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あなたへの贈り物

「お届け物でーっす」


 ハツラツとした声が響いた。

 三角の耳をぴこぴこと揺らして、宅配屋であるユマが畑にやってきた。

 手には何やら大きな箱があって、ユマはそれを軽々と運んでいる。


「ああ、ユマ様。いつもありがとうございます」


 そんなユマを出迎えたのはフィンスではなくリーリエ。声を聞いてフィンスが出てくる様子もなく、どうやらどこか遠くの畑で作業をしているようだ。

「ほい、これね」そう言いながらユマは箱を地面に降ろす。ドスンという鈍い音がして、その箱が決して軽くないということが分かった。


「今日のはすごいっすよ。プラートの枝を茶でローストしたんだって。肉の塊ってだけでよだれが出るのに、香りでやられますよ、コレ」


 箱からその香りが漏れだしているような気配はない。しかし、ウルフ族であるユマにはその香りを確かに感じ取れるのだろう。ウルフ族の嗅覚は敏感なのだ。

 リーリエは改めてユマに礼を言うと、一先ずその箱を調理室に運ぼうと手をかけた。しかし想像以上の重さにうまく持ち上げることが出来ない。

 仕方がないのでユマにもう一仕事お願いして、調理室までこれを運んでもらうことにしたのだった。


「それで、このお肉はどなたからなのでしょう?」

「ああ、あれっすよ。この前すんごい高級なお茶をフィンさんに贈ったお茶農家のコロボックルからっす。フィンさんにもらって育てたプラートの枝を、あのお茶の葉でやったって言ってましたよ。いやー、魔王って正体あっちは知らないのにこんなのくれるなんて、やっぱりカリスマ性ありますよねぇ、フィンさん。ま、その前にお節介でも焼いたんでしょうけどね」


 ケラケラと笑いながらユマはそう言った。その想像は大体正解である。

 調理室へ箱を運び込むと、二人はまた庭園へと談笑を交えつつ戻っていく。


「あ、リーリエ。珍しいね、そこから出てくるなんて」


 庭園に入るなり、丁度近くにいたサラサがそう声を掛けた。

 手(袖)にはクワが握られている。どこかの畑を耕していたのだろうか。


「ああ、サラサ様」


 リーリエはサラサに微笑みを向けつつ、「そうなんです」とここまでの経緯を話し始めた。


「ユマ様がフィンス様へのお届け物を持ってきて下さったんです。お茶農家のコロボックル様からお肉を頂いて、それを調理室まで運んでたんですよ」

「お肉!? お肉が届いたの!?」

「ええ、お肉です。大きなお肉の塊です。サラサ様、フィンス様に『調理室にお肉の塊がある』とお伝えしていただけますか? 味見しても良いですが……今夜の夕餉にしていただいた方が良いかと。調理室のメイドには伝えてありますので」

「わかった! フィンに伝えてくるよ! それでこっちに持ってきてくれれば食べれるもんね!」


 言うが早いか、サラサはあっという間に居なくなってしまった。フィンスの元へ今出せる最高の速度で向かったのだろう。

 その様を見てリーリエとユマは顔を見合わせて笑った。


「ユマ様、よろしければこの後お茶でもいかがですか? お菓子もご用意してますよ」

「え? いいんすか? じゃあお言葉に甘えようかな」

「もちろんです。丁度私もユマ様に聞きたいことがありますので」


 庭園には穏やかな風が流れている。

 二人はその中をゆっくりと歩きながらリーリエの家へと向かった。

 その最中の話題はといえば、もっぱらフィンスと作物のことばかりだった。フィンスは作物のためにこんなことまでするだとか、昔フィンスが作物のためにやらかした事の数々だとか、そろそろ収穫の時期を迎える作物の話だとか。

 話題が尽きることはなく、気付けばリーリエの家に着いていた。

 扉を開けて中に入ると、リーリエはユマを座らせてお茶の用意を始める。

 やがてユマの前に運ばれてきたのは星空の様な美しいゼリーと、薄緑色のハーブティーだった。ゼリーはまるで夜空をそのまま閉じ込めたような美しさだし、ハーブティーはシンプルながらも香りがとてもいい。ユマは思わず目を輝かせた。


「ホシクズと空ソーダのジュースをゼリーにしたものです。夜に作ったら空の色が夜のままになりました。ハーブティーはスノウミントです。スノウミントには疲労回復の効果があるんですよ」


 そう説明しながら、リーリエはユマの対面に座った。

 ユマは「いただきます」と行儀よく手を合わせると、用意されたスプーンでゼリーをすくった。

 見るからに弾力のあるゼリーがスプーンの上でぷるぷると揺れる。すくっても夜空は失われず、中では星が輝いていた。

 やや緊張しながらそれを口に運べば、爽やかな甘みと炭酸の刺激が口の中で踊る。それでいて、気付けば流れる様に喉を通過している。喉越しも最高に良い。確かにゼリーなのだが、飲み物と言われても遜色ない程にするりと流れていった。

 二口目を食べてしまえばもう止まることはできないだろう。

 そう直感的に察したユマは、一度スプーンを置いてハーブティーを飲むことにした。落ち着くことも大切だ。

 ハーブティーの香りはどこまでも優しく、この香りに包まれているとじんわり身体が温まっていく様な気さえする。

 じっくりと香りを楽しんだら、いよいよハーブティーを口にする。熱くなく、決して冷めてしまったわけでもない温かなそれは、抵抗なく口に含むことが出来た。どこまでも優しい香りが口いっぱいに広がり、しかし飲み込めばスッと消えていく。いつまでも味や香りが残り続けることはなく、かといって物足りなさを感じるわけでもない。

 何より驚くべきことに、一口飲んだだけなのに疲労を感じていた手足の重さが少し和らいだような感覚があった。疲労回復の効果があると聞いたからその気になっているだけかもしれないとはいえ、回復を実感できるのだからとてつもないことだ。

 またゼリーを口に運ぶ。

 ハーブティーを飲んだことで口の中がリセットされたのか、ゼリーの甘みが新鮮に感じられた。

 そこからは手を止めることなど出来るわけもなく、ユマはゼリーとハーブティーを心行くまで堪能した。


「ごちそうさまでした」


 食べ終えるとユマは丁寧に手を合わせてそう言った。表情は勝手に緩んでニコニコと笑ってしまっている。

 ふと顔を上げてみれば、対面ではリーリエが微笑ましそうにユマを見つめていた。その表情でユマはハッと気付く。聞きたいことがあると言われていたのに、まだ話の一つもしていない。確かにお茶でもいかがですか、と誘われたのだからお菓子とお茶を堪能したのは間違ってないが、しかしそれは無言で食い尽くせという意味では無い。

 恥ずかしくなったユマは口を尖らせてリーリエから目を逸らした。

「それで、ユマ様にお聞きしたいことですが」クスクスと笑いながら、リーリエは特に言及せず本題に入ることにした。「前にフィンス様にお話しされていた、『コメ』という作物について具体的なお話を伺いたいのです」


「コメについて……?」

「ええ。世界中を探してみたのですが、どうやらこの世界にはそのような作物は存在しないようなのです。ですので、無いなら生み出してしまおうかと。出来るかどうかは分かりませんが、試してみる価値はあると思うんです。そして、そのためには『コメ』がどんな作物なのか知っておく必要がありまして」


 生み出してしまうというトンデモ発想には目をつぶって、ユマは「なるほど」とその意図に理解を示した。しかし、理解したからといってリーリエの要望にユマが答えられるかというとそうではない。

 ユマは農家でもなければ、植物の専門家でもないのだ。


「イメージを教えていただければ大丈夫です。どこのどんな部分を食べるだとか、種がどこにあたるだとか、そういったことがもし分かれば教えて下さい。あとはそうですね……聞きながら形にしてみることにします」

「え? 聞きながらこの場で作ってくってことっすか?」

「はい。初めての試みではありますが、その方がイメージの共有がしやすいですし。そうだ。もし成功したら、フィンス様に届けていただけますか?」

「もちろん。きっとフィンさん喜ぶだろうね」


 二人は顔を合わせて笑った。

 それから早速二人は『コメ』を生み出す作業に取り掛かった。


「食べる部分はすごく小さな粒っす。殻みたいなのにおおわれてて、そこから中身を取り出すんす。中身は真っ白で、でんぷん質だったかな。甘みがあるんすよ。で、大抵のものに合うっす。塩っ気の強いものと一緒に食べると最高っすね」

「最初は緑のちっちゃい草みたいな感じで、細長くてシュッとしてる感じっす。そんで、育つとそこそこでかくなって、ムギみたいになるんすよ。うん、ムギに近いっす」

「種は食べる部分の小さい粒がそれっす。そっから緑の草っぽいものが生えて……そうそう! そんな感じ!」

「食べるときは水に入れて、火をかけるんす。そうすると硬いのがふっくら柔らかくなるんすよ。食うのは一粒ずつじゃなくて、まとめて沢山っす。流石にそれ一粒じゃ腹は満たされねぇっすからね」

「ああ、そうそう。加工すると酒にもなるんすよ。コメから作る酒、結構美味いんすよ」


 ユマが言うイメージを元に、リーリエは形を作っていく。やがて種となる粒から根が生え、細長い葉をつけた苗が出来上がった。

「一度収穫するところまで成長させてみましょう」とリーリエが言うと、苗はみるみるうちに大きくなり、金色に変わる。先端にはいつのまにか粒がいくつもついて、重みで全体をしならせていた。しかしそれでも折れることがないのは、相応の強度がこの植物にあるからだろう。ユマ曰く、この状態を稲というらしかった。


「ええっと、これが実ですね?」


 稲の先端についた粒を丁寧に取り外す。一粒から十数粒もなるとは思っていなかったのでやや困惑したが、興奮気味にユマが「そう! これ! こういうの!」と大きく声をあげたので間違ってはいないようだった。

 よかった、とリーリエは安堵のため息を漏らす。これで間違っていないのなら、あとはもう少し量を増やすだけだ。どのくらい増やすべきかはわからないが、この粒がボール一杯分くらいあれば十分だろう。

 そう考えたリーリエはキッチンからボールを取り出すと、そこに次から次へとコメの粒を生み出していった。


「こんなものでしょう」

「本当に作っちゃったっすね……いやはや、すごいものを見た」


 ボールがいっぱいになると、リーリエは作業をやめた。出来上がったものを見て、ユマが感嘆の声をもらす。

 運んでいるうちに溢れてしまってはいけないから、とボールを袋に包むと、ユマはそれを大事そうに抱えて立ち上がった。リーリエに依頼された通り、フィンスに届けに行くためだ。


「じゃ、フィンさんに届けてくるっす」

「はい、よろしくお願いします。私は少し休ませていただきますね」


 ひらひらと手を振るユマにリーリエも応え、ユマはリーリエの家から出ていった。


「……ふう。なんとかなった、かな……」


 扉が静かに閉じたのを確認すると、リーリエは深いため息をついた。そしてすぐに、その身体が大きく傾く。


「ふふ……喜んでいただけたかどうかが、分からないのが……ちょっとだけ悔いです、ね……」


 大きく傾いた身体は、そのまま立て直されることはなくゆっくりと重力に従って倒れていく。

 うわ言のように呟いたその言葉を合図に、リーリエの身体から蔦や花が咲き始めた。


「あ」


 ゆっくりと倒れていった身体が大きな音を立てて床にたどり着く。それとほぼ同時に、リーリエの右目から一輪の花が咲いた。

 それを最後に、リーリエの意識は闇に呑まれて消えて行った。

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