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暗殺者の転職ほど、難しいものはないと思うんだが………

作者: 高月怜

弟がハローワークからもらってきた冊子を見て、思いついた短編です。一般人でも大変なんだから暗殺者はもっと大変かも?


疲れた方にホッコリ笑って頂ければ幸いです

ー井上一美 30歳 独身 彼氏いない歴3年ー

…な私の職業は日々、暗殺組織で再就職の案内をする事。



「和泉くん!!……ど、どうしてこんな事の書いたのよ!!」


只今、机に突っ伏して涙目で目の前に座る二十代前半の青年を詰っているのが私。


「書かなかったら、和泉くんの容姿ならちょっとお行儀よく困ったように微笑めば一発合格だったのよ~!」


どこの悪徳商法だと言われそうな発言をしつつ詰る自分の前にいるのはスーツを着なれていないのかソワソワとしているー藤堂和泉くんーだ。御年21才の現在転職切望中の暗殺者。


「だいたい特技欄に“暗殺”なんておかしいでしょう!なんで、私に相談してくれなかったのよ!」


まず間違いなく一般人なら選ぶことを躊躇う特技と呼ぶには物騒な技能を恥ずかしげもなく特技と書いてしまう時点で彼の今後の転職活動が難しいことは明白。それでも指摘しないといけないのが私の居る再就職斡旋事業課職員の使命だ。その指摘にもさっと青年が恥ずかしげに顔を染める。


「………すいません………面接に行く3日前から仕事が入ってしまったので…………どうしても…これなくて………じ、自分で必死で考えたんですが………僕に誇れるものって思ったら暗殺ぐらいかな………と思って」


「………………………………………」


その本当に恥じ入るような姿に遠い目をする。和泉くんと出会って約半年。彼の整った容姿とまだましな受け答えにこれなら早々に再就職先が決まると高を括っていた私の予想に反してこの問題児はやらかしている。


ー断言してもいい…ー


絶対に特技『暗殺』とか書く奴は再就職出来ない。それでも彼は再就職したくてこの半年ここに通いつめているのだ。そんな彼の熱意に私はひとしきり現実逃避するとにぱっと笑う。


「ま、仕方ないわ。次よ!次!」


目の前で“すいません………”と微笑む和泉くんの肩を力強く叩く。


「和泉くんが就職出来るようにサポートするのが私の仕事だから気にしない。じゃ、早速次の面接ね……」


そう言って傍らに置いてある分厚いファイルをバラバラと捲りながらこちらを伺う和泉くんにニコリと微笑む。


「でも、次は特技に暗殺なんて書いちゃ駄目よ!」


「はい!!」


今日も向かいあったブースの中で釘を指すと和泉くんがコクコクと頷いていた。





「あ~、和泉くんは私の中ではもうお会いしてない予定だったのに………………」


和泉くんとの面談を終えて自分の席に戻った一美ははぁ~と深いため息を吐く。本当に色んなお客様が暗殺組織の再就職課にはやってくるが………まず皆さんの疑問に応えたい。


ー暗殺組織にも再就職はあるの?ー


…………と。とりあえず、そんな皆さんに応えたい!暗殺組織にも再就職支援はあるんです。このネットで繋がった現代社会………光に満ちた大都会で人一人を処分するには非常に莫大な労力がかかるのだ。それなら暗殺者では食っていけない特殊技能者に再就職先を支援して、協力者という形で利用する方がよっぽどコストカットなのだ。路地裏で人を一人殺したら、死体の処理に情報規制など莫大な金と時間がかかる。そのため自ずとコストカットな技能をもつ暗殺者に仕事が殺到し、腕のない暗殺者は食いっぱぐれるという悲しい図式がこの業界でも成り立つ。どこの世界も弱肉強食。この図式のせいで一行に若い暗殺者が育たず少子高齢化の荒波に晒されているのはどこの業界でも同じだろう。


ー本当に色んな意味で世知辛い世の中だー


「はぁ………………………………」


そう現実逃避をしながらも再び和泉くんの書類に目を落とす。出会って約半年。最初は黒いパーカーにブラックジーンズで私の前にやって来たあの時を思い出せば今の和泉くんの努力が偲ばれる。見た目は就職活動中のスーツ姿で就職斡旋事業課に来れるようになっただけでもかなりの進歩だ。


「本当に色々あったわね………………」


和泉くんとの出会いは色々衝撃的だった。自分の横で強面の上司と向かいあって面談をしている姿を背後から“あ、イケメン………”と覗きこんだ事が最初の始まり。


「だいたい、藤堂くんは選任狙撃手っていう資格ももってるし………このままここにいても大丈夫じゃないかい?」


組織でも指折りの資格である狙撃手という特殊技能を持つ暗殺者の退職を防ぐために必死に彼の重要性を訴える上司を前に和泉くんが青白い顔で堅くなに首を振っていたのが印象的だった。


「狙撃手は成り手が少ない上にターゲットが来るまでは暑くても寒くても屋外で待機することが多いじゃないですか………ちょっと二十代ではやって行けても………三十代だと厳しいかと思って………先輩も若いうちに堅気の仕事に転職した方がいいって………」


必死な面持ちで訴える和泉くんを前に暗殺=肉体労働の図式が浮かび上がってくる。大事なことだから二回繰り返そう。


ー本当に世知辛い世の中だー


だが彼の杞憂も理解出来る。確かに………ライフルを抱えて何日間もターゲットが来るのを待つという点では労働時間に自由の利かない職種。だが………それでも彼はまだ仕事がある方だ。藤堂和泉と言えば若手有望株。そんな私の考えをよそに和泉くんが悲しく首を振る。


「何日もコンビニ飯か菓子パンなんて俺には耐えられないんです」


和泉くんの悲痛な訴えに私は思わず同情してしまう。


「井上?」


席を立った私を同僚が呼び止めるがそれすら耳に入らず、ふらふらと和泉くんと上司の向かい合うブースの背後に近づく。誰にも見られずにターゲットを待つ狙撃手は体を損なって退職する人間も少なくない。ターゲットを待つ間はまともな食事にもありつけず………高齢の狙撃手は皆、ハル○ケアのお世話になっているらしい。


ー将来、ナイスガイになるであろう和泉くんにハル○ケアは使わせないー


そんな職業意識の固まりだった私は上司を押し退けて食い気味に和泉くんに荒い息で迫る。


「任せて!私が貴方の転職を徹底サポートするわ!」


ドンとスーツの胸元を叩いて、そう断言した過去の私がいた。



ーそこからは苦労の連続だったー


「和泉くん、スーツを買いに行ってきて」


二回目の面談では黒いパーカーとジーンズ姿の和泉くんにスーツ購入を指示。


「和泉くん、履歴書買って来て!あ、写真も必要よ!」


「ま、待って下さい!メモします!」  


四回目の面談でようやくスーツ姿を拝めた時の指導に和泉くんは分からない事はメモするという事をようやく覚えてくれた。


「和泉くん、無理なら写真屋さんに行きなさい」


「で、でも」


七回目の面談では視界の隠れてしまう証明写真機が怖くて写真の撮れない和泉くんに写真屋にお婿さんに行った元暗殺者を紹介した。


九回目の面談で初めて履歴書の指導に辿り着いた。毎回決まり文句で彼の熱意が変わらない事を確かめた後、あんな物騒な履歴書があってたまるかと厳しく指導もした。


「まぁ、退職は本人の自由だからね。じゃあ、書いて来た履歴書見せてくれる?」


面談の度に変わっていく和泉くんの頑張りが嬉しくて履歴書を彼が書いたことがないという事をすっかり忘れていた。


「はい!!」


元気な和泉くんの返事にウキウキとして………そして狙撃手として引っ張りだこな彼がどの時間に書いたのか一職員では理解不能な履歴書………意外にも字が丁寧にかかれているものに目を通したのだ。


「いつも思うけど、字綺麗だね」


「ありがとうございます!」


今日一番の笑顔で和泉くんが頭を下げてくる。それを微笑ましく思いながらも来店九回目にしてようやく手に出来た履歴書に手はわなわなと震えた。


ーどこの世界に暗殺者として従業員を雇用する奴がいるの!ー


そんなそう突っ込みが思わず炸裂した履歴書がそこにはあった。志望動機が御社の経営理念に共感したと書かれているのに途中からいかに効率よくライバル企業の社長を暗殺するかについて語られても困る。


ー確かに清掃会社の就職先を斡旋したが暗殺組織は紹介していないー


ライバル企業の社長の掃除=暗殺について延々と書かれた履歴書をそっと机に伏せる。履歴書の志望動機がこんなに物騒なのはきっと世界中探しても暗殺者対象の職業斡旋所でしか目に出来ない筈だ。いつ見ても涙が端に滲む履歴書に心の中で涙を拭いながらもにこやかに口を開く。


「………そうだね………和泉くん………まずこれは履歴書じゃないよ………」


「え!」


本気で驚く和泉くんに生暖かく微笑む。


「暗殺を相手の会社に提案してどうするの?」


「え!ダメですか!一美さんの言うように清掃会社の経営理念を何度も読み込みました。その上で、徹底的綺麗にする精神と相手と切磋琢磨しながら成長する経営理念に非常に共感したので、てっきりどんな手段をもってしても相手を排除出来る所をアピールしようと思ったんですが!」


「和泉くん、物理的に排除したら外の世界では殺人罪に問われるからね」


そんな指摘に和泉くんが心外なという表情で断言してくる。


「一美さん、僕はバレるような仕事はしません!」


「とりあえず、世間一般では物理的に排除するなんて誰も求めてないから。書き直し」


「はい………」


落ち込む和泉くんを前に時間も差し迫って来たので釘をさしてさくさくと履歴書に目を通して行く。経歴は和泉くんが買った戸籍の情報が記載されてるので問題ない。


「あ、資格は普通車免許だけなの?」


暗殺組織とは言えども暗殺だけでは食っていけないので様々な資格を活かした仕事についている奴は多い。所謂副業だ。暗殺組織ではマイナンバーは関係ないので副業にしか税金はかからない。そんな疑問に問いかけるとしゅんと落ち込んでいた和泉くんがパッと顔を上げる。


「はい!後、専任狙撃手も書こうか迷………」


「うん!和泉くんは一般人だから普通車免許だけで問題ないよ………ってか………頼むから専任狙撃手なんて書かないで」


久しぶりの凄まじい問題児の青年に乾いた笑いを溢しながらもそんな履歴書の中で普通過ぎて異彩を放つ趣味に目を引かれる。


「………趣味は読書なの?」


「はい!いっぱい待ち時間があるので………」


「………………………………………」


笑顔で答えた和泉くんが何故転職したいのかを身を持って感じとると話題を広げる。


ー彼に一般人と会話する技術もつけさせるのも自分の仕事のうちだー


「どんな本を読むの?」


面接で聞かれた時にどう答えたらいいのかのを教えるマニュアル作成を頭にいれて問いかけると笑顔の和泉くんが口を開く。


「基本は『人間失格』です!」


「………………………………………………………」


和泉くんの満面の笑みに私の体から色んなものが滲み出る。


「うん………………そうね。悪くないけど、和泉くんの笑顔に似合わないから、和泉くんの愛読書は今度決めましょう。候補出して来てね!」


「え!!」


「和泉くん、転職したいんだよね?」


「今日から愛読書を探します!」


和泉くんの愛読書をキャラに合わせて決めるようにしようと思いながらも更に通勤時間をチェックする。人間失格は名作だが、彼の独自の価値観は再就職にはちょっと荷が思い。


「じゃあ、次は模擬面接に向けて頑張りましょう!」


「はい!!」


そんな和泉くんの元気な声を聞いたのは九回目の面談の時。


その後、合計12回の模擬面接を繰り返して面接に送り出したのに………。



今日も切なく残業する私の前から“お疲れ様です~”の声とともに一人、また二人と消えていく。


「………………ふぅ………………………………」


ここ半年の和泉くんとのやり取りを思い出して遠い目にもなるのを分かって欲しい。


「本当に暗殺組織の再就職なんて大変すぎるわ………」


自分は企業側から組織を手引きする隊員としてコミュニケーション能力を見込まれて二重にお給料を頂いていた暗殺組織のメンバーだった。年齢を考えてお給料の良い組織側に戻って来たがここまで暗殺者の再就職が難しいとは思わなかった。そう思いつつ、うーんと肩を伸ばして“よし!”と気合いを入れ直す。


「一つ駄目で当たり前よ!」


そんなに簡単に決まったら私の腕の見せ所がなくなってしまう。前回の社会不適合者の暗殺者にはヤクザの愛人というお仕事が見つかったじゃないか。ちなみに彼は非常に幸せそうだと伝え聞く。


「目指せ、再就職!」


拳を高らかに握りしめて、パソコンに向かう。カタカタとキーボードを叩きながら切に願う。


ー暗殺組織の再就職斡旋事業推進のためにー


どうぞ、皆さん暗殺者でも出来るお仕事ありましたらご一報下さい。

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