生まれ変わる気分で
直径、二千メートル。
高さ、八千メートル。
リーリエの家を中心に出現した世界樹の大きさはおよそその位であった。
あまりにも大きすぎるその樹は、魔王城の庭園に収まる大きさなどでは無く、むしろ魔王城などすっかり飲み込んでしまって、さらには周辺の森や魔物たちの棲家なども飲み込んで、人間側と魔物側の境界線上に悠々とそびえていた。
「どうにも妾には理解が出来ないのだが」
「俺もイマイチ呑み込めないっす。えっと……何がどうしてこうなったんすかね」
「ルゥもちょっとよく分かってない。どういうこと?」
「すまん、俺も理解できてない」
全員が目覚めた後でリーリエが一部始終を話したのだが、四人は頭を抱えて口々にそう言った。ちなみにサラサはこの場に居ない。一通り話を聞くと、どこかに行ってしまった。
「それでは、もう一度最初からご説明いたしますね」
すっかり今まで通りに戻ったリーリエは、困惑しながらも丁寧に事の一部始終を説明し始めた。
「まず、私がこの部屋でコメという作物を生み出したのが事の発端です。その後、私に対してして下さったことについては皆様の方がお詳しいですね。
皆様は、私に膨大な魔力を与えてくださりました。喪失していく魔力も無駄なく使用できるよう、この部屋の柱を使って魔力を循環させたのですよね? だから、魔力は実質私と、私の部屋に与えられ続けたのです。しかし、申し訳ないことに私の器では受け止められる量ではありません。ですので、この部屋が主に魔力を受け続けたのです。
大きな魔力によって、この部屋……いいえ、この家に使われた木々たちが成長を遂げることになります。家が進化したとでも言いましょうか。これはまあ、常識の範疇ですよね。お城を魔力で補強したり増改築したりするのと同じことですので。
問題なのは、私が新しい作物を生み出したこと。それから、皆様が私の命を救ってくださったこと。生命にかかわる魔法をこの部屋に使用したことです。それにより、世界樹となる条件が揃ってしまったのです。ここまではよろしいでしょうか?」
よろしくない。全くよろしくない。
既に理解の範疇を超えている。百歩譲って大量の魔力によりリーリエの家がちょっとグレードアップしてしまったという辺りは理解できたとしても、それが世界樹になってしまう意味がわからない。たとえ、条件が揃っていたとしても。
やがて、理解することを諦めたフィンスが深くため息をつき、ウルティが「じゃあ、続けて?」と続きを促した。考えることをやめたラクリィとユマは静かに話だけを聞いている。
「この家が世界樹になった副作用だと思うのですが、私自身にも変化がありまして。私に魔力を与えてくださった際に、私とこの家を繋げたと思うのですが、それが原因で私はこの世界樹の精霊になったようなのです」
精霊。
妖精よりもずっと上位で、世界にはほんの一握りしか存在しない。種族だけで言えば、ラクリィやフィンスよりも上位だ。
しかも、世界樹の精霊ともなれば、それはもう神様の次ぐらいの存在である。もうこんなところでメイドなんてやって良い立場ではない。
そんな事実をサラッと聞かされて驚かないわけもなく、四人は目をまん丸にして硬直した。理解するどころか言葉を飲み込むこともできない。驚きすぎて声すら出ない。
「……逆、だな」
そんな沈黙をどうにか破って、か細く声を漏らしたのはラクリィだった。考えることをやめていた割には真っ先に言葉を飲み込めたようだ。
「逆だ。家が世界樹になったからリーリエが精霊になったのではない。リーリエが精霊になったから、棲家が世界樹になったのだ。……まあ、どちらにせよ驚くことに変わりないがな」
そう言ってラクリィは諦めたように笑ってため息をついた。
実のところ、ラクリィが言っていることは正しい。
リーリエが受け取った魔力は、リーリエを花のフェアリーにしておくには膨大過ぎたのだ。故に、リーリエは進化せざるを得なかった。そうして魔力に見合った進化を遂げた結果、精霊にまで昇格してしまったのである。
精霊には棲家というものがつきものだ。そして棲家はその精霊を表すものでもある。リーリエの魔力を正しく表した結果、家は世界樹にまで成長してしまったのだった。
「それから……リーリエは世界樹であり、世界樹はリーリエのようなのです。ですので、私が存在する限り世界樹は存在し、世界樹が存在する限り私は存在します」
平たく言えば不老不死ってことになりますね、とリーリエは言った。その顔はどこか照れているようにも見える。フィンスと同じ、という言葉が脳裏に浮かんでいるようだ。
一方で、フィンスとウルティの表情は渋い。腕を組み、目を瞑り、眉間にしわを寄せて深く考え込んでいる。どうやら未だに状況が飲み込めないようだ。しかし、どう考えたって普通ではあり得ないことが起こっているのだから、さっさとラクリィやユマのように諦めて考えるのをやめればいいものを。難儀なもので、思考を停止することは出来ないようだ。
やがて、ウルティが深いため息と共に動き出す。頭の痛そうな表情で「三割ぐらいは理解した。うん、大丈夫」と呟いている。あまり大丈夫では無さそうだ。
「リリーが無事ならいいってことにしておくよ。他のことはこれから色々と調べて理解していくつもり。だから宜しくね、リリー」
「えっと……? はい、よろしくお願いします」
「どうせならしばらくルゥもここに住んじゃおうかなぁ。ねえリリー、この世界樹の中ってどうなってるの?」
にっと笑ってウルティは言い、リーリエはそれに首を傾げながらも微笑み返した。調べるという言葉に多少引っかかっているらしい。
ウルティが尋ねると、ラクリィとユマも反応をした。
「ん、それは妾も気になっていた。中というか、まずこの周囲はどうなったのだ?」
「あ、それなら俺も気になるっす。フィンさんの城とか畑とか、こんなにでっかい樹だしぱっと見飲み込まれてるっすけど」
そうだ。こんな巨大なものが出現して、周囲をすっかり飲み込んでしまっているのだ。これまでそこにあったものがどうなってしまったのか、気にならないわけもない。普通に考えたらただ単に根やら何やらに追いやられ押しつぶされ破壊され尽くしているだろう。となるとフィンスの畑は壊滅したということになり、それを知ったフィンスが目も当てられないほど落ち込むことが容易に想像できるわけだが。
「ああ、それでしたら」そんな恐ろしい想像を知ってか知らないでか、リーリエは明るい表情で言う。「世界樹中に全部ありますよ。えーっと……お城は最上層で、庭園はその下層です。お望みであれば階層を動かせますが?」
今度こそ四人は押し黙った。
凍った様な沈黙が流れる中、それをぶち壊す様に騒々しくとびらが開かれる。
「聞いて聞いて! すっごいんだよ!」
興奮した様子で部屋に飛び込んできたのは、どこかに行ってしまっていたサラサ。固まっている四人が目に入らないほど興奮しているらしく、ふわふわと部屋中を漂いながら叫ぶように言った。
「一階層から見てきたんだけどね! 樹の中に街があるんだよ! 樹の中なのに空も見えるし、フィンが作った畑も城も全部あるよ!」
本当に世界樹の中に飲み込んでしまったものを全部入れたらしい。街もあって、おそらく住人もそのままいて、王がいて、城がある。
これはもう、魔物国家ユグドラシル爆誕などと言われたとしても、決して否定することのできない現象だった。




