貴女の首根っこは抑えている
「ダイ」
馬車の窓から、あかんべーーをするマーサ。
「なんだよ、マーちゃん」
「だからマーちゃん禁止って何万回言わせるのよ」
ダブルあっかんべーのマーサ。
「だからまだ十回くらいだよ」
「私は特別だから、一回で千倍なの」
「どんな計算です、乙女。それから喧嘩は不許可ですよ」
ペネが忠告するけど、おこちゃまのケンカがそうそう収まるものでもない。
「ったく、ガキだなぁ」
「少年もその行為は控えなさい」
お返しあっかんべー。
「おっ」
「貴方は無関係ですから、お下がりなさい乙女」
他人のケンカなら大歓迎なテオを車窓から引っ込ませたペネ。
「少年。貴方も下品な行為は不許可です。ご身分を弁えなさい」
あかんべー合戦に堕ちるカノッサ修道院の径。
「そっちが先にしたんだから。知らないよっ。じゃあねーー。まー・ちゃ・ん・」
「ですから」
「ダイ、怒ったからね」
ダイとマーサのダブルあかんべーで本日はお別れになりました。
「もう。どうしましょうね」
腕組みして客室の天井の模様を確認するペネ。貴族のそれと違い、司法院の馬車は無骨で装飾性は微塵もない。
「んだら、おわかれがすんだな?」
「「あ?」」
愛馬とうちゃんに乗って立ち去るダイと交代して、車窓にはパウロの顔。
「すんだな?」
もうトレードマークだ。顔半分くらいのにんまりとしたパウロの笑い顔が、ダイとマーサのおこちゃまな感情に芝居されていた車内の空気を吹き飛ばす。
「いくで」
パウロが馬の尻でも叩いたのか、前触れ。少なくても御者の合図や鞭音なく動き出した馬車。
「さ。〝いつも通り〟になさい。乙女たち」
ダイたちのケンカを制止できずプリプリしていたペネもすまし顔になる。
「はい」
最年長者のテオは返事をしない。代打でマーサが返事した。
がらがら。
司法院の馬車は、護送に使用する事例もあるので、堅牢な構造になっていて、揺れは厳しくない。
「ねぇ」
「しっ」
「ねぇ白ひげったらさ」
猫背ことボリトス・エリザベート。彼女の実家が王室御用達の看板を剥奪されたのは、ダイが原因なのだけど、その真実を知らない十一歳の少女だ。
「なによ」
お喋りをしているとペネに怒られちゃうと猫背の問い掛けにノラないマーサ。
「あのデカ判事だけど」
パウロのことだ。
「弟、失礼。パウロは司法院判事ですから正門前までは立ち入りを許可されています」
「あ、そうなんだ」
一瞬で疑問が解決してしまった猫背。
「まだ女性の正規判事は小官だけなので、仕方がありません。それに護衛も兼ねていますから」
「へぇ」
「あの、ご姉弟でペネ、パウロと名乗っているのは同じ姓だと混乱するからですか?」
「はい、ご明解です」
マーサの質問に、にこりと笑って応えるペネ。
「ってかさぁ。あのデカいのに仕事頼みたくないけどね」
「乙女」
予測した口撃だったのか、感情の荒波の気配がないペネ。
「あれで護衛の力仕事以外も役立ちますよ。あの子は夜警隊の専任判事ですから、フェーデ被害も詳細を掴んでいますし」
フェーデ被害の把握。
それは、貴女の首根っこは抑えている婉曲的な警告だった。
「あ、そ」
でも勝気さを崩さないテオ。
「大人の言質に後ろ手を廻しながら応えるのは感心しませんね。お控えなさい」
でもテオの反応や動作の修正はない。
「お控えなさい」
「わかった、わかりました」
二度の忠告で折れたテオ。カツアゲの常習犯だった猫の足跡団の首領だ。
カノッサ勤労女子修道院をペネ・パウロの姉弟判事が訪問するのは二度目だった。
最初はマーサの土地相続訴訟の再開を通知するために。今回の二回目は、そのマーサを送り届けるために。
「外泊の理由は昨夜の書簡を含めて承知致しました」
フェーデを仕掛ける不良少女たちが恐れる舎監が、鉄門を閉じたまま応対している。
「それでは、外泊の件は不問にすると約束致します」
「お心配り感謝します」
ペネが深くお辞儀をすると、地面につむじが届きそうだ。




