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陰影に彩られし緑の夜

作者: ラピの泉

挿絵(By みてみん)


ある街に ファインという少年がいた


両親との3人暮らし

一家は 北欧の国に暮らしていた


父親は家具デザイナー

母親はテキスタイル・デザイナー


共に 将来を嘱望されるデザイナー


長い冬が続く北欧

必然と 家の中で過ごす時間が増える中で


壁紙やカーテン 部屋を明るく彩る

カラフルな 家具やデザインは この地に欠かせないもの


そんな仕事をしている両親が

ファインにはとても誇りだった



ある寒い冬の夜

ファインは1人 留守番をしていた


まだ電気があまり 普及していない時代

ファインの家は ランプとロウソク

そして リビングに設置してある暖炉で 明かりを確保していた


ファインは ロウソクの明かりをランプに灯す


その周囲にだけ落ちていた 暖炉の明かりは

ランプによってもたらされた光で 部屋全体を照らした


「・・・今日は 大粒だ」


ファインは 窓の外に光を反射する 大粒の雪を見た


「父さん達 早く帰って来ないかな」


小さくため息を付き 外を見る


―――あれ? こんなに分厚い雲なのに・・・変だな―――


空に明かりが見えた気がした


―――こんな雪の日に 月なんて・・・―――


そう思いながらも ファインは窓に駆け寄り 空を仰いだ


空には 光の輪をまとった

緑の月


分厚いはずの雲を ぼんやりとした 妖艶な光が照らす


「不思議・・・あんな色の月 見たことない」


月が 雲を晴らす


きれいに月を覆うように 雲が流れ動く


妖しくも美しい月が その姿を現した


その時 ファインは部屋の異変に気付く


ランプの明かりに照らされ

部屋に落ちた影が 異様な動きを見せた


「!?」


一瞬 気のせいかと頭を左右に振る


閉じた眼を開き 部屋を確認した


ランプの炎に揺れて 影が揺らめく


「なんだ 火が揺れただけか・・・」


そう思ったのもつかの間

すぐさま考えを改める


―――・・・火が揺れた!? そんなはずない 

だって火は ランプの中にあるのに 風で火がなびくはずない!―――


『・・・ご名答』


「?! だれ!?」


ファインは 部屋を見渡した


「誰かいるの!?」


―――・・・待てよ? 僕はさっき感じた違和感を 口に出していない なんで? 

さっきの声の主には 僕の心の声が 聞こえたの?―――


『なかなか賢い子だ

君のご両親も さぞかし誇らしいだろう』


また考えを読んだであろう 声の主は

ランプが作り出す 物体の影の動きに合わせて

その姿を 形どっていく


「なに? 君は・・・なんなの?!」


ファインは 恐怖と好奇心の入り交じった

不思議な感覚で尋ねた


『ワタシ? ワタシはカゲ・・・

光によって生まれ

光りなくしては 存在出来ぬモノ』


「・・・カゲ?

モノに落ちる あの?」


『物体そのものに落ちる陰

光によって 物体の形が 壁や地に落ちて出来る影

どちらもワタシだ』


「・・・真っ暗闇も?」


『アレは たんなるヤミだ

光がなくとも ヤミは存在する』


『闇の中に 闇は出来ないが

カゲの中には また別のカゲが存在する』


「?どういうこと?」


ファインには 言っている事の

意味がわからなかった


『ひとつのカゲが出来

違う方向から また別の光源があれば

カゲはふたつ 出来るだろう?』


声の主は 部屋にある ランプと暖炉という

ふたつの光源を利用して

カゲを操る


『別の ふたつのカゲが重なれば その重なり合った部分のカゲは

より濃く より深くなる

カゲと闇は 似ているようで 全く異なったモノだ』


「・・・なぜ 君は現れたの?」


『この北欧の地には ある伝承がある』


―――緑の月によって もたらされた虹 照らす夜

この地のカゲに 命の息吹 吹き荒れる―――


「つまり・・・ カゲに命が宿るって事?」


『そうだ 聞いた事は なかったようだな

なにせ 古い伝承だ』


「・・・どうして 僕の前に現れたの?」


『さぁ どうしてだろうな

君自身で 考えてみるといい』


「僕を・・・食べるため?」


ファインは 恐る恐る尋ねた


『?! ふふふ

ははははっ おもしろい!


君は 本当に賢い子だ

ワタシが姿を現した理由


君の前に 現れた理由を聞いてくる

君のように賢い子は初めてだ!


そうとも 君をとって食い

君になりすます! そのために来た!』


「・・・・・・っ!?」


カゲは部屋全体に広がり

飲み込もうとするように ファインを覆う


『・・・と 冗談はここまでしておこう』


「え? じょ 冗談?」


張りつめていた空気が霧散し

間の抜けた声で聞き返す


『君をカゲに引きづりこんで 食うなんて事も

ましてや 君に成り代わるなんて芸当も

ワタシには出来やしない


そんな事をすれば 

ワタシはワタシでなくなってしまう


わたしのアイデンティティを

自ら破ったりしないさ』


「・・・驚いたぁ

じゃあ ホントに君は 何のために

ここに現れたのさ?」


『それは 君自身で考えろと言ったろ?

ま そのうちわかるさ


君は・・・ワタシを恐れないのか?』


「恐れる? なぜ?

君は僕を襲わないんでしょ?」


『なぜ? 得体の知れないモノが

突然 目の前に現れたんだ


驚くなり 叫ぶなりするのが普通だろう』


「正体は判っているよ 

君は 自分で名乗ったじゃないか」


『だが それでも 

普段は自在に動き しゃべりもしないモノが

君の前に現れ 

君と 話をしている


恐怖しないのか?』


「そりゃちょっとは怖いけど

君は それ以外 何も出来ないんでしょ?」


『そんなことはない

たとえば・・・』


カゲは モノに宿っていたカゲを切り取り

違う形を形成していく

「わぁ これは・・・草原?」


部屋の壁に 草木が覆い茂り

小鳥が飛ぶ


『まだまだ 序の口だ』


ウサギが跳び 草村や木々が

ざわざわと 音を立てて 風に揺れる


「すごい! 僕まで

風に吹かれているみたいだ」


『他にもあるぞ』


カゲは形を変え 樹木がその造を変える


草原の時とは打って変わって

大きなカゲが 動き出す


「あ!キリンだ あっちはゾウ

バッファローまでいる」


アフリカの大地だ


ジャッカルの群が移動すると

それを追ってライオンが 狩りを始める


今にも 地響きが伝わってきそうなリアルさ


「すごいや! 真っ黒なカゲなのに

まるで 本物みたいだ!」


『本物さ 本物のカゲを

水平に写し取り その動きをそのままさせている


リアルで当たり前


さぁ次はどうだ?』


カゲがゆがみ 部屋全体を覆う


波がうねり 先程とは比べモノにならない程

巨大なカゲ


悠然と泳ぐその姿に

自然の神秘と偉大さをたたえて


「・・・これは―――」


『クジラだ

初めて見るか?』


「普通の人は 見た事ないでしょ?」


『はは そうだな 滅多にお目にかかれない

雄大で それでいて 美しい』


波間に 大きな魚群のカゲが横切る

フワリとしたクラゲに 海草 サンゴ


部屋の中に 凝縮された

海の生態系が 再現される


「すごく キレイだ」


『君はとても素直だな ファイン』


「あれ? 僕 君に名前を言った?」


『君の事は知っていた

ずっと以前から』


「どこで?」


『どこで? それは愚問だ

空気でもない限り 何にでもカゲは存在する


ワタシは ドコにでも存在し 

そのモノと 常に共にある


君は ワタシを大切に

愛しく 想っていてくれたはずだ』


「僕が・・・君を?」


『そう お父さんやお母さんの

デザインを通じて』


「あ・・・そうだ

僕は 父さん母さん達のデザインした

家具や作品が好きで


そこに降りる たくさんの色んなカゲとの

コントラストが好きなんだ」


ガラスを通して

淡い色と光を帯びたカゲ


空間に 家具を魅せるカゲ


どれも ひどく美しい


「だから 僕はあまり君が怖くなかったんだ・・・」


『そう 普段から慣れ親しんでいた|存在≪もの≫だからね』


言ってカゲは 普段と変わり映えのない形へと戻っていく


『さあ 子守りはお終いにしよう

もうすぐ 君のお父さんとお母さんが帰ってくる』


「子守りって 僕はそんなに小さくないよ」


『けれど いつもより帰りの遅い二人を待って

寂しかったのは 事実だろう?

二人も 君を心配していた』


「お父さんとお母さんが? わかるの?」


『彼らもワタシを 愛しく思ってくれる者達だからね

だからワタシも 彼らを愛していたし 彼らの力になりたかった』


大雪の中 人の足音が外がら聞こえてくる


『僅かな時間だが 退屈しのぎぐらいには なったかな?』


「すごく楽しかったよ!」


『なに 寝る前の絵本の読み聞かせ程度のことさ』


もうカゲは声だけで その姿を揺らめかせることはない


『さあ 笑顔で二人を出迎えておあげ

それがなにより 二人を安心させる』


「ありがとう また遊びに来てね」


『いつでもそばで 見守っているよ』


それきりカゲの声は途絶えた


僕は近づいてくる足音に合わせ 扉を開く


「お父さんお母さん おかえりなさい

今ね すごい事があったんだよ」


ファインは毎夜 ベッドで両親にカゲについての話をした


二人の温かな作品に囲まれて 

以前よりも カゲにより親しみを感じながら

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