5話「送る」
「じゃあまた明日。」
「うんっ。じゃあね!」
「じゃ」
奏人が、朱莉と春貴に向けて挨拶すると、二人は玲架達に向かって返した。
玲架は、小さく顔の横で手を左右に降り微笑んでいる。
「気をつけてねー!」
朱莉はそれを言うと春貴の腕を引っ張って自分たちの家の方へ帰って行った。
「じゃあ…俺たちもいこうか。」
『うん。』
宇佐美さんは、薄い暗闇の中でもわかるように大きく頷いた。
なぜ、奏人が玲架と一緒帰る事になったかと言うとそれは…ドーナツ屋を出た時の事。
「あー食べた食べたぁ!」
奏人が会計を済ませ、店を先に出た朱莉をみると手を組み合わせて頭の上で伸びをしていた。
『美味しかったね。』
「うんっ!」
店の中から出た微かな光とオレンジ色の綺麗な夕焼けで宇佐美さんが書いた文字を見る事が出来る。
「朱莉、てめぇ人一倍食べて金払わねぇとはいい度胸してんな?」
「うわっ、なんか奏人キレテル?」
朱莉が恐る恐る聞いてきた。
「当たり前だ!って事で今度俺に何か奢れな?」
奏人が少し笑いながら勝ち誇ったような顔をする。
「はぁ!?意味わかんないんですけど!と言うかそっちの方が得じゃない!?」
「ったく、しゃーねぇ。今回だけ許してやる。」
ドヤ顔を作った奏人の顔は朱莉に苛立ちさをつくらせた。
「ウザッ」
「じゃあ金返せよ。」
「やだね〜」
「お前こそ、うぜぇよ。」
奏人が無邪気な笑みを浮かべた。
「あっ、からかってたでしょ!」
「さぁな。でも、俺がお前に奢る権利はないからな。半々だ。」
奏人は嘘だとわかる溜息をわざとついた。
「奏人って優しいか、よくわからないよね。」
「優しくないよ、こんなやつ」
「朱莉だけには言われたくねぇ。」
乾いた笑みを朱莉に向けた。
「朱莉と、奏人は昔から仲良しだよね。」
『そうだね。』
「ほんとほんと。」
春貴と宇佐美さんは笑いながら二人で意気投合している。
「二人は今日始めて話したとは思えない!」
朱莉がそう言ったあと誰かの携帯電話の着信音が鳴った。
「ごめん。私だ」
朱莉は、携帯をいじってから奏人達に言った。
どうやらメールだったらしい。
「ごめん、三人とも。私もう、帰らないと。」
朱莉が申し訳なさそうに、言ってきた。
「そうなのか?」
春貴が聞き返す。
「うん。」
「じゃあ俺、朱莉送って行く。」
春貴が、朱莉の前に立って奏人に顔を向けた。
「え?別にいいよ?」
「暗くなってきてるから。」
「あぁ、そうか。ありがとう。」
朱莉がホーム画面で時刻を確認してる時に春貴が奏人に言った。
「奏人は、宇佐美さんを送って行って」
「え?あぁ。」
『え!?いいよ。迷惑かけるだけだから。』
彼女が紙に書く文字も周りの暗さで見えにくくなってきた。
「迷惑じゃない。それに朱莉に春貴が着くのに宇佐美さんに男がつかないのは絶対おかしいから。」
「それひどくない!?」
「確かに朱莉はそこらの男子には負けないかもね。男子には。」
春貴が“男子”と言う言葉を強調して言った。
つまり春貴が言いたいのは、男子…“子供”には勝てても、高校生男子くらいの“人”には負けると言う事だ。
「あー、春貴も私の事、女として見てないでしょ」
「「……」」
朱莉は自分に関しては鈍感だ。
『朱莉ちゃん。帰らなくて大丈夫…?』
僅かな光で見える宇佐美さんの文字はいつも以上に心細く見えた。
「そうだった。じゃあ玲架。気をつけてね!」
そんな感じで今に至っている。
「そーいや、どこに住んでいるの?」
送るとは言ったものの住所を聞くのをすっかり忘れてしまっていた。
『○○駅の近く』
紙に書いた文字だと見えにくくなってきたと思ったのか、携帯で文字をうって奏人にみせた。その文字はとても眩しくてチカチカしていて、正直見えにくい。
「じゃあ、そんなに俺の家と遠くないね。」
『そうなんだ。』
文字は打っていなくても、顔を見ていなくても何となく宇佐美さんがそう言ってるように聞こえた。そして嬉しそうに笑っていたかもしれない。
「じゃあ曲がるところや違う道に行ってたら教えて。」
『うん。』彼女は頷いた。
うん?まてよ?本当にここでいいのか??
俺の頭は少し思考停止になっていた。
彼女の家は間違える事なく見つける事ができた。
それは、彼女の家がとても有名な一家として知れ渡っていたからもあったが(家を見つけて始めて知ったが)、それ以上に……近所だったのだ。
あの、ここだけ日本ではないような雰囲気をたたせている俺の家の近くにある豪邸な建物が彼女の家だったのだ。
“宇佐美 玲架”その彼女の名は、いつの間にか俺の人生を変えている…___。
閲覧ありがとうございました。