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プロのこだわり

 朝日が登り始めた頃。作物たちは一斉にその葉で朝日を一目見ようと起き上がる。その光景は、ただ作物たちが光合成をするために必要な光を求めての現象なのだが、こうも一斉に日と共に動き出すと眠りから覚めたように見える。圧巻ともいえる光景だった。

 そんな中、まだ成長しきっていない柔らかい葉を選びながら、フィンスは起き上がろうとしている葉の摘み取りをしていた。収穫の時期なのだ。少し時期が遅れてしまえば、葉は固くなり食べることも加工することも出来なくなってしまう。

 フィンスの手によって一つ一つ丁寧に摘み取られた葉はフィンスの腰に下がった篭の中へと入れられる。その篭の中身がある程度の量になると、フィンスはやっと葉を摘み取るのを止めた。


「おはようございます、フィンス様。今日も早いですね」

「おう、リーリエか。おはよう。お前も相変わらずだけどな」

「私はメイドですので」


 篭を持って移動していると、小さな家の近くでリーリエに出会った。今日もまた、彼女のカチューシャの横にはまるでそこに咲いているかのように生き生きとした色とりどりの花がつけられている。それを見る度にフィンスは花束のようだ、と感じていた。


「ところでフィンス様、その篭の中身は……?」

「ああ、これはソルトツリーの葉だ」


 ゆっくりと歩きながらフィンスは言った。

 ソルトツリー。その名の通り、塩の実がなる木である。その実を乾燥させてからすり鉢ですりつぶすと塩になるのだ。そのことは農業にあまり詳しくないリーリエでも知っていた。

 しかし、フィンスが今摘んできたのは実ではない。葉の方だ。一体なんに使うのだろう、とリーリエは不思議でならなかった。想像もつかなかったのだ。柔らかい葉であれば確かに食べられるのだが、しかしわざわざ葉を食べようとも思わない。

「なんだ、知らないのか」そんなリーリエの表情を見たフィンスが言う。そして少し笑って続けた。「じゃあ、今日は一日中付き合ってくれ。いいものを教えてやろう」

 そう言って立ち止まったのはサラサの家――となった泉だった。サラサとフィンスの二人で掘った泉は半径が二メートル程で、今日もその中央から透き通った綺麗な水が涌き出ていた。


「ん、フィン待ってたよー」


 水が涌き出ている真上にはサラサがいて、片手に桶を持ちながら手を振っていた。フードの中身は真っ暗であるため顔があるのかすら分からないが、どうしてか無邪気に笑っているように見える。これもまた不思議だった。


「もう準備は万端だよ」

「ありがとう、サラサ。それじゃあさっそくはじめるか」


 篭を置くフィンス。近寄ってきたサラサは、さっきまで水を汲んでいたらしく、水が入った桶を篭の横に置いた。

 その光景を見ながらリーリエは何が、とは言わない。答えは先にフィンスが言ってくれる。


「塩を作るぞ」

「実で作るんじゃないんですか?」

「葉っぱでも作れるんだよ。俺はこっちのほうが好きだな」


 言いながらフィンスはどこからか取り出した包丁とまな板でソルトツリーの葉をみじん切りにする。それはとても慣れた手つきだった。しかもリーリエよりも早い。メイドであるリーリエよりも、魔王であるフィンスのほうが包丁さばきに長けているとはどういうことなのか、とは今更言えない。

 あっと言う間にみじん切りにされたソルトツリーの葉は次にすり鉢の中に入れられてゴリゴリと擂り潰されていく。


「葉っぱで作るのと実で作るのじゃ違うんですか?」

「ああ、全く違うな。実で作るのは普通の塩だが……なんつーか、葉っぱだとシャキシャキしてる」

「塩がですか!?」

「野菜って感じだよねー」

「塩ですよね!?」

「あっさりしてるんだよな。これならいくらでもって思えるぜ」

「塩単体でですか!?」

「煎ったドクマメにかけて食べると最高だよー」

「塩……ですね……」


 リーリエの知ってる塩とは遥かに違うが、しかし知ってる塩と同じくれっきとした塩らしい。何がなんだかよく分からなくなりそうだ。

 葉を擂り潰し終わると、すり鉢の中身は緑色の汁と葉の残骸ともいえる塊になった。今度はそれを大きな鍋に入れ、そのあとで泉で汲んだ水をいれる。水の量は葉の残骸に比べてとても少なく、少し浸る程度だ。

 その鍋を今度は地面に置く。そこには、いつ準備したのかもわからない巨大な()()()が描かれていて、鍋はその中央に置かれた。


「魔法陣……?」


 流石にこの展開を予想していなかったリーリエは突っ込むこともできずにいた。鍋にいれたのだからコンロにのせて火にかけるとばかり思っていたのだ。火にかけて水分を飛ばし、それを何度も繰り返していくものだと。


「リーリエ、ちょっと離れてろ。危ないからな」

「いや、何をするおつもりですか」

「何って……水分を飛ばすんだよ。火にかけてな」


 嫌な予感がした。危ないという発言、描かれた巨大な魔法陣。それで火を飛ばすとなれば思い浮かべる方法はもう一つしかない。


「我、汝ら精霊を司り、汝ら精霊が我が身をもたらす

 炎は影、氷は瞳、風は言葉、雷は魂、光は脳、闇は我が身なり

 全てを統べる王にして、世界を屠る者、そこに在るは永遠なる虚無と刹那の幻

 世の輝きこそ我が魂の煌めき、世の終焉こそ我が魂の鼓動

 我が永遠の肉体と魂は世と共に、其れは飽くなき現を示す道

 母なる大地よ、今一度の産声を

 父なる海よ、永久なる希望と絶望を

 此処より紡ぐ滅びの歌よ、舞い降りし地で矢の雨を降らせ

 地獄より出でし終焉の業火よ、赦しと救いを灼き尽くせ――『混沌の招く焔舞(プロクス・シニスター)』」


 すらすらと流れるような詠唱。その先に待っていたのは真っ黒な炎と、それに包まれ焼かれていく先程の鍋だった。


「いつ見ても圧巻だよねー」

「塩のためにここまでします!?」


 全てを焼き尽くしてしまいそうな真っ黒な火柱を前に、サラサは呑気な感想を言い、リーリエはただただ驚愕するしかない。誰がこんなことになると想像できただろうか。誰が、この仰々しい魔術の末に出来上がるのが食塩なのだと信じるだろうか。


「ふむ――こんなものか」


 フィンスがそう呟くと、ようやく火柱が消えた。残ったのは丸焦げになった魔法陣の描かれた地面と、焼かれる前と特に変わったところはない鍋。


「なんで燃えてないんです!?」


 最強かよ鍋。とそれを見てリーリエは叫ばずには居られなかった。フィンスとサラサは「丈夫な鍋を用意して良かったなー」なんて笑っているが、そういう問題ではない。なぜ焦げ目一つついてないというのか。


「リーリエ、プロってのは火加減を誤らないもんだと俺は思うんだ」

「そういう問題じゃないと思います! っていうかなんのプロですか!!」


 その答えは返ってこなかった。

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