるくらいの大拍手。
ダイは驚いた。
「どしたの、頭」
「うううん。おれが書いたシナリオじゃないな」
国王陛下御覧の一座『鷲と白鳥一座』の超絶人気は、リリュやソシア、そしてキクヌスの人気だけではない。洗練された筋立て、つまりシナリオの評価も高い。
但し、そのシナリオの素案や下敷きの脚本はダイが関係している事実を知る人間は、一座の幹部などひと握りなのだけど。
一座を支える柱でも、リリュのメインは踊り。
だから、セリフも踊りながらになるらしい。
風のように軽々と身を翻しながらよく通る声が劇場を支配する。
『ねえ、聞いて!』
お芝居はクライマックスに突入しているっぽい。
最低限、筋書きにない登場人物であるダイの乱入のスキが生まれた。
『『言いなさい、自分で好きなだけ』』
役名のないその他扱いの座員たちの掛け声。
『そう……もう春から秋へと季節が巡ってしまったのね』
シナリオだか筋書き。ともかく今回は舞台に関係していなくても、ダイは一座の傾向と対策は把握している。
『あの人と出会ったのは森の中』
「ふぅん」
「頭。マーちゃんとも」
ダイとマーサの初対面も森の中。
名誉回復決闘、フェーデを偽装して道々の通行人を脅したりしていたテオやマーサをダイがスリングで奇襲。撃退する派手な馴れ初めの関係なのだ。
「昔のことはいいからさ。おれの予想だと、この後が」
八歳、九歳でも大盗賊。
だから、〝お勤め〟を最優先する。
どんな設定のお芝居なのかわからないけど、ダイの予想だとそろそろ乱入の好機だ。
大陸随一の踊り子だって動きが止まったり、小休止する時もある。
舞台の筋立て次第で退場する可能性もある。
「そうなんだ。ねえねえ、ソシアおねえちゃんが、きれいだよ」
『鷲と白鳥一座』の人気三本柱の一人がソシア。
大陸随一の美貌の歌姫の誉れ高いソシアだけど、司法院のクマや食欲の権化などと陰口を叩かれるパウロの恋人を自称している。
「あの人は基本綺麗だよ」
ミカの言う綺麗の意味とダイの綺麗では意味と重点が違うんだけどね。
「あれ、頭」
リリュの動きが止まって、しかも跪いた。
それと同時にぐぐっと足を舞台に進めそうな妹を制する兄。おっと失礼、今は大盗賊。
「待て、もう少し待て、ミカ」
舞台は進行中。
リリュの独演が開始されている。
『この困難を乗り越えなければ』
細かい舞台の用語とか小道具はダイの関心にはない。
でも、舞台は照明が落とされた。石炭ライトが当たっている踊り子を除いて真っ暗なのに、ガヤ。名前を与えられなかった端役たちはぞろぞろと跪いた踊り子の周囲を歩いている。
「ようし」
半袖半ズボンなのに腕まくりをしたダイ。雰囲気でわかったのか、妹のミカも真似っ子をしていたと補足をしよう。
「頭?」
「今だ」
もちろん。
リリュの髪留めを奪って『王者の石』を押し付けるチャンス。
そう狙ったリリュの罠。