大盗賊のこだわり
『鷲と白鳥一座』。
現在は劇場主を勤めているガッペンが実質成長させた劇団で、厳密には彼は二代目座長である。
公認情報になったけど、幼馴染で夫人のナピことキクヌスと一座の実力と人気を充足させ、常設小屋を建設するに至った。
まるで自分たちがお芝居の主役のような物語を経験している。
一座が成長する中、固定所属がなかった踊り子のリリュが参加。
座長交代の時に骨折ってもらったペネの紹介で座員になったズィロとソシアが人気劇団の地位を確立する柱になった。もっともズィロは役者としてよりも、経営と脚本の方面で一座を支えている。
通常──。
常設小屋や劇場を保有していても楽団を抱えている劇団は少数だ。ほとんどは手の空いた座員たちが楽器や合唱をする。でも、鷲と白鳥では、専門の勉強をした演奏家を擁している。これも、ガッペンとズィロが非凡な経営手腕を持っていた証拠になるだろう。
「さーーて。今回もセリフは一字一句厳密じゃないから落ち着いてね」
「お姐さん、嬉しそうですね」
着飾ったマーサ。正式名称は、ベルリナー・マルグレーテ、十二歳。数年前までは子爵令嬢だったけど、街道で恐喝を仕掛けていた、プチ不良少女。
マーサと似た境遇の子女を集めたのがカノッサ女子勤労修道院の構成グループ、『猫の足跡団』。なお、マーサは猫の足跡団の首領ではない。副首領だ。
「いやぁ。さすがホンモノのお嬢様は違うね」
町娘の服装をしたテオ。この口と手癖が悪い少女が不良猫たちの首領だ。
「やな言い方しないでよ。テオ」
「そうでもないっしょ。ほら、このピンと跳ねた髪の毛なんて」
マーサの付け髪、つまりカツラをぐいぐいするテオ。
「あんたが本物の魔女っぽいよ、テオ」
「ご謙遜、ご謙遜。それにさ」
マーサに耳打ち。
「今日もまた、来るんだろ。あの生意気なダイ」
「さあね。来たら、一発殴ってやるんだから」
着慣れない衣装で落ち着かないマーサ。全身が真っ黒なのは、見習い修道女も同じなんだけど、漆黒のドレスだし生地がゴワゴワしているのが元お嬢様には辛め採点になる。
「じゃあさ。出番だからね。ああ、テオ。あんたも役はちゃんと勤めてね」
「はいはい。ちゃんと、出演料を頂く分は、お仕事しますから」
マーサはあかんべー。テオは親指を下に向けて、それぞれの挨拶を済ませる。
「ったく、ダイのヤツ。のこのこ出てきたら、どうしてやろうかしらね」
なんだかグタグタな呟きを残して舞台の上がるマーサ。
「ねぇ頭」
小声でミカが呟く。
カナーノ兄妹は全く偶然、マーサとテオとは反対側の舞台袖に潜入していた。
「しっ。舞台がお芝居がはじまったぞ」
演技中の方がどさくさに紛れてお勤めが可能。でも、それってメイワクじゃないのかな。
「どうしようっかな」
まだ八歳の盗賊団の頭は思案に暮れる。
『鷲と白鳥一座』は三本柱でがっちり支えられている超絶人気劇団だ。だから常設小屋を持っている。
「ねぇソシアオネエちゃんが歌っているよ」
「ああ」
劇団が拡大を始めた頃は、『癒しの歌い手キクヌス』の称号を戴くナピが牽引していた。でも現在は若手のソシアが一番人気。
「あの人もサボらなきゃなぁ」
もっともソシアがサボる云々はズィロの受け売りで、三代目の座長は三本柱の内、先代座長夫人でもあるナピ以外は一日中目を光らせている。息が詰まっているからソシアは自称恋人のパウロの元に出かけるのだけど、そこまではダイは劇団に踏み込んでいない。
「きれいねぇ」
「だってあれ、衣装だぞ。毎日あんなじゃないぞ」
今回のお芝居はダイは関与していないから、ソシアの役どころを知らない。でも装飾品のない、唯純白のドレスに包まれた歌姫は、輝いている。
「ミカもあんなの、着たいのか?」
「うん」
頭を天辺から舞台の床まで激しく上下して妹は同意する。こんなところはやっぱり女の子なんだろうか。
「まあ着るくらいならリリュさんに頼めばなあ」
「でも、今日はお勤めでしょう?」
ソシアが、そしてリリュが舞台で輝いている。二人の周囲を他の座員たちが支える、そんな感じだ。
「うーーん。これからどうやってこのジャマな石を返そうかな」
「楽屋に置けばいいんじゃないの?」
「それだとまた」
貴族のプロポーズの贈り物だったそうだけど、その割に見栄えもなくこれと言ったスバ抜けた美点もない王者の石。リリュにも重たいだけなんだろう。
「押し付け合いになるから。それに『予告状』だと髪留めとの交換だし」」
「ふぅん」
「お、おい。なんだよミカ」
ぺんぺんぺん。ミカはワンクッション革袋に包んでいる王者の石を叩いた。
ダイだって同じだけど、ミカにも綺麗じゃない石でしかない。
「重しがほしい人にあげれば?」
「それじゃつまらないじゃないか」
その半端なこだわりが、問題を面倒にしているんだけど。
お芝居は進行する。