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大切な日

 とある、よく晴れた日の朝。

 一日が始まり、今日も掃除や食事の支度など各々の仕事をしようとメイドたちが動き出したときにそれはやってきた。

 バタバタと激しい足音。そして勢いよく、乱暴に開かれる扉。一拍おいて黄色い歓声が飛ぶが、当の本人はそんなものは気にしていない。ある一点だけ探してすぐに見つけると叫んだ。

「リーリエ! 手伝え!」

 この城の主、魔王フィンス・ヴァルツェに名指しにされたと言うことで、翌日からリーリエは微妙に他のメイドたちから距離をおかれたと言う。



「で」眉間にシワを寄せ、可愛らしい顔も台無しになるくらい険しい表情でリーリエはキレ気味に言った。「なんですか、いきなり」

 城の裏にある庭園。広い城に、ただ一ヶ所しかない扉からしか入ることはできず、入れる者も制限されている庭園で、ただのメイドであるリーリエと城の主、フィンスは対面していた。因みに、フィンスの隣には、この前フィンスと親友になったゴースト族のサラサも居る。

「な、なんでそんなに怒ってるんだよ……悪かったよ、今日の仕事そんなにしたかったんだな……」

 キレ気味のリーリエに気圧されながら、しょんぼりとした表情でフィンスは言った。その顔に魔王の威厳とかは無い。まるで無い。皆無だ。

「そうじゃないんです。別に今日の仕事はどうだっていいんです」

「お、おう……どうだっていいのか」

「はい。貴方の食事の準備にそこまで思い入れはありません」

「唐突に酷いな!?」

 リーリエがこの庭園に来てからあまり日は立って居ない筈なのにこの暴言。流石の魔王も狼狽えた。怒っては居ないようだが。

「だってフィンス様、食事の時上の空ですし。絶対作物のこと考えてますし」

「それは……その……」

「昨日の夕食を覚えていますか?」

「…………」

 黙るフィンス。どうやら覚えてないらしい。

 そんなフィンスを見て、失礼なくらい大きなため息をつくと、リーリエは続けた。

「まあ、私が怒っているのはそこじゃないんですけどね。今日、フィンス様があんな大声で私の名前を呼んできたことがいけないんです」

「そ、そうなのか? でも呼ばなかったらお前をここに連れてこれないし……」

「だからって! メイドが揃っているときに! あんな大声で!! ああああぁ……明日から私が皆にハブられたらどうしてくれるんですか!!」

 心の底から叫ぶリーリエ。頭も振り乱して、別人のように動き回る。

「べ、別に俺が呼ぶことぐらい普通……」

「普通じゃないから! 怒ってるんです!! 貴方は少し自分の人気さを自覚してください! このッ……残念系イケメン農業バカッ!!」

「それは褒めてるのか?」

「褒めてませんッ!!」

 とぼけた様子のフィンスに対し、肩でゼイゼイと息を切らすリーリエ。フィンスがリーリエの事情を理解してくれるのは難しそうだ。その証拠に、

「じゃあ……メイドのところに戻りづらいなら、もうお前、サラサと一緒にここに来れば良いんじゃないか?」

 なんて、真剣で平和そうな顔をして言っている。

「なんでそうなるんですか! しかもそれ結局他のメイドと会いますし!!」

「会うのが嫌なら一緒にここに住む? ここ住めるよ?」

 リーリエの突っ込みにサラサは楽しそうに言った。そう、サラサはこの庭園に自分の部屋があるのだ。

「自然と共に暮らせるよーとてもいいよー」

「リーリエは花の妖精だよな? なら城の中よりこっちの方が住みやすいんじゃないか?」

「え? ああ……まあ、そうですね」

「じゃ、決定だなー。部屋作っとくわ」

「え?」

 こうしてリーリエは庭園専属のメイドになったのだった。


「それでだな」 仕切り直し、フィンスは真面目な顔で言った。「今日、リーリエを呼んだのには理由があるんだ。今日は大事な日なんだ……」

「そ、そんなになんですか……それはなんか……騒いで申し訳ありませんでした……」

 とても神妙な顔をするフィンスに、リーリエは思わず先程までの自分の態度が申し訳なくなってしまう。そうだ、とても大事な用があるからあんなに叫んで呼び出したのではないか。リーリエは姿勢を正した。

「ああ、直ぐに準備をしてくれ。今日はハナビを植える日なんだ!!」

「畑の話かよ! ここに居る時点でそれしかないですけど!」

「今日は畑から作るから人手が必要なんだ! 時間は限られている、行くぞ!!」

 とても勇ましく魔王の風格を思わせる雰囲気でフィンスは言うと、近くにあったクワを持ってハナビを植えるための場所へ走り出した。やはりここの魔王は農業バカである。

「リーリエはたまにお茶をくれたりすればいいんだよ」

 フィンスの背中を見てることしかできないリーリエにサラサがにっこりと笑って言った。勿論、例のごとくサラサの顔は見えていないのだけれど。

「じゃあ、なぜ私は……」

「ちょっと何かを運ぶとか、話し相手になるとか、それだけでいいんだよ。畑なんて作ったら服が汚れちゃうよ」

 サラサはそう言うと、自分の身体とは少し離れて動く袖(腕?)のような部分でクワを持つとフィンスの後を追った。



 数時間後、お茶とお菓子を用意したリーリエは庭園の奥で作業を続けていた二人のもとへ戻った。

 数時間前まで真っ平らだった畑は綺麗に耕され、水路と四本の(うね)が作られている。

「……随分進みましたね」

「ああ、頑張ったよ。サラサ、リーリエが来てくれたから休憩にしよう」

「あいあいさー」

 リーリエに気付くとフィンスとサラサは畑を出てクワを置くと、リーリエの近くの地べたに腰掛けた。

「ドクマメ茶です。ホシクズも少し混ぜてみました」

「へぇ……ドクマメとホシクズって相性良いのか?」

「ドクマメの苦味を上手に抜けると合わせても美味しくなるんですよ。苦いまんまだと地獄ですが」

「へぇー」

 フィンスはリーリエの話を聞きながらお茶を一口飲んだ。すると、煎られたドクマメの芳ばしさとホシクズの甘さが口いっぱいに広がる。確かに相性は良さそうだ。

「この庭園、全てフィンス様とサラサ様がこうやって管理してらっしゃるんですか?」

「いや、大体はフィンがやってるよ。肉体労働全般ね。今日は偶々なんだよ」

「そうだな……サラサには普段水まきを頼んでるし」

 サラサがどうやってお茶を飲んでいるのか気になるところだが、それを無視して話の流れを止めないようにしながらリーリエは訊ねた。

「では大変ではありませんか? 農業は肉体的負荷が大きいとき聞きますし」

「そうだな……筋肉痛になることもあるぞ。でも、それがいいんだよな」

 へらっと笑ってフィンスは言う。その顔は無邪気な少年そのものだ。

「何故ですか? 作業をした感じがあるから……とかですか?」

「んにゃ、痛いからだよ。こう、筋肉を極限まで痛めつけたときの痛みとか良くないか?」

「ただのドMかよ!!」

 とても爽やかな笑顔でとんでも発言をするフィンスに突っ込まずにはいられなかった。

「この身体だと筋肉痛は来ないから、フィンの気持ちは分かってあげられないなー」

「それは本当に勿体無いな」

「勿体無くないですし、分かってあげなくて良いです……」

 段々、フィンスのかっこよさが分からなくなっていくリーリエである。自分が憧れていた魔王は筋肉痛で喜ぶ変態だったなんて事実を認めたくないからこそ、かっこよさも分からなくなっていくのかもしれない。

「今日はこんだけやってるんだ、明日の筋肉痛は凄いだろうなぁ!」

 無邪気にワクワクしながら言うフィンス。残念ながら翌日、その鍛え抜かれた肉体に筋肉痛が襲い来ることはなかった。

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